ガウェインと両片思いするアーサーの娘

 華であれ、と魔術師は言った。たとえば、そう。スノーフレークのような。
 そんなことを名前に望むなんて、マーリンはやっぱり人でなしだ。ただでさえ女たちは単調な日々を送っているというのに、それよりもずっと退屈であれと彼は言うのだ。名前、君は華なんだよ。永久に枯れない、ブリテンの華でなくては。魔術師は人でなしだから、名前にはさっぱり意味がわからない。でも父はそんな魔術師と懇意にしているから、彼の言葉を飲むよりほかになかった。
 だから今日も今日とて糸を紡ぐ。冬の寒さを凌ぐためにタペストリを編み続ける。

「ここにいたのですか」

 名前、と呼ぶ声に振り返る。そうしなくても声の主は分かっているのに。「――ガウェイン」父の忠実なる騎士はにこりと笑った。

「夜は冷えます。部屋に戻りませんと」

「……そうね」

 名前は立ち上がった。そうして織り途中のタペストリを俯瞰する。父の栄光を描いたタペストリ。輝く剣を振るう勇姿。

「だいぶ完成に近づいたのでは?」

 名前の肩越しにガウェインが覗き込んだ。ふわりと漂う香りに目眩がする。 耳朶にかかる吐息に震える。そうしたものをすべて隠そうと、名前は胸を押さえた。

「ええ、でもうまくいかなかったところがあって」

 ここ、と指で指し示す。

「お父様のお髪はあまりに繊細すぎて、私には難しいわ」

「何を仰います」

 あなた以上の織り手などおりますまい。騎士の賛辞は眩しすぎる。名前はそっと目を伏せた。「ありがとう」もっと素直だったら。いや、彼の人のように賢かったなら。――そんな栓なきことを考えてしまう。

「部屋に戻るわ」

「送ります」

「……そう」

 いらないわと言っても彼は着いてくるだろう。顔に似合わず強情なところのある人だから。
 名前は諦めてガウェインの後に続いた。彼の持つ灯りが歩みに合わせて炎を揺らめかす。ゆらゆら、ゆらゆら。その中でぼうと浮き上がる金糸の美しさに、名前は見惚れた。今は彼には見えないから、好きなだけ見つめることができた。さらさらと光を放つ髪も、蒼い外套に包まれた頑強な背も。好きなだけ、見ていられた。でも澄んだ瞳を見れないのだけが悲しかった。

「さぁ、」

 望まぬ永遠を身に宿しながらも、しかし欲しいものだけは手に入らない。彼との時間も、共に重ねる月日も。
 ガウェインに促され、名前は仕方なく居室に入った。

「……おやすみなさい、ガウェイン」

 よい夢を。常套句はするすると口から流れるのに、それ以外はとんとうまくいかない。ガウェインを前にすると、何を話していいか分からなくなってしまう。以前はこうではなかったのだけれど。でももう名前にはそんな昔のこと思い出せなかった。
 名前は返事を待たず、背を向けた。ガウェインの用事は済んだはずだ。どこへなりと行けばいい。そう思う投げやりな自分と、どこにも行かないでほしいと、彼の人の元へなど行ってほしくないと叫ぶ自分がいて、体が裂けそうだと唇を噛む。

「名前、」

 知ってから知らずか。いや、きっとガウェインは知っている。名前の気持ちなど気づいている。気づいているけど、でも。
 何を言われるかと名前は目をつむった。咎められる?諭される?どちらにしても、惨めだ。
 でもガウェインはそのどちらもしなかった。彼は手を伸ばし、名前の髪を一房とった。それだけで肩が強ばる。なのにガウェインはそれだけに止まらなかった。外套の擦れる音がする。髪が持ち上げられる感覚がある。そこに触れる、温もりが伝わる。

「――どうかよい夢を。私の永遠の華よ」

 狡い彼はそれだけして去っていった。名前は取り残されたまま、動けない。思わず手をやった唇は情けなく震えている。歓喜と、それから悲哀に。

「どうして、」

 どうして、彼は諦めさせてくれないのだろう。自分は妻を貰い、名前より父を選んだのに。なのに、それなのに、名前には永遠を求めるのか。

「そんなの、ひどいわ」

 王や魔術師だけでなく、彼まで名前に華であれと願う。名前は華などよりただひとりの女でありたいのに。
 しかしそれを叶えるほどの勇気が、名前にはなかった。父を愛する気持ちもまた真実であるのだから。






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モーさんと兄弟な不老主人公でした。
ガウェインが初恋。王を尊敬してる。その分妃のことは哀れだと思うが許しがたいとも思う。ランスのことはお察し。という設定だけあります。