女三人寄れば

 生徒数900人を誇る帝丹高校。一学年に7〜8あるクラスの中の一つ、2年B組の前で名前は困惑していた。

「それで?転校生のアンタが蘭になんの用があるって?」

 用があるのは毛利蘭に対してだけだし、そもそも呼び出したのは彼女だけのはずなのだが。なぜか、鈴木園子に世良真純まで着いてきた。
 困惑しているのは蘭も同じで――ただし、その理由は名前と違うが。「えっと……、あなた、転校生なの?」と名前に訊ねた。
 名前はそれに答えようとしたのだけど、それより先に園子が口を出した。「なぁにアンタ、そんなことも知らなかったの?」と。呆れ顔で、蘭を肘で小突く。

「この子は世良さんより前に2年D組に編入してきたコよ、ホント疎いんだから」

「外国人の転校生が来たって話題にもなってたな。名前は名前だっけ」

 園子に加えて真純まで話に入ってきた。「よろしくな」と手を差し出され、名前も咄嗟に握り返してしまう。「よろしくお願いします」これは、説明の手間が省けてよかったのかもしれない。笑顔の裏で名前は思った。

「あの、今日は蘭さんにお話ししたいことがあって。呼びつけたりなんかしてすみません」

 名前は深々と頭を下げ、続ける。「毛利さんのお父様……毛利小五郎さんに、最近弟子入りした人がいますよね」そう言うと、彼女たちはますます訝しむ。

「ええ……、確かにお父さんに弟子入りしたいって人が来たけど……」

「それがいったいどうしたって?」

 三人を代表して、真純が問うた。目の前に現れた謎に対して、キラキラと輝く瞳。その深い色にはやはり見覚えがある。遠目で見ていた時は微かなものだったけれど。こうして間近で見ると、その疑念は正しいように思われた。
 しかし今はそれを考える時ではない。名前は一つの憶測を振り払い、困り顔をしてみせた。

「その人……安室透はわたしの従兄なんです。だから蘭さんには一言ご挨拶がしたくて。お兄様が無理を言ったんでしょうが……、どうかよろしくお願いします」

 そしてまた頭を下げると、蘭は頓狂な声を上げた。反対に、園子と真純はあからさまに落胆した。「なぁんだ、それだけか」……二人はどんな大事件を想像していたのだろう。事件に巻き込まれるのはご免被りたい。

「こちらこそ、父が迷惑かけるかも……というか、父に弟子入りなんかしても意味あるのか分からないんだけど……よろしくね」

 求められ、蘭とも握手を交わす。「蘭さんはお優しい方ですね」名前は目を細める。優しい娘だ。裏社会だとか、そういった薄汚れた世界とは無縁そうな。だからこそベルモットが彼女に手を出すなとわざわざ言い聞かせてきた理由が見えない。純朴そうな少女と千の顔を持つ魔女に接点などあるのだろうか。

「それだけのためにわざわざ会いに来たの?」

「いえ、実は聞きたいこともありまして……」

 手を腰に当てる園子を前に、名前は俯く。爪先と指先をもじもじと擦り合わせる仕草は、恥じらってますよというアピールだ。そう、ここでの名前は『従兄のことが好きで好きでたまらない、大和撫子系敬語妹キャラ』である。
 「あのですね、」ちらり。上目で蘭を窺う。紅潮した頬に手を当て、目を彷徨わせ。躊躇いたっぷりに唇を開く。

「お兄様のこと……蘭さんはどう思いますか?その、異性として……」

 ――静寂が広がった。
 だがそれは一瞬のことで。「えぇ〜〜っ!?」と蘭は頬を染め、「なになに、つまりはそういうことなの!?」と園子は目を輝かせ、「なるほど、真の目的はそっちってワケか」と真純は腕を組んだ。三者三様。性格の分かる反応である。

「そんな!まさか!安室さんとは何にも!少しも!ないから!」

 大否定。予想はしていたが、ここまでとは。透は顔も技量も申し分ないと思うのだが――。ちなみに、性格については名前の管轄外なので触れないでおく。

「そうよそうよ!なんたってこの子には旦那がいるからねぇ〜」

「あら?ご結婚されてるんですか?」

「してないから!」

 真っ赤な蘭を無視して、園子は訳知り顔で話す。「今はここにいないんだけどね、蘭には新一君っていう愛しい愛しい旦那さまがいるのよ。だから他の男は眼中にないってワケ」
 ここでまた蘭は抗議の声を上げるが、園子も名前も無視した。

「なるほど、新一さんとご結婚されてると聞き、安心しました」

 ほっと胸を撫で下ろす。もちろん、高校生探偵工藤新一のことは調査済みだ。毛利小五郎の身辺調査の過程で、彼のことも調べさせてもらった。工藤新一、女優と作家の一人息子。毛利蘭の幼馴染。そして、APTX4869を投与された男。
 「安心ってことはやっぱり……」上がる口角を手で隠す園子に、望む答えを与えてやる。

「ええ……わたし、お兄様のことが好きなんです。蘭さんのお話を聞いて不安になって、つい」

 恥じらう少女を演じながら、名前の内心は冷めきっていた。改めて、自分の設定に突っ込みたくなる。ベルモット曰く、『年頃の女の子には色恋沙汰を振っておけばいいのよ』とのことだが。それにしたって実際の性格との乖離具合に疲労が溜まる。
 だが作戦は成功のようだ。蘭は「応援してるから!」と拳を握るし、園子は「先輩になんでも聞いてちょうだい」と胸を張るし、真純は「相談くらいには乗るよ」と微笑んでくれた。
 ……なんだか申し訳ない限りである。