古来より、爪や髪は呪術に用いられたという。
「だから注意して切っておかないと」
透はそう言って、名前の爪をぱちりと切り落とした。
爪や髪、体の一部だったものを依り代にした呪詛。確かに、その二つはちゃんと処理しないと悪魔に利用されると 名前も聞いたことがある。といっても 名前は呪術も悪魔も信じちゃいないが。
しかし心神深い方がこの世界では長生きするものだとも聞いた。慎重すぎるくらいがちょうどいい。 名前の生きる世界ではそれが口癖だった。
「でもだからといっていつも透に切らせるのは、」
どうなのかしら、と 名前は眉尻を下げる。最初のうちは楽だしいいかと透の好きにさせていたが。しかしいつもこれではまるで 名前が何もできない幼子のようではないか。さすがの 名前だって爪切りくらいできる。爪は長すぎても短すぎても任務に支障が出る。だからことさら注意を払う部分で、 名前もご多分に漏れずこだわりがあった。
けれど透は首をかしげる「嫌なの?」まっさらな目。理解できないと言外に訴えられて、 名前は返事に窮した。
「そうではない、けど」
「ならいいじゃないか」
ぱちり。また爪が落ちる。
透は何事もなかったかのように、視線を落とした。ぱちり、ぱちり。はらはらと 名前の一部分だったものが剥ぎ取られていく。過去になっていく。昨日とまったく同じ名前はもうどこにもいないのだ。
ーーまるで、透に生み出されているみたい。
頭の片隅でぼんやりと思ったのだけれど、 名前が口にすることはなかった。
ぱちり。
さっきまでの名前がまた一人死んだ音がした。
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ネタを思いついたものの使い道がなくてボツにしたもの。
そのうちリサイクルするかも。