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お酒が程よく回った国木田さんは、何時にも増して饒舌だった。
共通の話題となるのは矢張り探偵社の社員たちの事だったり、うずまきのメニュウの事だったり、しかし国木田さんの口から零れてくるのは大半が太宰さんの愚痴で占められていた。
太宰さんの口説き文句くらいに、国木田さんの罵倒のレパートリーは豊富だ。少し赤くなった顔で酒を煽る姿を見ながら、何だか漸く、年相応の男の人なのだなぁと微笑ましくなる。
歳が一つしか違わない筈の国木田さんは、偉く大人びていてしっかりしているので、時々彼から聞いた年齢を疑いたくなるくらいだった。

「お客さん、そろそろ閉店だよ」

任務中に太宰さんが飛び降りを目論んでそれを如何にして止めに行ったか、飛び降りなんて人様に迷惑をかけること請け合いであろうに云々、と国木田さんが熱弁しているところへ、暖簾を下ろして困ったように頭を掻いた店主が近寄ってきたので、私は慌てて腕時計を見た。何ともう日付が変わってしまっている。驚いてその旨を国木田さんに伝えると、想定外だったらしく、酷く狼狽えて立ち上がった。「………俺としたことが」全く申し訳ない限りである。
いそいそと会計を済ませて店を出ると、国木田さんは当然のように「家まで送る」と言って歩き出した。もう遅いのに、と言った私に遅いからだろう、という返事が返ってくる。明日は国木田さんも非番らしい。
もともとそこまでお酒に強くない上に、さすがに今日は飲み過ぎてしまったようで、足元がふわふわと少し地面から浮き上がっているような感覚だった。
深夜ということもあって辺りはしんと静かで、二人分の足音と、時折遠くで車が走る音や犬の鳴き声が聞こえてくる。私が少しフラフラする度に国木田さんと腕がぶつかって、何度も心配そうに「大丈夫か?」と聞かれてしまった。

「それにしても、今日は本当に楽しかったです。国木田さんから声をかけてもらえるとは思ってなかったので」
「以前飲みに行こうと言っていただろう。ちょうど誘拐事件の…」

途中まで言って、国木田さんがしまったという顔をして口を噤んだ。しかし私が特に気にしていない様子なのを見て、そろりと視線を右の方へやる。まるで何かを探しているかの様な眼差しだった。

「…国木田さん?」

そうして隣を歩いていたはずの国木田さんが足を止めてしまったので、数歩先へ進んでから気付いた私はゆっくり振り返る。こんな時にもしっかりと手帳を小脇に抱えた国木田さんは、少しの間じぃっと私を見つめてから、意を決した様に口を開いた。

「お前に聞きたい事がある、みょうじ」

眼鏡の奥で、真っ直ぐに私を見つめる双眸がキラリと光った。
さっきまでのふわふわした感覚はすっかり息を潜めてしまって、頭の芯が冴えていく。「何ですか?」にこり、笑ってみせると、国木田さんは何故か少し傷つけられた人の様な顔をした。

「…先の誘拐事件の調書で、どうにも気になる点があってな。犯人の男の供述だ。『女に触れた途端に次の瞬間には自分は倒れていて、見知らぬ男が目の前に現れた』。」
「…それが何かおかしいでしょうか?」
「お前の供述は、『男が突然苦しみ出して意識を失った様に見えた。そこで太宰が現れ戦闘の末に男を確保した』これで間違いないな?」
「………はい」

遠くでサイレンの音が聞こえる。犬の遠吠えが響く。
まるで事細かに調べてきたかの様に、国木田さんは手帳へ目を落とした。一寸も動いてはいけない様な気になって、ただその場に立ち尽くす。背筋からじわじわと、撫でる様に、嫌な感覚がせり上がってきた。

「太宰の奴は、『犯人がみょうじと話しているところで突然意識を失ったように見えたので、二人の元へ近づき犯人に接触、その後再び意識を取り戻した犯人と戦闘の末確保』。そして敦だ。」

ペラリ、手帳を捲る手が僅かに緊張してか強張っていた。
ゆっくり息を吸おうとして、喉がひゅうと鳴る。国木田さんの眉がピクリと動いた。

「離れたところから一部始終を見ていた敦によれば『なまえさんに犯人が触れた途端意識を失い、太宰さんが触れると再び意識を取り戻した』」
「国木田さん、」

辺りがあまりにも静かで、囁いたつもりの声は思いの外響いてしまった。嫌な空気だ。

「単刀直入に言ってください。私に何を聞きたいんですか」

自分でも驚く程に冷えた声が出た。国木田さんの眉間の皺が深くなる。その表情の意味くらいは、分かる。

「……みょうじ、お前は、」
「…」
「お前は、一体、何者なんだ?」

にゃあお、道を横切る猫がやけに呑気に鳴いた。




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