「国木田さん、おはようございます」 何時もの様にパソコンとにらめっこしていると、事務所の扉がノックされた。そうっと開いてみると其処には何時も通りに手帖を小脇に抱えた国木田さんが、相変わらず生真面目な顔をして立っていたので思わず笑みがこぼれる。 夜道を送ってもらったあの一件の後、国木田さんは時々仕事の合間を見つけてはこうして私のところへ珈琲を飲みに来てくれていた。 「今珈琲淹れますね、座っていてください」 マグカップへ珈琲を注いで出すと、国木田さんは「有難う」と少し表情を和らげる。 今となっては立派なお茶飲み友達みたいなものだけれど、こうして向かい合って珈琲を飲んでる間も、やはり彼の眉間の皺がなくなるところは見たことがない。 「それでその後ですね、与謝野さんとお酒を飲みに行ったんですが…」 その間の話題は大抵は私の近況報告と国木田さんのちょっとした愚痴で、つまりは二人の行動範囲からして探偵社の面々の話が多かった。一人で仕事をしていると中々リラックスして人と話すことも少ないので、この時間は私にとって癒しである。 「みょうじは酒が飲めるのか?」 「はい、ザルという訳にはいきませんが、結構好きな方ですよ。あ、もし良ければ今度一緒に行きませんか?」 「構わないが、太宰の奴がうるさ……」 国木田さんがそこまで言ったところで、給湯スペースからパリン、と何かが割れた様な音がした。思わずびくりと肩が揺れる。国木田さんは怪訝な顔をして、私を見つめた。 「大丈夫か?」 「あ…はい。すみません、ちょっと見てきます」 立ち上がって音のした方へ行くと、マグカップが床の上で粉々になっていた。おかしい。これはきちんと棚に入れてあった筈なのに。棚を確認すると扉が少しだけ開いているけれど、そんな、食器がひとりでに扉を開けて落下するなんて聞いたことがない。 「みょうじ?」 「ひぇあっ!?」 おかしい、おかしい、と屈んだまま冷や汗をかいていると、斜め上から国木田さんの声が降ってきたので驚いた拍子に物凄く変な声を上げてしまった。怪訝な顔をしていた彼がさらに訝しげに、青い顔をした私と、私の足元で粉々になっているマグカップを見下ろす。 「大丈夫か?何かあるんなら相談くらいは乗るが…」 そうして国木田さんが至極心配そうな声を出したので、私は観念してお願いしますと頭を下げた。 最初に何かがおかしいな、と思ったのは一週間くらい前だった。 事務所の扉がノックされた音がして、返事をして扉を開けると誰もいない。それが1日の間に三度あって、その後から徐々に私の事務所に異変が起きた。 先ずは机の上に放りっぱなしにしていた資料が綺麗に整頓されている、淹れた覚えのない珈琲のお代わりがマグカップに注がれている、郵便受けを覗いてもいないのに中にあった筈の郵便物が机の上に置いてある。などなど。 最初は自分がやった事を忘れるくらいに疲れているのだろうかと思ったけれど、そんなに疲れる程の仕事量など今のこの事務所にはないし、親切な座敷童子でもいるのかしらと思うことにしていた。 しかしそれが二日前、何時もの様に私に会うことを理由にサボりにやってきた太宰さんをエレベーターへ押し込んで戻ってくると、テーブルの上に置いていた彼の飲み終わった後の湯飲みが割れていたのだ。そして昨日も、打ち合わせにやってきた取引先の男性を見送って帰ってくると、またもや太宰さんの時と同じ様にコーヒーカップが割れていた。 そうして今日、先ほどのマグカップ。こう食器ばかりやられるとたまったものじゃないし、それに。 「これが、今朝ポストに…」 何も書かれていない白い封筒に入っていたのは写真だった。私がうずまきで敦くんや谷崎くんらと珈琲を飲んでいるところ、依頼者を見送っているところ、非番で買い物をしているところ、与謝野さんと居酒屋へ入っていくところ。 どれも視線がカメラへ向いていること等なく、明らかに盗撮だった。いつの間にこんなものを撮られたのか、そう思うと恐ろしかったし、何よりも事務所の中で起きていた不思議なことが座敷童子などではなく人間の仕業なのかもしれないと思うと気味が悪かった。 「うわ、これは明らかに盗撮だねぇ」 「だ、太宰!!」 「太宰さん!!」 突然国木田さんの後ろからひょっこり顔を出したのは太宰さんだった。驚く私と国木田さんを他所に、写真をまじまじと見て悪趣味だねぇと呟く。 「大方、食器が割れていたのは男に近づくなって云う警告といったところじゃないかな。なまえちゃん、最近誰かに言い寄られたりとかしてない?」 「いえ、そういうのは全く…」 「君は鈍感だからなあ、気付いてないだけかもしれないよ。ねぇ、国木田君」 嫌がる国木田さんを押し退けてソファに座ると、太宰さんは真剣な面持ちで当然の様にそう話し始めたので、相談だけのつもりだった私は慌てた。 探偵社、と名前は付いているけれども目の前のこの人たちは武装探偵社な訳で、つまりは軍警に扱えない危険な仕事を請け負っている異能集団である。探偵社の面々の普段の様子から言っても当然忙しいだろうし、私の様な一般人のストーカー被害になんて一々手間を取らせる訳にはいかない。 「とりあえず一緒に写ってる皆に話聞いてみよっか」 太宰さんが立ち上がる。国木田さんまでそれを止めないので私はいよいよどうしようかと思ったけれど、太宰さんは「まあまあ、任せて」といって鼻歌を歌いながら私をエレベーターへ連行した。 後ろでパリン、とまた何かが割れる様な音がした、気がした。 160910 戻る |