アンケートより、吉田くんと映画デート+早川家とアキくんの嫉妬の話。
時間軸不明の謎空間。刺客編後っぽいけどアキくんに両手あります。
この広い街の中、数少ない知人と偶然出くわすなんて、どれほどの確率だろうか。それもこんなありふれた、どこにでもあるハンバーガーショップで。
同僚である名前を一番最初に見つけたのはアキだった。
それでも初めは半信半疑だった。それは見慣れたスーツを着ていなかったせいだ。彼女は休日らしく、そこらの少女たちと変わらない格好をしていた。公安のデビルハンターではない、平凡な人間として。
「おっ!ありゃ名前さんじゃねーかぁ?」
「おおっその通りじゃ。あの胡散臭い笑い方は間違いなく名前じゃのお」
──気づかなかったふりをしよう。
しかしその判断は些か遅かった。アキが踵を返すより先に、後ろにいた二人が騒ぎ出してしまった。デンジとパワーは何の疑問も抱かないし、遠慮しようとも思わない。
二人の薄っぺらな頭ではそこまでの考えに思い至らないのだ──アキは「オイやめろ」と片手で二人を羽交い締めにした。そうでもしないとこの二人、一直線に名前の元へ駆け出しかねない。
予想通り、デンジは「なにすんだよ」と不満げに口を曲げる。
「どうせなら一緒に食おーぜ。名前さんなら俺ぁ大歓迎だ。メシも一層旨くなるってもんよ」
「いや、ワシにはわかるぞ。チョンマゲは自分の取り分を奪われたくないんじゃ。まったく、卑しいのお」
「違う、そうじゃない……」
この二人と暮らし始めて、一生分の溜め息を使った気がする。
ああ、頭が痛い。アキは額を押さえ、「お前たちにはアレが見えないのか?」と二人に──主にデンジに──言い聞かせる。
「邪魔しちゃ悪いとか思わねぇのか」
デンジとパワーが同時に名前を見る。テーブル席に座る彼女を、──その前にいる青年を。見て、デンジは「デートかよ」と舌打ちをする。
……よかった。どうやらそれくらいの察しはつくらしい。ここで「ようするに交尾か」と言うパワーのことは無視することにした。
けれど察しがつくのと気遣いができるのはまた別の話。理解したにも関わらず、デンジはアキの拘束を振りほどく。
「それならよォ、なおのこと邪魔してやんねぇとなぁあ〜」
「は?」
「俺ぁ行くぜ。止めてもムダだかんな」
「それならワシもじゃ!ワシはデンジのバディじゃからなっ!」
「まてまてまて」
それでなんで余計張り切るんだ。
アキは二人を止めようとした。言葉を尽くし、手首を掴み。やれるだけのことはやった、けれど。
「デンジくんにパワーちゃん?あれ?アキくんまで?」
……さすがにこれだけ騒げば、隠しおおせるものでもない。
アキはそっと視線を動かした。数メートル先、テーブルから身を乗り出すようにしてこちらを見つめる名前がいた。
驚いた様子で見開かれた目。アキが気まずさを覚えるのとは反対に、それは柔らかく弧を描いた。
「偶然だね、よかったら隣においでよ」
そこにあるのは親愛の情。嫌がる素振りも見せなければ、困ったという風でもない。本当に、心から三人を歓迎しているのだ。
アキは悟り、小さく息をつく。ホッとした。何故だか、無性に。そしてその理由を自分は知っているはずだ。そんな風に思えてならなかった。
「吉田くんもそれでいい?」
「俺は別に気にならないよ」
『気にならない』、とは。含みのある言い方をするな、とアキは思う。吉田ヒロフミ、名前と親しい仲であるらしい彼のことを、アキはよく知らない。
「やりぃ〜!俺ここな!」
「じゃあワシはその隣じゃ!」
いそいそと名前の隣に座るデンジ、そしてパワー。となると空いている席はひとつしかない。アキは、「悪いな」とヒロフミの隣の椅子を引いた。
悪いと思っているのは本当だ。けれどヒロフミは「どうぞ」と薄笑いを刷く。感情の読めない男だ。笑みを絶やさないのは名前だって同じなのに、彼女には感じなかった据わりの悪さを覚えてしまう。
「三人ともお仕事中?お疲れさま」
「あざっす!名前さんは休み?何してたんすか?」
「映画を観に行ってたの、吉田くんと。ね?」
「うん、面白かったよ」
名前が挙げたのはスラッシャー映画のタイトルだった。そういえば今日公開だったな、とアキは記憶を辿る。このところ忙しかったせいで、そういった情報からは遠ざかっていた。けれど以前、名前が楽しみにしていると言っていたのは覚えてる。よかったら一緒に観に行こう、と誘われていたのも。
──でも実際に彼女が誘ったのは吉田ヒロフミだった。
「ん?ウヌのポテトの方が多くないか?」
「それはパワーちゃんが食べちゃったからでしょ。こらっ、これは吉田くんのだからとっちゃダメだってば」
「いいよ、ほら食べな」
和気藹々とした様子の四人。穏やかな日常の光景。微笑ましい、と思うべき場面なのだろう、とアキはどこか遠くから思った。
同じテーブルについているはずなのに、隔たりを感じる。そんなのはまやかしだ。疎外感を抱くだなんて。そんな、子供じみた感情──バカげてる。
「アキくん、大丈夫?」
「どーした早パイ、腹ぁ減ってねぇってんなら俺が貰うぜ」
気遣わしげな名前の声に「なんでもない」と首を振り、伸ばされるデンジの手をはたき落とす。それでも胃の辺りに纏わりつく
いったい何を気にしているというのだろう。かじりついたハンバーガーはパサついていて、口内が乾いた。コーヒーを飲んでも、その味の薄さが気になってしまう。
けれどそんなことを感じているのはアキだけだった。誰ひとりとして指摘しなかった。デンジもパワーも、──名前も。当たり前の顔をして、テーブルについていた。
「……疲れてるんじゃない?」
ふと。囁きが、耳をついた。
顔を上げると、相変わらずの微笑がアキを見ていた。「そういう顔してるよ」と。
言ってる内容は親しげなのに、声音には冷ややかなものが混じっていた。……考えすぎだろうか?同じ人間の、それも同業であるデビルハンターから敵意を感じるなんて。そんな理由、あるはずがない。
──本当に?
「……そうかもしれないな」
肯定すると、男の目が光った。笑顔が一瞬固まったのは、恐らく見間違いじゃない。
アキは「やるよ」とヒロフミのトレイにポテトを置いた。まだ手をつけていないから問題はないだろう。施しを受けるのは性に合わない。……この男ならなおさらだ、と思う。
「名前、夕飯は決まってるか?」
「ん?ううん、予定はないけど」
「ならうちで食べてったらどうだ?明日は日曜だしちょうどいいだろ」
何も知らない名前は「やった!」と満面の笑みを浮かべる。
張りつけたものではない、心からの笑顔だ。その違いをアキは知ってるし、手放しがたいとも思っている。その事実だけで十分だ。理由なんていうのは急いで拵える必要はない。
視線を感じたが、アキは隣を見なかった。必要なものは目の前にあった。デンジとパワーと名前、それだけで十分だった。