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「えぇ、えぇ…分かりました。では修正して明後日までにデータを送らせて頂きますので。…はい」

電話を切ってふぅと息を吐く。
今回の仕事はあと少し微調整をすれば無事に終わりそうだった。

「何か食べようかな」

時計を見るともう13時だったのでそこでようやく自分が空腹だったことに気がついた。
何を食べようか、出前でもいいけれど時間があるしうずまきにでも行こうか。そんな事を考えていると事務所の扉がノックされた。

「やあ、なまえちゃん」
「太宰さん?」

開いた扉から顔を覗かせたのは太宰さんだった。また仕事をサボってきたのだろうか、血眼になって彼を探している国木田さんが頭に浮かんで不憫に思う。

「如何したんですか?今日は襲撃なんて無かったですよね?」
「襲撃が無いと私は来ちゃいけないのかい?」

そんな事は微塵も気にしていないようで、太宰さんはヘラヘラ笑いながら私の手を取ると、今日も艶めかしく其れを撫で上げた。

「私は君に会いに来たのだよ、なまえちゃん。今日も今日とて君はなんと眩しく美しいのだろう、まるで荒野に咲いた一輪の花の様だ」

何時もながらこの歯の浮くような台詞を延々と並べられる語彙力には感心してしまう。
出会ったばかりの頃こそこうして手を取られ笑いかけられ散々口説かれる度に鼓動が速くなったものだけれど、顔をあわせる度にこの調子で然も女性と見れば見境が無いということが分かった後は、流石に間に受けずに聞き流すという事を覚えた。
恐らくこの後に続く言葉は十中八九、心中、であろう。

「ところでなまえちゃん、昼食はもう済ませたかな?」

そう思っていたのに太宰さんの口から出たのは意外な言葉だった。







あれよあれよと言う間に喫茶うずまきへ連行され、目の前には頬杖をつきながらにこにこと笑う太宰さん。

「何にする?好きなのを食べるといいよ」

確か彼は随分とこの店にツケを溜まらせていた筈だ、私の分まで払いますと言わんばかりの言動だけれども大丈夫なのだろうか?
ちらりと太宰さんを見るとやはりにこにこ、笑っているので空腹には抗えずにフレンチトーストと珈琲を頼んだ。

「どうだい?仕事は順調かな?」

なんだか今日の彼は可笑しい。もう顔を合わせてから20分程は経っている筈なのに、一向にお得意の「心中」という言葉が出てこない。かと思えばそんな事を口にするのでなんだか拍子抜けしてしまって、一体如何したのだろうかと見つめると、私の心を読んだかのように太宰さんはくすくすと笑った。

「確かに私は君のような美人と心中するのが夢だけれど、かといって駆け出しで一人で仕事を頑張っている女性の心配をしない程薄情者ではないよ」

成る程心配してくれていたのか。そう思った途端にその心遣いが嬉しく、少し照れくさかった。顔を伏せた私に「勿論、なまえちゃんがその気になってくれれば何時でも心中は大歓迎だけれどもね」と太宰さんはウィンクする。
太宰治という人間は、私から見ると今一つ何を考えているのか分からない人であり、飄々としている割には随分と暗く鋭い目をする時がある。以前彼が言っていた「異能力者という連中は、どこか心が歪だ」と云う言葉は、恐らく彼自身にも向けられたものなのだろうなと思っていた。

「そう言えば太宰さんは、」

運ばれてきたフレンチトーストへシロップをかけながら、私は口にした台詞の先を続けるか迷った。聞くべきか否か、聞いていいものか否か、と。

「探偵社に入る以前は、何か別のお仕事を?」

太宰さんは笑顔のまま、珈琲カップへ口を付ける。やはり聞かない方が良かっただろうかと思ったところで、「中ててみて」との返事が返ってきた。

「探偵社の面々でも、未だに私の前職を中てられた者はいないのだよ」
「其れを私に中てろと…?」
「中てたら賞金だよ」

70万、等と嘘か誠か分からないような金額をさらりと口にしながら太宰さんは涼しい顔をしていた。きっと余程中てられない自信があるのだろう、余裕たっぷりに優雅な動きで珈琲を飲み続けている。

「…働いてはいたんですよね?」
「うん、まぁねぇ」

このふらふらと奔放な人が果たしてきちんと定職に就いていたのであろうか?太宰さんが定時で出社するような仕事に就いているところは想像できないし、かといって自由業というのも微妙な線である。
うんうんと首を捻る私を楽しげに眺めていた太宰さんは「因みに谷崎君は学生、敦君は無職、其れから其れから」とペラペラ話し始めた。

「そうそう!国木田君は、数学教師だったのだよ」
「太宰!!!貴様こんな所におったか!!」

何と云うタイミングだろうか。
名前が出た瞬間に現れた国木田さんは、額に青筋を立てて太宰さんを怒鳴りつけた。呆気にとられている私を尻目に二人の言い合いが始まる。
貴様の所為でまた計画が大幅に遅れたと云うのに何をこんなところで油を売っている、しかもまたどうせツケなのだろういい加減に人様に迷惑をかけるのは止めろ、みょうじも仕事が有るだろうに付き合わせて云々、と矢継ぎ早に太宰さんを罵ってから、国木田さんはハッとしたように私を見た。

「すまない、食事中に」
「あぁ、いえ。こちらこそすみません、太宰さんお仕事中だったなんて。てっきり待機中なのかと」

嘘である。
しかし国木田さんの怒りの矛先は太宰さんへまっしぐらだったので特に私は咎められることもなく、ではこれにてと二人は早々に退散する様だった。

「あ、そうだなまえちゃん」
「はい?」

扉を出て行く寸前、首根っこを掴まれてずるずると引きずられていく太宰さんに名前を呼ばれた。振り返れば彼はあの、やけに鋭い目で、私の方を見つめている。

「私が君の前職を中てたら、今度デートしてくれないかい?」

予想外の言葉に、私は何と返して良いものか、押し黙った。
私の返事を待つことなく太宰さんはまたあの脱力した、ヘラヘラとした笑みを浮かべると、「楽しみにしていてくれ給え」と言ってうずまきを後にする。
カラン、とドアベルの音だけが酷く可愛らしい音を立てて鳴った。





160907





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