生存IF友情√【原作後】
友情関係のブチャラティが原作後まで生き残ったら。主人公の片想い。
──あなたにとって『私たち』はみんな平等で、特別なんて存在しないのはわかっていた。
「寂しくなるな」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
ナポリ、カポディキーノ空港。出発ロビーにて、ブチャラティは感傷に浸った微笑を浮かべた。
優しく細められた目。ナポリ湾よりも深い色をした瞳には親愛の情が滲んでいるけど、──でもそれだけ。
彼は決して引き留めることはしない。寂しくなるな、なんて。本当に思ってるなら『行くな』の一言くらいあってもいいんじゃないの。……っていうのは映画の見すぎね。
内心苦笑しながら私は彼の背を叩いた。私たちは友だちだ。かけがえのない仲間で、深い絆がある。任務だけの関係じゃなかった。私たちは本当に信頼し合っていた。
──それで、十分じゃないか。
「あいつらもみんな……お前を見送りに行くって聞かなくってな」
「あら、ホント?泣いちゃうわ。でもダメね、今が一番大事な時期だもの」
「あぁ、そうだな」
彼は慈しむ目で辺りに視線を走らせた。空港の中、行き交う人々。そのうちのどれくらいの人が彼のことを知っているのだろう?どれだけの人があの戦いを知っているのだろう?
……誰も知らない。『私たち』以外の他は、誰も。
ブチャラティがどんな思いで戦ってきたのかも知らないんだ。知らないのに、みんな、彼に『愛されている』。きっと彼は一生この街を離れない。私とは違う。彼は私を選ばない。
──『寂しくなるな』、って。そんなの私の台詞よ。そしてそれ以上のことが言えないのも私。まったく、いつからこんなに臆病になったのかしら。
「組織はどう?立て直せそう?」
「なかなか難しいところだ。何せ薬で生まれる利益は八十億ユーロはあったらしいからな」
「……でもきっと大丈夫よ、あなたたちなら」
「あぁ、オレもあいつらを信じてる」
ギャング組織、パッショーネ。表では住民から得られるピッツォ等を回収し、その裏では麻薬の独占販売により利益を出していたのは既に過去のこと。
以前のボスを秘密裏に始末した結果、組織は急な方向転換を余儀なくされた。そしてそれは即ち組織の重鎮の機嫌を損ねることでもあり──一時は分裂し、抗争状態に陥っていた。
が、それも新たなボスの活躍によって沈静化した今、──私が残るべき理由もなくなった。
元々は財団の仕事でこの国に来ていたのだ。縁あってブチャラティの元に就き、抗争の間も行動を共にしていたが、私が本来いるべき場所はここじゃない。
それはブチャラティも知っていて、だから私は今ここにいる。空港にいて、帰国するための飛行機を待っている。全部全部、彼に促されたから。『もう大丈夫だ』そう言われたら、頷くしかできなかった。『じゃあさよならだね』なんて、思ってもないことを言うしかなかった。彼の言う『あいつら』の中にずっといたかった。彼に無条件に愛される街の人々が羨ましくて仕方なかった。
「私、本当は──」
言いかけた時、私たちの間を幾重にも重なる影が通り抜けていった。ずいぶんと騒がしい影。なにかの行事だろうか?駆け抜けていく子供たちをブチャラティは微笑ましげに見送った。その眼差しは温かで、そんなものにさえ私の胸は熱くなった。
別に私に向けられたものじゃないのに。なのに嬉しくて、彼がそういう人だって痛感して……好きになってよかったって何度だって思わされる。どうして好きになっちゃったんだろうって後悔よりも、ずっと深く。
「ん?今なにか言いかけたか?」
「ううん、別に──」
大したことじゃないからいいよ、なんて私の嘘つき。なに笑ってるの。言っちゃえばよかったじゃない。どうせこれっきりだもの。大したことあったよって。あの瞬間、心臓が飛び出てきそうだったもの。思わず言いかけてしまうくらい……そうよ、だってこれっきりだもの。きっと、もう会えないもの。あぁ、そう思い知らされるたびに胸が軋む。それくらい……私は、あなたのことが、
「……すき」
「え?」
「好きよ、ブチャラティ。あなたのことが好き。そう言いたかったの」
彼はなんてことないって顔をしていた。明日また会えるんじゃないかって顔。それか旅行に向かう友人を見送るみたいな?ともかく日常的な顔をしていた。私みたいにぐちゃぐちゃでわけのわからない焦燥感なんて一度も感じたことありませんって表情だった。そしてそれはたぶん間違いなくて、だから私は……言ってしまった。
──言ってしまった!
「あはは、ごめん。別れ際に言うことじゃないわね。でも、そうね、嘘じゃないわ。こればっかりは本当。けどだからって何をしてほしいってわけじゃないから!だから気にしないで、ね?」
──なんてことをしたんだろう!
我に返ると恥ずかしい。告白っていうのはこんな、まったく脈のない上にどうすることもできない状況で言うものじゃない、はずだ。よくわからないけど、たぶんきっとそう。だってこれじゃ何も始まらない。一人で完結して、一人で泣いて、一人で納得して──彼のことを忘れてしまう。
そう、思い出にして。
──そんなの、いやだ。
「待て、自己完結されてもオレは……」
「……ごめんね、」
──でも、思い出作りってことで許してほしいな
虚勢を張ってしまうのはつまらないプライドのせい。もっと素直に取り縋っていたら何か変わっていたのかもしれない。
でも私にはこれが精一杯。間違ってても、彼にとってはマイナスでも、でも私だって最後に少しくらい勝手をしたっていいじゃない。恋なんてどのみち我儘の塊なんだから。
──だから、少しだけキズを残させて。
唇を離すと、ポカンとした顔のブチャラティがいた。何がなんだかさっぱりって言いたげ。鈍感。朴念人。でもそういうところも「好きよ」だからほっぺたへのキスくらいいいでしょう?それが例え友情のものでなくったって。
「ま、待てッ!名前ッ!!」
残念、時間切れ。やっと言ってくれた言葉は私がずっと欲しかったものだけど、求めていたものとはちょっとばかり響きが違う。
でもまぁいっか。彼のこんなに狼狽えた顔、滅多に見られないんだから。
「バイバイ!……忘れたら承知しないんだから!!」
私は制止を振り切って駆け出した。
たぶんもう会うことはない。でもだからこそ彼の記憶に残るだろう。そうであってほしいと願う。
その心の一片だけでも、私のものにできたなら。
「それで満足……なんて言わないけど」
でも少しだけ報われた気がする。ほんと、勝手な話だけど。