原作沿いジョルノ√【後日談】
原作通りに終わったら。付き合ってない設定。アニメ最終回ネタあり。
ボスの事務室について、「なんだか味気ない部屋ね」と言ったのは名前だった。そしてそれに対し、「花でも生けたら」と提案したのはミスタだった。
「ジョルノなら得意だろ、そういうの」
言われたジョルノは暫し思案した。
思案し、その果てに二種類の花を生み出した。白と黄。アイビーとイエローサルタン。それはジョルノにとって何よりも印象深い花だった。
──それは、月日を経た今も変わらない。
「今日もいい香りね」
緩やかな日差しが差し込む事務室。窓越しにも見て取れるほどに澄み渡る青空。そのすぐ傍ら、窓辺にその花瓶は置かれていた。
名前が事務室に入ってまず最初にするのが、この花瓶の水を入れ換えることだった。毎朝、欠かさず。それはもう習慣で、彼女の一部と化しているようだった。
名前は目を細め、愛おしげな手つきで花弁に触れた。アイビーの白い花弁。揺れる姿は名前の呼びかけに答えるようだ。二人にしかわからない、愛の挨拶。そんな風に思われて、ジョルノは微笑んだ。
「飽きませんか、ずっと同じ花なんて」
「飽きないわ、だって特別な花だもの」
何度目かの応酬。問うと、名前は歌うように答えた。
ジョルノは『そうだろうな』と内心で呟いた。そうだろう、彼女にとって彼らは──特別だった。その理由は知らないし、聞き出す予定もない。でも彼らが名前にとっての聖域だというのは理解できた。ジョルノにとってもまた、彼らは特別な存在であったから。
──だから今もこうして同じ花を生み出すのだろう。
ソファに座りながら、ジョルノは揺れる花をぼんやりと眺めた。白と黄。アイビーとイエローサルタン。それを人は未練がましいと言うかもしれない。
だがジョルノにとってこれは必要なことだった。必要なことで大切なものだった。彼らを思い出す縁がすぐ傍らにある、それこそがあの日の覚悟で、己の役割だとジョルノは思っていた。彼らから受け継いだものを忘れず、歩み続ける──その決意の証のひとつがこの花だった。
「今日の予定は?」
訊ねると、名前は手元の手帳を捲った。
「ご婦人がひとり、あなたの助けを求めて。ご亭主からの暴力が酷いそうよ」
「ぼくが出なきゃまずいくらいに?」
「ええ。……たぶん薬関係よ」
後半は声を潜めて。名前はジョルノに耳打ちした。その顔には翳りがあって、ジョルノもまた表情にこそ出さなかったが不快な気分になった。
ネアポリスを支配する組織、パッショーネ。それが麻薬の根絶を掲げたからといって、欲望の芽が完全に摘まれたわけじゃない。根は奥深く、いつだって芽を出す機会を伺っていた。
それはパッショーネとて例外ではない。特に末端となると怖いもの知らずな者も出てくる。身の程知らずな者や、欲深い者も。そういった者たちは往々にして麻薬に手を出した。富や名声を得るのにそれ以上の近道が彼らのような者には思いつかなかったのだろう。哀れとも言えるが、だからといって赦す道はない。
その亭主とやらも、聞けば組織の末端だった。まさか売る方が己の商品に溺れるとは。だがこうして尻尾を出してくれるのは有り難い。ジョルノは冷静な頭でこれからの道筋を考えた。
「……まずは警告だな。もう夫婦喧嘩はよせと言っておこう」
最初は軽く、言い聞かせるようにして。……そして二度目はない。それがいつものやり方だった。
呟くと、名前は小さく顎を引いた。
「奥さんの方は任せて。もし何か問題があっても……支える手筈は整ってるわ」
組織の仕事は決して安全なものじゃない。死の危険はいつ何時も伴うし、それによって苦しむのはいつも家族の方だった。
だから組織で兵隊が死んだ時、その家族は組織が面倒を見ることになっていた。それはジョルノがボスになるより前、ずっと昔から続いていた伝統だった。
「それと幹部のひとりがあなたに会いたがってる」
名前が言ったのは組織でも古参と呼ばれる老人の名前だった。
ギャングといえど歳による衰えには敵わない。老人もまたその歳にありがちな病気で入院中だった。
「なんだかすごく気弱になってるみたい。あなたの顔が見たいそうよ」
「……そうですか」
──孫ほども歳の離れた自分に何を求めているのか。
思うところがないわけではなかったけれど、同時に納得もしていた。『ボス』とはそういうものだ。彼らにとっては神にも等しい存在。それが例え若造であっても、認めたのは彼らだ。だからジョルノにはそれに応える義務がある。
「手でも握ってあげればいいのかな」
「そうね、それで言ってやるのよ。『死神なんてぼくが追っ払ってしまおう』ってね」
「そしたらぼくは『神よりも慈悲深い者』となってしまう、それは出来ない相談ですね」
彼女が引用したのと同じように、ジョルノもまた小説の一文を用いた。そうすると名前はくすくすと肩を震わして笑った。
「あなたなら本当に『そう』なってしまいそう」
その語調は冗談めかしたものであるのに、眼差しだけはあまりに真っ直ぐ。彼女は心底からそう思っているのだ。彼女の瞳には親愛と同じだけの敬意が横たわっていた。
「……さっきの話、だけど」
名前は視線を巡らし、それを窓辺へ、そよそよと揺れる花へと向けた。
「特別っていうのは、それだけじゃないの。あなたが思う、それだけじゃ」
そしてまたジョルノへ。真っ直ぐな目でジョルノを見つめ、名前は秘密を打ち明けるような囁きでもって続く言葉を紡いだ。
「特別なのは、あなたが生み出してくれたから。あなたが彼を……彼らを想っていてくれるから」
それが何より嬉しいのだと名前は頬を緩めた。
彼女の元には緩やかな日差しが差し込んでいた。その髪は金、瞳は紫、肌は花の色をしていた。染みひとつない純白だった。仄かなる光に彼女は抱かれていた。彼女の声は、眼差しは……清らかな春の音色だった。
「だから私にとってあれは救いで……あなたは私の神さまなんだわ」
彼女は敬虔な教徒だった。少なくとも、ジョルノの記憶の中では。
けれど今、彼女が肯定したのは古より伝わる者の名前ではない。この組織を乗っ取ったばかりのジョルノであり、ボスとなる前のジョルノでもあった。組織だとかそういうものから遠く隔たった果てにある、ジョルノのことだった。
「……買いかぶりすぎですよ」
そう笑ったけれど、心の内には温かなものが広がっていた。
花を生けると決めたのはジョルノ自身だ。それを覚悟の証としたのもジョルノで、──そこに理由をひとつ付け加えるのもまたジョルノ自身の望みからだった。
「でもあなたがそう言うのなら……ぼくには永遠だって惜しくない」
この先も同じものを尊んでいきたい。同じものを大切にすることの──なんと幸福なことか。ジョルノは思い、名前を見つめた。
名前は笑みを消したジョルノに一瞬驚いたようだった。
でもすぐに破顔し──
「なんだかそれ、プロポーズみたいね」
……それもいいかな、と思ったのは内心に留めておこう。
ジョルノは考え、名前には微笑みだけを返した。