暗い。冷たい。痛い。 意識が朦朧とする。動けない。 頭がズキズキと痛む。目を開けても何も見えずに真っ暗なままで、これが現実なのか、自分の記憶の中の出来事なのか、分からなかった。 ゆっくりと意識が飛ぶ前のことを思い出す。 そう、探偵社に相談して、太宰さんに見送られてエレベーターに乗った。3階に着いたら事務所の前に人がいたので声をかけたのだ。それで。 「…っ!!」 ようやく意識がはっきりと浮上してたので身を捩ればどうやら身体を拘束されているらしかった。目隠しに猿轡。これはかなり、良くない状況だと、背筋が冷える。 「目が覚めた?」 そうしたら私の動きに気づいたのか男の声が響いた。続いて此方へ近付いてくる足音にびくりと肩を揺らすとそんなことは御構い無しに横たえていた身体を引っ張り座らされ、目隠しと猿轡を外された。急に視界が明るくなって、目を細める。 「ぼくのこと分かります?」 えらく人の良さそうな顔でにこりと笑ったのは、事務所の前に立っていたあの男だった。 ちらりと周りを窺ってみるがどうやら男一人らしい。廃工場かそれとも倉庫か、木箱やコンテナがあちこちに積み上げられたそこは埃っぽく、曇った窓ガラスの向こうはオレンジ色の空が見える。もう夕方、ということはそろそろ太宰さん達が私がいないことに気づいてくれているだろうか。 やけに冷静に考えていると、返事がないことに気を悪くしたのか男が私の髪の毛を掴んだ。 「いっ、」 「聞こえてる?」 先程のスーツから着替えたらしい男はパーカーに黒いパンツ姿だった。年齢はおそらく、私より少し上くらい、20代後半に見える。 「あんた、名前は?」 「…は?」 まさかストーカーに名前を聞かれるとは思わなかった。戸惑っているともう一度ぎりりと髪を掴む手に力を込められて、痛みに思わず顔を顰める。「名前は?」ストーカーが対象の名前を知らないって、どういう事だろうか。 「みょうじです」 「下の名前」 「…なまえ、です」 「ふぅん、そう」 聞いた割に随分とどうでも良さそうな反応で、男はパッと私の髪を放した。ほっと息を吐く。 先ほどからのこのぞんざいな扱いは、たぶん、恐らく、此の男は私のストーカー等ではないらしい。 「…あなた、」 私に気取られたことを察してなのか、男は此方を見下ろして、やはり人の良さそうな顔で、にこりと笑った。 「はっ?!なまえさんがいない?」 17時には伺いますから、そう言っていたなまえが何時まで経っても4階へ上がってこないので、おかしいと思った太宰が彼女の事務所へ向かってみれば、そこはもぬけの殻だった。扉の前には数滴の血痕、量から云って命に別条はないだろうがなまえが怪我をしていて危険な状況にあることには変わりがない。 「ど、ど、如何するんですか!ストーカーに誘拐されたって事ですよね?!」 「それがねぇ、そうでも無いらしいのだよ。事務所の前にこれがあった」 そう言ってなまえの事務所の扉に貼られていたカードを差し出すと、それを覗き込んだ全員がこれは、とさらに深刻な顔になった。 『女は預かった 24時間以内に探せ 見付けられなければ 女は探偵社の為に 死ぬ事になる』 カードには気絶しているなまえの写真と、どこかの建物の屋根がほんの少し映った写真がつけられていた。この情報量で探せ、という事だろう。 「如何やら彼女は我々の為に人質となったらしい」 探偵社に再び、ピンと張り詰めた空気が流れた。 「ねぇ、君さぁ」 詰まらなさそうに木箱の上に腰掛けて脚を組んだ男が、懐から写真を取り出す。此方へ向けて広げられたそれは、事務所に送られてきたものと似たような写真だった。私と、探偵社の男性陣のツーショットばかりだ。 「結局何奴の女なの?」 太宰さん、国木田さん、乱歩さん、敦くん、谷崎くん。 順番に指をさしてにこにこと笑う。 「まぁ、三人の内の何れかかな?」 ひらりと二枚、敦くんと谷崎くんの其れを捨てて、男がずいと私の鼻先に写真を突きつけた。 「何奴?」 つまりは、此の男は恐らく、私を探偵社の誰かの恋人か何かと勘違いして人質に取った、と云ったところだろう。 「…私は、誰の女でも、ありません」 「ふぅん?口堅いね」 男がふふふと笑った。 外はもう暗くなっていて、月明かりと男の足元に置かれたランタンが辛うじて視界を保っている。どれくらいの時間此処にいるのかは分からなかったけれど、男は如何やら単独犯らしかった。しかしそれだと、事務所の前で私の後頭部を殴ったのは誰なのか、説明がつかない。 「あんた俺と一回出会ってるんだけど覚えてる?仕事の依頼するふりしてさぁ、下見しにいったんだよね。武装探偵社の真下に事務所構えるなんて、面白いね」 うろうろと倉庫の中を歩き回る男はやけに饒舌だった。 意識が違うところへ向いている間にと、私はもぞもぞ腕を動かしてみる。しっかりと縛られた縄はビクともしないので、何か尖ったものでもないかと床を探すと、少し離れたところに割れたガラスの破片が落ちていたので、そうっと、そちらに滲み寄る。 「嗚呼、動かないで」 瞬間、何故かその破片が浮き上がったと思うと、私の顔の横を掠めて飛んだ。 「…え?」 つ、と切れた頬から血が垂れる。ゆっくりと振り返ると男は私から離れたところで立ったまま、指だけを此方へ向けていた。 此れは、かなり、やばいかもしれない。 「異能力者ってさぁ」 男がふわりと指を動かす。 またガラス片が浮いて、私の目の前へその切っ先を向けた。 「武装探偵社だけじゃあないんだよ?」 男がにたりと笑う。 鼻先に突き付けられたそれを見て、私は今度こそその笑顔が気味悪いと思った。 160914 戻る |