異能力というのは、それを持つものにとってきっと、生きている間に、一生、あまねく降りかかる呪いだと思っていた。 「君は一体何処の誰なのかな?なまえちゃん」 たぶんこの目の前に立つ太宰さんにも少なからずそうであったのだと漠然と思った。成功もすれば身を落とす者もいる、そういう不安定なものが自分の意思に関係なく与えられるのだから。 人類が皆平等なんて、てんで嘘だと思う。 「太宰さん、」 何を話せば良いのか、何を話して欲しいのか、そんな事ばかり考えて何も言えないままでいる私を、太宰さんはただ薄暗い目で見下ろしていた。ちらりと前髪の間から盗み見た表情は、やはりにたりと底の知れぬ微笑を貼り付けていて気持ちが悪かった。 国木田さんは、一体どこまで車を停めに行ったのだろうか。 びゅうと風が吹いて、警察へ行くのだからと選んだ生真面目な色をしたスカートを揺らす。耳にかけていた髪がぱしりと頬を叩いた。太宰さんの長い外套がはためく音が聞こえる。 笑え。無理矢理に顔の筋肉を動かす。きちんと口角が上がっているのは、今まで重ねてきた作り笑いの賜物だ。 「……厭だなぁ、太宰さんたら。前に言っていた事、忘れたんですか?」 顔を上げる。太宰さんの外套は相変わらずゆるく靡いている。 「私の前職を中てたら、デートでしたよね。降参ですか?」 なるべく明るく、そして何でも無いように慎重に言うと、太宰さんはほんの少しだけ目を見開いた。 それから私を上から下までまるで鑑定するかのような面持ちで眺めてから、ふ、と短く息を吐き出して笑ったかと思うと私の腕をぐいと引っ張った。するり、腰に手を回され、反対側の手で顎を持ち上げられる。 恋人にするかのような、あまりにも優しい手付きに、頸がゾワリと総毛立った。 「真逆、降参なんて。楽しみにしてい給えよ、なまえちゃん」 よもや口付けられるのではという程に太宰さんの顔が近くにあって、私はそれでも、口元に貼り付けた笑みを保ったままじいと薄暗い双眸の奥を覗き込んだ。ズキリと、昨日の男に殴りつけられた傷が疼く。此の人の目に私はどう映っているのか、見えれば良いのに、と思った。 恐らく一瞬であったのだろうけれど、解放された後は一時間くらい太宰さんと睨み合ったかのような疲労感がのしかかってきた。顔を間近で観察されただけの筈だというのに。まるで何事もなかったかのように、太宰さんはビルヂングの中へと入っていく。 「本当、面白い子だねぇ、」 至極愉快そうに溢された言葉が風に乗って私のところまで届いてきて、気づかれない様に震える掌をぎゅうと握りしめた。 3日間の臨時休業の後、事務所はいつも通り営業を始めた。いつもと違うことはといえば、一週間の期限付きで私に往き帰りの際の護衛がついたことくらいだった。 あの日、太宰さに続いて事務所に入るとすぐに社長室から出迎えにやってきた福沢さんは、その厳しい顔付きや雰囲気からは想像もできない程に優しく、そして丁寧に私に頭を下げた。探偵社の所為で危険な目に合わせて申し訳ない、怪我の治療費や営業できなかった間の収入は保証する、と言われたので、収入は大したことは無いからと断り治療費だけを形として受け取る事になった。 与謝野さんが妾が治療してやるのに、と不服そうだったけれど、ちょっとした手首の捻挫と切り傷、打撲で彼女の治療を受ける事は無い、と探偵社の面々に全力で止められたので、それも丁重にお断りした。 あの事件が嘘の様にごく平凡に一週間、二週間と過ぎていったけれど、太宰さんはあれから私の事務所へ遊びに来る回数が減った様に思う。とは言っても、彼の場合は元々サボり場所として此処を利用していたわけだし、その利用回数はかなり多かったので、減ったといえども週一回は必ずひょっこりと姿を現した。 「あれ、こんにちは乱歩さん」 「やっほー、なまえちゃん」 其れとは逆に、乱歩さんや国木田さんは来る回数が増えた。 乱歩さんなどは時折駄菓子を持ってきてあれやこれやと私に食べさせたがる。お陰で練ると色が変わるお菓子やら色々な形をしたグミやら、この歳にして妙に詳しくなってしまった。 今日もグミに飴にスナック菓子にとカラフルなパッケージを大量に抱えた乱歩さんがノックもせずに事務所へ入ってきたので、冷蔵庫に冷やしてあったラムネを開けて渡すと、「さっすがなまえちゃん」とご機嫌でソファに陣取る。乱歩さんは例のストーカーの件について知っている筈なのだけれど、いつやって来てもその話を出す気配はなかったし、ただのんびりとお茶やラムネを飲みながら持参した駄菓子を消費していくだけだった。 立ち所に総てを推理してしまうという乱歩さんが、太宰さんの様に何かを聞いてくるのではと思っていた私は、いつまで経っても何も言わない彼になんだか落ち着かない気分だった。 『僕にかかれば分からないことなんて何一つないよ』 いつか乱歩さんと一緒に帰ったあの日みたいに柔らかな橙が事務所の中を照らしている。 太宰さんは、まだ私の事を調べているのだろうか。 「なまえちゃんてば」 「あっ、はい、ごめんなさい」 さっきから呼んでるのに!と不満気な声を出す乱歩さんに慌てて振り返ると、何時になく真剣な眼差しで此方を見ていたので、私は動けなくなった。太宰さんとは違う、けれども鋭く光る双眸から目が離せない。 ああやっぱり、と思った。 「なまえちゃん、まだ駄目だよ」 やっぱり乱歩さんは総て知っているのだ。 「君が居なくなったら、僕がゆっくり菓子を食べる場所がなくなる」 そんなの探偵社で十分でしょう、そう言いたかったけれど、口を開いた瞬間にラムネを突っ込まれた。いきなりの事で目を白黒させている間に、甘い液体が流れ込んでくる。喉で炭酸が暴れ回って咳き込んだ私を見て、乱歩さんは愉快そうな顔をして手を伸ばしてきた。俯いて流れた髪を柔らかく掴まれる。 「まだ、駄目だよ。なまえちゃん」 もう一度、耳元でそう言って、髪を掴む手は酷く優しいというのに乱歩さんが少し怖い顔をしたので、私は返事もできずにただどうしようもなく泣きたくなった。 161024 戻る |