マキマさんに『ぱん』される


マキマさんに殺されるだけの話(死ネタ)。
原作沿いIFデンジルートの続きのもしも。






 友人と電話をしていると、テーブルの上のポケベルがメッセージの受信を知らせてくる。差出人はマキマさん。内容は『今からうちに来て』という簡潔だが、難解な代物。唐突すぎる。いったい急にどうしたというのだろう?

『危なくない、それ』

「危ないって……相手はマキマさんだよ?」

 危険なことなんて、あるはずがない。
 笑い飛ばす私とは反対に、電話口の友人は『気をつけてね』と返してくる。

『夜遅いし、アンタも一応女の子なんだから』

「一応っていうのは余計だけど。でも、ありがとね」

 こういう会話は普通の人間になったみたいでくすぐったい。嬉しい、と純粋に思う。だから『ありがとう』の言葉にはしみじみとした響きがあった。私は、しあわせものだ。
 通話を終え、上着を手に私は居間に向かう。

「デンジくん?パワーちゃん?」

 同居人の姿が見えない。どこか散歩にでも行ったのだろうか。私は深く考えず、書き置きを残すことにした。ふたり一緒なら大丈夫だろう。私は鍵をかけることなく家を出る。
 晩秋。眩しい夏は過ぎ去り、風には冷たいものが混じるようになった。
 今年の冬も雪は降るのだろうか。私は数年前の冬を思い出す。あの時雪合戦をしようと誘ったアキくんはもういないけど、でもデンジくんやパワーちゃんなら乗ってくれるかもしれない。
 明るい未来を想像すると、少しは気持ちも軽くなる。デンジくんも、元気になってくれたらいい。そんなことを考えていると、あっという間にマキマさんの家に着いた。建物の二階と三階が彼女の部屋だ。
 私は長い廊下を進む。と、目の前に見知った顔を見つけた。

「パワーちゃん?」

 呼び掛けると、強ばった目が私を映す。同居人のひとり、彼女がいるのはマキマさんの部屋の目の前。そしてその手にはホールのケーキがひとつ。対照的に怯えた顔がアンバランスで、私は首を傾げる。

「パワーちゃんが、どうして──」

 言いかけたところで、ドアが軋む。マキマさんの家。マキマさんの部屋。なんの変哲もない扉が、ゆっくりと開かれる。
 パワーちゃんがごくりと喉を震わす。「デンジ……」上擦る声、滲む恐怖。内開きのドアの向こうから、金髪が覗く。デンジくんだ。そしてその奥から伸びる手。マキマさん。マキマさんのしなやかな指が、銃のかたちを、つくる。

「ぱん」

 なにが、おこったのだろう。
 すべてが一瞬だった。コンクリートの壁が抉られるのも、私の顔に血飛沫がかかるのも、パワーちゃんの首が飛ぶのも、すべてが一瞬のうちに終わっていた。
 私はマキマさんを見た。デンジくんの隣に立つそのひとを、正面から見つめた。
 マキマさんは笑っていた。仄かな笑みを形のいい唇に乗せ、私を見つめ返していた。朱に染まっているであろう私や、混乱の極みに達したデンジくんを無視して。彼女はひどく満足げな微笑みを浮かべていた。

「聞きたいことがあるんだ。正直に答えてね」

 私は頷く。操られたように首を振る。逆らう、という選択肢は最初からない。最初から、きっと。最初から、私は、マキマさんに支配されていた。

「デンジくんのこと、どう思う?デンジくんのこと、好き?」

 私はデンジくんに視線を移す。友人を喪い、家族を喪い、今また奪われたばかりの少年を。呆然と目を見張るばかりの彼は痛々しく、哀れを誘う。
 デンジくんとの間にある、数メートルの距離。隔たりが、今はどうしようもなく恨めしい。抱き締めてあげたいのに、慰めてあげたいのに、私にはもうどうすることもできない。

「……そう」

 私の肯定にもマキマさんはさしたる興味を示さない。「それじゃあデンジくんは?」そう言って、彼を見やる。美しく、冷たい笑みで。

「デンジくんは名前ちゃんのこと、好き?」

 「好きだよね」マキマさんは返事を待たずに言葉を続ける。「キミにとっては、母親みたいなものだから」だから、とマキマさんは右手を挙げる。肩の高さまで持ち上げて、先程と同じポーズを取る。人差し指を立て、デンジくんに向けた後で──私に狙いを定める。

「だから、壊すね」

 逃げちゃダメだよ、とその目は言っていた。私が逃げたら、デンジくんはどうなるだろう。そう考えるのを、マキマさんは見越していた。私が自分の身よりデンジくんを優先することを、彼女はちゃんとわかっていた。
 私はデンジくんを見た。彼を見つめ、笑った。

「大丈夫だよ」

 本当は抱き締めてあげたかった。大丈夫だよって言って、頭を撫でて。「キミのせいじゃない」って、自分を責めることはないって、そう言ってあげたかった。アキくんがいなくなってから、ずっと、言ってあげたかった。

「だから、せめて、幸せになって」

 私の願いは、ちゃんと届いただろうか。
 最期に見たデンジくんはやっぱり泣きそうで、それだけが心残りだった。