暗殺チーム√【日常�U】
今更ですが捏造設定しかないです。
その日一番遅くに起き出したのはメローネだった。食堂にいるのはリゾットと名前だけで、後はみんな出払っていた。
リゾットと名前にしたって朝食はとうの昔に終えており、ただなんとなくその場に居座っているだけだ。リゾットは朝一番に届けられた勘定書と顰めっ面で向き合っていたし、名前は名前で買ってきたばかりの新聞、ラ・レプッブリカを目を細めて読んでいた。何が面白いのか、いやに真剣な眼差しで。
けれどそれもメローネが「おはよう」と姿を現した瞬間に霧散した。名前はにっこりと笑い、母親の顔で彼の分の朝食を取りに席を立った。
「しかし老人ってのは本当に朝が早いな」
そんな二人を見て、メローネは笑った。笑って、それからまたぼやけた欠伸を洩らした。
「あら?」そんな彼の前にコーヒーを置いてやりながら、名前は心外だとばかりに眉を上げた。
「そんなことないわ、坊や。寝坊助さんはあなただけよ。だって一番の坊やだってもうすっかり活動してるもの」
朝の弱いペッシだが、意外に熱血なプロシュートに引っ張られアジトを出ていったきり。
一番の年少者の名を持ち出され、メローネは「しまった」と額を押さえた。
「そいつを言われちゃ勝ち目はないな」
「次はもっとよく考えてから言うのね」
「あぁ、そうするよ」
メローネは人好きのする笑顔を浮かべた。でもどことなく胡散臭い感じがする。そう思ってしまうのはリゾットが彼の性格を熟知しているせいだろうか。たぶん黙っていたら幾らでも女を引っ掛けられるだろう。そう、黙っていたなら。
メローネは性格に反して繊細な面立ちをしていた。どちらかといえば面長の輪郭はイギリス人のよう。けれど薄い唇と緑がかった碧眼は見るものに軽薄さを感じさせた。
彼の性格(というより悪癖といった方が正しいか)は名前も理解していて、だから彼女も疑わしげな眼差しをメローネに向けた。
──よく考えてから発言するだって?例え熟考したってメローネが己の振る舞いを改めるとは到底思えない。そう思っているのがよくわかる眼差しだった。
だが名前が何かを言うことはなかった。それ以上の問答はせず、また自分の席に戻った。でもその対応がメローネには丁度よかったらしい。彼は満足げに笑みを深め、リゾットに視線をやった。
──何が言いたいのだろう?
リゾットは首を傾げるが、メローネがその意図を語ることはなかった。彼はテーブルに放られたままの新聞を開いた。一枚、二枚。興味の薄い目で紙面を眺め、それから彼はペンを手に取った。
「ちょっと、お行儀が悪いわよ」
「ごめんよ、マンマ」
しかしメローネが行動を改めることはなかった。彼はジャムを塗りたくったビスケットを食べながら、器用にももう片方の手で新聞に書き込みを加えていった。名前は呆れ顔でそれを見ていたが、やがて諦め、首を振った。
「なぁ名前、」
「なに?」
「涙の池でアリスがネズミを怒らせた言葉ってなんだい?」
──藪から棒に何を言っているのだろう?
勘定書の仕分けをしながらリゾットは首を捻った。とうとうどこかのネジが外れたか。いやそれも今更の話。口出しはせず、リゾットはちらりと名前を見た。
地方紙を読むメローネとは対照的に、全国紙を切り抜いて纏めていた名前は「『ウ・エ・マ・シャット?』よ」と顔も上げずに答えた。
「『Ou est ma chatte?』……オー、ユー、イー、……」
綴りを丁寧に読み上げてやると、メローネは「ははぁ、なるほど」と手を叩いた。
「つまりはここに『chatte』を入れて……。よし、次は……『オールズバーグの書いた、ボードゲームで遊ぶ絵本は?』」
「ボードゲームなら確か……『Jumanji』じゃなかったかしら?」
「なるほどなるほど……」
それからもメローネは名前に対し幾つかの質問を重ねた。そのたびに名前は淀みなく答えを返した。ダシール・ハメット、エメ、イナゴマメ……その小さな頭は、やがてメローネが「よし!」と言うまで休みなく働かされていた。
が、事ここに至ってようやく名前も疑問を抱いたらしい。
「今のはいったいどういうことなの?」
既に興味は失ったとばかりに新聞を折り畳み、脇へと寄せたメローネ。指についたジャムを舐めとる彼に、ようやっと名前は訝しげな目を向けた。
寄せられた眉。疑り深い紫の瞳。けれどそうしていてもその少女めいた美貌が損なわれることは微塵もない。彼女は立って歩く姿が一等綺麗であったが、座したまま一瞥をくれる姿もまた女主人のようで古典的な美に彩られていた。
メローネは美しいものが好きだ。美しいものは心を豊かにする。そう思っている彼は名前の顔を賛美した。「いいね、その表情」そこには揶揄いの色はなく、心からの称賛であった。が、彼の言葉は名前の顔をさらに渋くさせるだけだった。
「あなた、まさか……」
呟いた名前の視線は脇に退けられた新聞にあった。くしゃりと畳まれたそれを見て、名前ははたと思い至った。
「クロスワードね」名前は言った。
「イルーゾォがやってたやつでしょう」
その言葉を聞いて、ようようリゾットも思い出した。
そういえばイルーゾォは新聞についてくるクロスワード・パズルを解くのを日課にしていた。確かそれは先程までメローネが読んでいた新聞にも載っていたはず……。
「バレたか」
メローネは舌を出した。
「でもアイツも悪いんだ。やりかけで放っておくなんてさ、片付けてやりたくなるのが人情だろう?」
いけしゃあしゃあと言っているが、彼のは単に嫌がらせだろう。イルーゾォだってメローネの暇を潰すために問題を残していったわけでもあるまい。
名前は顔を顰めた。「怒るわよ、きっと」名前が、ではない。勿論ここで指すのはイルーゾォのことだ。リゾットは彼のことを頭に描いた。どことなく陰気な顔。皮肉っぽく歪む唇……。
「怒る?イルーゾォが?いいや、ぜんぜん怖くないね」
「あなたのことはいいの。嫌なのは私よ、悪事の片棒を担がされたなんて……ねぇ、どんな報復があると思う?」
「ビビりのアイツが君に?……ないだろう」
メローネは名前の不安を笑い飛ばした。実際、イルーゾォが名前に何かをするというのは想像しづらい。せいぜいが憎まれ口を叩くくらい。安くて不味いメシを食うくらいなら文句を飲み込む方が容易いだろう。リゾットもメローネと同じ考えだった。
けれど名前は「わからないわよ」と溜め息を吐いた。
「私のベッドがアップルパイになっていたら?明日の朝には蛙とキスをしていたら?……あぁ、ゾッとする」
「それならオレのベッドに来るかい?」
メローネは今の状況を楽しんでいるらしかった。彼はご機嫌で名前に提案した。心底それが名案だと思っている顔だった。だからすげなく却下されて、彼は唇を尖らせた。
「なんでそれが受け入れられると思うのよ……」
「だって一人寝は怖いんだろう?だったらオレが怖がる暇なんて与えないって言ってるのになぁ」
「あのね、そういうところよ」
二人の応酬はまだ続きそうだった。だからリゾットはそっと口を開いた。
「……それならオレの部屋に来るか?」
それはこの問題に決着をつけるためであり、純粋に名前を思ってのことだった。リゾットが考えていたのは「だがそれだと今のベッドでは些か狭いかもしれない」といったことで、懸念といえばそれくらいなものだった。
「…………」
しかしその言葉に名前もメローネも押し黙った。二人は目を瞬かせ、顔を見合わせた。
「え、本気?マジに?」
メローネはよくわからない顔をしていた。驚きと困惑と……それから面白いものを見つけた時の輝き。そうしたものを目の奥に光らせ、彼はリゾットに訊ねた。
リゾットは二人の態度に内心首を傾げながら、「お前が言い出したんじゃないか」と答えた。名前は何故だか顔を赤くしていた。
結局、頬に朱を散らした彼女にリゾットの提案は退けられてしまったのだが──しかしそれはリゾットに与えたのは僅かな落胆だけ。断られたというのに、なんとなく満ち足りた思いだった。