ジョルノ√【スーツの話】


原作終了後、数年後設定。結婚してます。
名無しのモブ仕立て屋が出張りますのでご注意ください。
ジョルノモチーフのスーツが発売された際、記念に書いたものです。





 その仕立て屋を訪ねたのは、お洒落にうるさい友人が珍しく褒めていたからであった。『自分らしさと流行、両方を満たせるところでしたよ』とは友人の談である。そこまで言われては行かないわけにはいかないだろう。名前は夫を見て、彼もまた同じ考えであるのを諒解した。電話を入れたのはその日のうちだった。
 仕立て屋はカラブリット通りの一本向こうにあった。店主はまだ若く、ジョルノとそう変わらないように見えた。彼は少し緊張した様子でパッショーネのボスに挨拶した。ジョルノは柔和に笑んでそれに応えた。そんな二人を名前は眺めた。店主のシャツは袖口までしっかりプレスが利いていた。その清潔さが好印象だった。
 恐らく店主はまだ独立して間もない頃だろう。この仕立て屋が店を構えたのだってほんの半年ほど前のことだ。この街にできる新しい店のことで名前の知らないことはない。店主の以前の勤め先が有名ブランドであるのも既に知識としてあった。
 でも彼を信用したのはそういった理由からではなかった。生真面目な物言いと必要なことだけを口にするのが『いいな』と名前は思った。たぶんこの人ならジョルノに似合いのスーツを誂えてくれるだろう。そんな予感があった。

「お求めは来シーズンに着るスーツ、でしたね」

「ええ、そうです。この人、注文が多いけど辛抱強く付き合ってくださいね」

 口を出すと、「こら」とジョルノに叱られた。「余計なことは言うもんじゃないですよ」嗜めるジョルノの口は弧を描いていた。「わかりました」と答える店主の口許にも、同じように。

「今から次の年のことを考えるなんて皆さん器用よね」

「それが恒例行事ですから」

 店主は笑って、何冊かの生地見本帳を持ち出した。
 ブラック、ブラウン、ネイビー……踊る色は同じでも、光沢の有無、触り心地は違う。それでも女性のよりは選択肢が少ないだけマシだろう。
 名前は自分の衣装だけでなく、娘のそれも考えなくてはならないことを思い、頭が痛くなった。今回は夏物だからまだいいが、オペラのシーズンには新作のドレスを着ていかなければならないし、それが誰かと被りでもしたら目も当てられない。忙しい日々の合間を縫ってこんなことまで気を遣わなくてはならないのだから、この国の人も結構大変だ。

「夏用ならソラーロはいかがでしょう。これなら日差しの元よく映えます」

「ああ、確かに」

 ジョルノが頷くと、店主は生地の山から素早く見本を引っ張り出す。

「こうして光に透かすと……ほら、綺麗でしょう?」

「本当ね」

 ジョルノの肩口に当てられた布を見て、名前は目を細める。「正しくフォイボスって感じ」名前は太陽神を『光輝く者』の意味で用いた。
 それが伝わったためか、店主は「そうですね」と笑みを深めた。そうですね、「本当によくお似合いです」賛辞はジョルノの彫刻のように整った肢体へと向けられていた。だから名前も我が意を得たりと気分がよくなる。自分が褒められるより夫が尊敬を集める様を見る方が名前は好きだった。

「じゃあこれにしようかな」

 ジョルノは少し考えた末にそう言った。「ただもう少し手は加えたいけど」ジョルノはてんとう虫のモチーフを好んだ。幸運を齎すものだというのが彼の口癖だった。

「それならボタンはどうでしょう?」

 店主はすかさず提案した。
 彼が手にしていたのは金のボタンだった。「これを袖口につければいいアクセントになるのではないかと」その提案には名前も賛成だった。

「じゃあ一個だけそのボタンにしましょうよ。それで後のは簡素な黒にすればよく映えるんじゃないかしら」

「いいですね」

 仕立てる本人を置き去りにして名前は店主と議論を交わした。裏地には花の柄がいいと名前が言えば、店主は簡単な図を描いてみせた。
 彼が描いたのは永遠に連なる金の草花だった。まるでジョルノのスタンドを体現したかのよう。名前は「イメージ通り」と感嘆の息を洩らした。

「ねぇ、ジョルノ」

「ええ、……」

 ジョルノもまた少し驚いた風だった。僅かに目を見張り、でもすぐいつも通りに微笑んだ。

「ぼくのこと、『注文が多い』って言ったのは君なのに」

 揶揄われ、名前は頬を赤らめた。「だってあなたが珍しく何も言わないから」無駄を嫌うジョルノだが、服飾にはそれなりの拘りがあった。出会った当時から学生服を改造していたほどである。
 でもそんな彼が店主の提案を聞き入れた。なんの不満も口にしなかった。
 だから名前は店主にそっと耳打ちした。「ねぇ、どうして彼の好みがわかったの?」と。そう訊ねると、店主は笑った。

「それが仕事ですから」

 相手の衣服に触れればその人の好みがわかるのだ、と教えてくれた。挨拶の時、掠めた袖口の感触だけで。

「まるで超能力ね」

 もしかするとスタンドとは本来そういったところから生まれてきたのかもしれない、と名前は思った。素敵な能力だ。素直に賞賛を送ると、店主は気恥ずかしそうに笑った。

「あなたにもきっとできますよ」

「そうですか?……じゃあ試してみようかしら」

 店主に勧められ、名前は夫の背に手を回した。軽く抱き締め、「わかりましたか?」と悪戯っぽく笑うジョルノをためつすがめつ眺めた。眺め、思案し、それから真面目くさった調子でゆっくりと顎を引いた。「ええ」と。

「わかったわ。……そろそろ甘いものがほしくなった頃合いでしょう」

 「帰りにジェラートでもどうかしら」名前の真剣な提案に、ジョルノは堪えきれないと肩を震わした。くすくすと笑い、それから名前の頬に唇を落とした。

「……まぁ当たらずとも遠からずってところですかね」

 「どこが?」と名前は口を尖らせた。笑いながら言われてもいまいち説得力がない。そう名前は言うが、ジョルノは店主と目配せし合うだけだった。
 おおよそのデザインを決め、ジョルノはスーツを一式注文することにした。よほどこの店を気に入ったのか、「来シーズンも、また」と店主に握手を求める。遠くない未来、この仕立て屋もきっと有名になることだろう。

「お幸せに」

 最後にそう言って、店主は名前たちを見送った。
 名前は車の助手席に乗り込んで、「いいお店ね」と言った。続けて、「紹介してくれたフーゴに感謝しないと」と。
 ジョルノはエンジンをかけながら「そうですね」と答えた。「いい友人になれそうです」とも。

「ミスタにも紹介してあげましょうか。そうすれば『勝率』も上がるかも」

「彼に必要なのは誠実さよ。どうせ仕立てるなら次はスポーゾ──花婿用のスーツがいいと思うわ」

「それもそうですね」

 未だ身を固める意思のない友人を引き合いに出し、名前はジョルノと笑い合った。