狗巻くんと秋の終わり
夢主の基本設定は原作沿いと同じですが、狗巻くんたちと同級生です。同級生だったらのイフです。
任務先で綺麗な飴玉を見かけた。その時私の脳裏に浮かんだのは同級生のひとり、狗巻棘だった。彼の顔を思い浮かべていると、いつの間にか会計を終えていた。
そして私の手には、飴玉の入った瓶が残された。
「短絡的思考……」
土産袋を手に、高専へ帰る。その道すがら、私は頭を抱えていた。
呪言師だからって飴をお土産にするなんて、あまりに発想が貧困ではなかろうか。それに最近、出張のたびに同じようなものばかりを買い集めている気がする。さすがの狗巻くんも飽きてくる頃合いだろう。優しい彼のことだから、表立っては否定しないだろうけど。
「ツナマヨ!」
そしてその予測通り、狗巻くんは喜びを声の調子と目の輝きで表してくれた。
だから余計、居たたまれない。「いつもいつも似たようなお土産ですみません……」身を縮めると、狗巻くんは慌てる。
「おかか!」首を横に振っているということは否定してくれているのだろう。彼は、優しいから。
「なぁに辛気くせー顔してんだよ」
「真希さん、」
高専、グラウンド。乙骨くんの特訓に付き合っていた真希さんが、木陰で休む私たちのところにやって来る。どうやら休憩を取ることにしたらしい。一本取られた乙骨くんもパンダくんに支えられながらこちらに向かってきた。
「棘はマジに喜んでんだから勝手に自己完結すんなって」
「ですがいい加減飽きてきませんか……?」
「おかか」
「そう、ですか……?それならいいんですけど……」
『飽きない』と言ってくれるけど、……本当に?今はよくても胡座をかいてはいられない。私は面白味のない人間だ。飽きられる前に何かしら手は打たなくては。例えば……そう、五条先生なら愉快な提案をしてくれるのではないだろうか?
ぐるぐる悩んでいると、真希さんに「めんどくせーな」と溜め息をつかれる。ご尤も、面倒な女ですみません。肩を落とすと、狗巻くんに頭を撫でられた。
「ありがとうございます」言葉はなくとも慰めてくれていることはわかる。木々の隙間、射し込む光に照らされた瞳は淡い紫の色。穏やかな目に見つめられると不安も溶けていく。彼の眼差しには言葉以上の力がある。
「どうやら俺たちはお邪魔虫みたいだな」
「だからその顔やめろって」
にやにや笑うパンダくんを真希さんが小突く。彼女は誰が相手でも容赦しない。けれど気遣いのできる人でもある。
真希さんは「私らはもうちょい続けるけど、」そこまで言って、寮のある方角へ目をやった。「お前らは戻ってていいぞ」
たぶん、任務明けの私に『休め』と言ってくれているのだろう。この学校の人はみんな優しい。私にはその優しさが時々、怖くなる。
「じゃあお言葉に甘えて……」
「ああ、ついでに棘も連れてけ。どうせ一人じゃつまんねーこと考えるだろ、お前」
「あはは……」
私の口からは乾いた笑いしか出ない。
でも狗巻くんはそれでいいのだろうか。窺い見ると、「しゃけ」と微笑まれた。だから私も笑み返して、真希さんたちに手を振った。また後で。そういう小さな約束が私の胸を弾ませる。
私たちは並木道の下を歩く。秋の終わり、木漏れ日が行く道をきらきらと照らす。落ち葉を踏み締める音すら心地いい。寮までさして距離がないのが少し残念だ。ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、そんなことを思う。
「こんぶ?」
「いえ、そんな難しい任務ではなかったです。ただ移動時間が長かったので少し疲れてしまいました」
そう言うと、また頭を撫でられる。『お疲れさま』そんな風に労われるようになったのは、高専に来てからだ。実家にいる時は呪いを祓うのが当然で、特別なことなど何もなかった。
だから嬉しくて、でも慣れないきだから気恥ずかしさもある。私は目を泳がせた。
「……ありがとうございます」
何度も言うと価値がなくなるようで嫌だけど、それ以外の言葉が見当たらない。他にもっと適切な、言うべき言葉があるような気がするのに。不慣れな私は歯痒さを呑み込むしかない。
そんな私の隣。狗巻くんは僅かに首を傾げ、それから何事か思いついたという顔で抱えていた瓶を開ける。
「しゃけしゃけ」
「いえ、それは狗巻くんに差し上げたものですから……」
「高菜」
「そうですか?じゃあおひとついただきますね」
ころり、広げた手のひらに転がったのは紫の色。丸い飴玉は私の手の中できらきらと輝いていた。美しい、宝石のように。
渡しはそれを人差し指でつまみ、覗き込んでみた。
「これ、少しだけ狗巻くんの目に似ています」
交互に見比べてから、私はそれを口の中に放り込む。口内に広がる、優しい葡萄の味。舌で転がしながら、私は頬を緩める。
狗巻くんは目を瞬かせた後、飴玉をひとつ取り出した。彼が選んだのは黒飴。鈍い輝きを放つそれを一番に選ぶなんて。
「狗巻くんの趣味は渋いですね」
笑うと、小さく首を振られる。否。そう言ってから、彼は飴玉を日に透かし見た。先ほど私がやったみたいに。
私の行動を模倣して、狗巻くんは目許を緩める。その目に映る私の瞳は、鈍く光る黒色だった。
「お口に合いましたか?」
「しゃけ」
「ふふっ、それならよかったです。私のも美味しかったですよ」
二人して飴玉を転がしながら、足を進める。
空は高く、雲ひとつ流れていない。秋の終わり、風には冷たいものが混じり出す季節。けれど物悲しさは不思議と感じられなかった。
私が笑いかければ、狗巻くんは応えてくれる。指先は触れ合うほど近く、私の胸は温かなもので満たされた。……つまりは、そういうことなのだろう。