蚊帳の外

 透が一番にしたのは、名前の手からコナンを取り上げることだった。「さあ、爆弾があるというところまで案内してくれないか」にっこり。「コナン君?」とダメ押しとばかりに迫られて、コナンは顔を引き攣らせた。この人も大概だな。自分のことは棚に上げて、少年は安室透の仮面についてそう評した。まったく、どいつもこいつも外面だけはいい。

「でも私が連れてった方が早いんじゃあ」

 そんな正論を、透は笑顔で退ける。「彼だって男なんだ、プライドってものがあるんだよ」性差について持ち出されてしまえば、名前に反論の余地はない。彼女には『男のプライド』が分かるはずもないのだから。

「名前お姉さん、ボク自分で歩けるよ」

 江戸川少年は賢かった。今は有事、無用なトラブルは避けるに越したことがない。
 コナンは名前の腕の中から飛び降りると、「こっちだよ!」と三人を先導した。ここまで話に加わらなかった赤井は、「やれやれ」と首を回す。そして、透を一瞥して一言。「今のは彼女の方が飼い主らしかったぞ」……彼は口数が少ないくせに、こういう皮肉だけは好んで使う。おかげで、透の眉間に皺が寄った。
 ――恐らく、いや、絶対に透の機嫌はサイアクだ。赤井が同じ空間にいるというだけでも十二分に気分を害しているというのに。そこにストレートを打ち込まれたのだから。

「あの、透」

「名前」

 恐る恐る伺い見た名前を呼び止め、透は彼女の頬に手を滑らせ、そのまま耳甲介にある通信機に触れた。「これはもう必要ないだろう?」そう言って、名前の返事を待たず、通信機を落とす。あっと思う間もなく、それは透の靴底で踏み潰された。

「さ、急ごうか」

 人畜無害を絵に描いたような笑み。名前を黙らせた透は、彼女の手を引いて先を行く二人を追った。
 通信機に罪はないのにと思いもした。が、透の隣に帰ってきた喜びの前には呆気なく霧散したのだった。
 コナンの証言通り、消火栓ボックスの中にあった起爆装置。赤井はライフルバッグを蹴り送り、「解体は任せたぞ」と透に言った。

「赤井さんは?」

 「彼女の話によると、」赤井は名前を見やる。「ヤツらは頂上で仕掛ける気らしい。おまけに下に控えた公安には用はないという。そして、ここにある爆弾の被害に遭わず、キュラソーの奪還を実行できる唯一のルートは……」

「空から……!」

 答えるコナンの横で、透は夜空を見上げた。名前もつられて、ホイールの間から覗く小さな空を見た。不幸なことに、本日は天気に恵まれている。組織にとっては幸運なことだろうが。
 頷いた赤井は、「元の場所で時間を稼ぐ」と言った。「頂上まで残り五分とない。何としても爆弾を解除してくれ」

「簡単に言ってくれる……」

 透は走り去る赤井の背に顔をしかめる。名前はやけに重たいライフルバッグを漁り、工具箱を透に渡した。名前には爆弾処理の能力はないし、ライフルも携帯していない。それが情けなくて悔しくて――だから走り出したコナンを抱え上げた。

「え……っ」

「私があなたの足になる」

 それぐらいしか、今の名前は力になれない。「キュラソーのところでいい?」そう聞けば、目を丸くしていたコナンも顔を引き締めた。

「うん、お願い」

「任せて」

 名前はフェンスを乗り越え、跳んだ。人間離れした動き。肩にしがみつきながら、コナンは思う。厄介なのが敵に回らなくてよかった、と。
 一人残された透が渋い顔をしていたことは、さしもの名探偵にも分からなかった。