憑かれた男
承太郎が警察に連れていかれた──焦燥と悲嘆に溢れた電話がかかってきたのは名前が学校から帰宅してすぐのことだった。
『あの子ったらきっと人を殺しちゃったんだわ』
電話口でしくしくと泣くのは承太郎の母、空条ホリィである。
『どうしましょう?パパにも連絡した方がいいのかしら?あぁ、いったい何人くらい殺しちゃったのかしら?』
「待って待って聖子ママ」
ホリィときたらすっかり息子が殺人犯になったつもりである。が、聞けば警察からそのような話は来ていないとのこと。承太郎の普段の行いが悪いばっかりにそんな風に思い込んでいるのだろう。
「大丈夫よ……、承太郎なら殺す一歩手前で止められるわ」
『そう?……そうかしら』
名前は幼馴染みがどんなに喧嘩に強いか知っている。彼ならどこを殴れば殺さず仕留められるかわかっているはずだ。そういった信頼だけはたっぷりある。
だからホリィを慰める言葉は力強く、故に取り乱していた彼女も一先ずの落ち着きを取り戻す。声の調子を落とし、ホリィは『これから留置場に行くんだけど、』と切り出した。
『よかったら名前ちゃんもどう?あの子あなたの言うことなら聞くから……』
「それは買い被りすぎよ、私の方が口が達者ってだけ」
笑いながら否定し、「でも、」と名前は続ける。
「聖子ママがそう言ってくれるなら……。それに留置場なんてそうそう見る機会ないしね」
冗談を言う名前は知らなかった。
まさか承太郎の身にファンタジー小説みたいな出来事が降りかかっているなんて。──自身の不可思議な力に名前がつけられることになるなんて。この時の名前には知る由もなかったのだ。
最初の面会では承太郎に取り憑いた悪霊が言うことを聞かないこと、それ故に留置場の檻から出られないという承太郎の主張を聞くだけに終わった。
明くる日。ホリィさんからの緊急の連絡を受け来日したのは彼女の父、ジョセフ・ジョースターだった。彼は動揺を残したままのホリィに「安心しろ」と声をかけ、承太郎の元へと赴いた。
そして──
「でもホントびっくりしたわ。スタンド……だったかしら?私には本物の炎にしか見えなかったけど警察の人たちにはわかんなかったみたいね、すっごく慌てふためいていたわ」
頑として譲らない承太郎と彼を連れ出そうとするジョセフ。その攻防はジョセフの友人であるというアブドゥルに引き継がれた。
アブドゥル──とても協力なスタンドの使い手だった。彼には炎を自在に操る力があり、承太郎はまんまと彼の策に嵌まってしまった。お陰で牢屋から引っ張り出された承太郎、そして見守るばかりであったホリィと名前をも同じテーブルに座らせ、ジョセフはある話を始めた。
百年前にジョセフの祖父を殺した男が長い眠りから目覚めた──
それは俄には信じがたい話だった。まるで物語のよう。傍観者である名前にはなおのことそう感じられて、不謹慎だが少しばかりわくわくしてしまった。
先祖の仇を討つなんて、……なんて格好いいんだろう!
その感動は承太郎と共に帰宅した後も変わらない。ホリィの入れてくれたお茶を飲みながら、名前はワクワクと身を乗り出した。
「ねぇあなたはこれからどうするの?ジョセフおじさまと一緒にその……DIO?を倒しに行くの?」
「……どこにいるかもわかんねぇのにか?」
しかし当事者たる承太郎が吐いたのは気のない返事。子供心を歓喜させる場面を目にしたばかりだというのに、彼ときたら冷静そのもの。いつも通りの仏頂面で雑誌のページを捲った。
それが気に食わなくて、名前は頬を膨らます。
「もうっ、承太郎ったらつまんない。無邪気な童心は忘れてしまったの?昔はあんなに可愛かったのに……」
「おい、母親みてぇなこと言うんじゃねぇ」
溜め息を吐く承太郎の横顔はひどく大人びている。これで名前と同じ高校生だというのだから詐欺だ。名前の知る学生といったらもっと下らないことで腹を抱えて笑うものだし、そもそも警察相手にあんなふてぶてしい態度を取ったりはしない。
そんな彼の顔を覗き込んで、名前は袖を引いた。
「ねぇねぇ、私も着いていっていい?いいわよね?私だってスタンド持ってるんだし、ほら、私たち家族みたいなものだし……いいわよね、ね?」
「……いいわけあるか」
「ええー……」
にべもない返答。数秒の思案すらなく、承太郎はすげなく却下。不満を露にする名前の額を小突いて、また溜め息ひとつ。
「じじいだって今すぐ事を起こすとは言ってねーだろ。お前が先走ってどうする」
「そうだけど……」
「んなことより早く宿題片付けたらどうだ。数学、当てられるってひぃひぃ言ってたろ」
「……はーい」
現実を突きつけられ、名前は大人しく目の前に広げた教科書とノートに意識を戻す。
自分はこんなにも真面目にやっているのにどうしてだろう?不良の承太郎の方が勉強できるのが納得いかない。神様は不公平だ、理不尽だ。承太郎なんてタンスの角で小指をぶつければいいのだ。
「……今失礼なこと考えなかったか?」
「承太郎ならぶつかったタンスの方が壊れそうだなって思っただけよ」
「…………」
承太郎は「やれやれ」といった風に雑誌に目を戻す。
でも名前の手が止まるたび、然り気無く助言を与えてくれるのだから──やっぱり彼はホリィの言う通りに優しい男なのだ。