なまえは困惑していた。
自分の奉公先を告げただけで目の前の三人が三人とも大きな声を上げるものだから、一体全体なにがそんなに彼らを驚かせているのか、まったく見当もつかなかった。

「よーしなまえちゃん、悪いことは言わないから、真選組なんて早く辞めて銀さんのところへ来なさい」
「いやあんたどうせ給料払えないでしょ。十分悪いこと言ってるよ」

銀時に詰め寄られて、なまえはたじたじ、思わず体をのけぞらせた。
どうやら万事屋の三人は真選組をよく思っていないらしい、ということだけは分かったけれども、流石に辞めろとまで言われると何があったのかと思う。

「銀ちゃんの言う通りアル。あんなむさっ苦しいケダモノだらけのところにいたら、妊娠してしまうネ」
「け、ケダモノって…」
「だってほら、真選組ってアレでしょ?ストーカーのゴリラとか瞳孔開ききったマヨラーとかドS王子とかさあ、要は変態の集まりでしょ?」

否定したいところだけれども、どうにも心当たりがあるぶんなまえは何と言えば良いものかと首をひねった。
ここまで真選組の事に詳しいということは、万事屋というのは普段から関わりがあるのかもしれないなと思いながら、一番常識人らしく見える新八に助けを求めるように視線を送る。

「で、でも女中さんって言っても色々ありますしね!ちなみになまえさんはどんな役割を?」

新八はなまえの視線に気づくとすぐに助け舟を出してくれたのだけれど、その質問は、些か不味い。しかし答えないというのも不自然だし、嘘をつくという選択肢もなまえには元よりなかった。

「えぇと、一番隊隊長の側役を…」
「一番隊隊長って…」
「お、沖田さんです…」

答えた瞬間に新八はしまったという顔を、銀時と神楽は目を見開き更になまえへ詰め寄った。

「駄目アル!!絶対に駄目アル!銀ちゃん側役って何ネ?!」
「なまえ!あんなドS野郎の側役なんてやってたらドMに調教されてあんなことやこんなことヤらされちゃうから!!むしろヤられちゃうから!!お父さんは絶対に許しません!」

側役っていうのはね、と新八が神楽に説明している間も銀時はいつからお父さんなどになったのか、なまえの手を握り兎にも角にもうちへ来いと説き伏せる。

「だ、大丈夫ですよ、皆さん優しいですし…」
「優しいのは下心があるからだよ!男はみんな下半身で行動してんの!!」
「…」

もうこれは何を言っても無理かもしれない。
目の前の賑やかな三人と真選組の間にどんな確執が?となまえの頭には疑問符ばかりが浮かんだけれど、ひたすらに自分を説得しようとする銀時と神楽にただ笑うしかなかった。








「なんか悪かったな、こんなに遅くなっちまって」
「いえ、わたしの方こそすみません、わざわざ送っていただいて」

あの後二人による説得は一時間ほど続いたのだけれど、呆れ返った新八の「ていうか時間大丈夫なんですか?」の一言でようやくなまえは万事屋から解放された。
隣をゆらゆらと歩く銀時は相変わらず気怠げだ。
陽は傾いているもののまだ暗くはないので大丈夫かと思ったが、初めての道であったし今回は銀時の申し出に素直に甘えて、屯所まで送ってもらっている。

「あのう、坂田さん」
「んー?」
「この間は本当にありがとうございました。わたし、まだ田舎から江戸へ出てきて間もないので、慣れないことばかりで」

だから道もあまり覚えられていないんです、となまえが笑うと、銀時は少しその顔を見つめてから、自身の髪を掻いた。

「また何かあったら何でも言えよ。おまえ危なっかしいし」
「あはは、ありがとうございます。よく鈍臭いって言われるんですよ、わたし」
「…ちょっと違うけどまぁいいわ」
「?」

首を傾げたなまえを見て銀時はちょっと笑ってから、「万事屋銀ちゃんに何でも頼んなさい」となまえの頭を撫でた。

「真選組の野郎どもにセクハラされたりとかストーカーの相談とか、あとは銀さんと大江戸デートツアーでも何でもござれだ」
「ふふ、坂田さんとデートってなんだか楽しそうですね」
「あったり前だろ、なんなら今度の非番の日にでも…」
「オイ」

まだ会うのは二回目だというのに、銀時には気を使わずに話せるなとなまえが思っていたところで、後ろから聞き慣れた不機嫌な声が飛んできた。
振り返ると隊服姿の土方が、相変わらず煙草を咥えてこちらを睨みつけている。いや、正確には銀時を睨みつけていた。

「ひ、土方さん…」

瞬時にピリリと二人の間に張り詰めた空気が流れたので、なまえは慌てて口を噤んだ。ここで何か下手なことを言えば事態が悪化してしまう、と思ったからだ。
おそらく土方は市中見廻りの帰りらしい、後ろでおろおろする隊士に「先帰ってろ」と吐き捨てると、恐ろしい形相でなまえと銀時の方へ近づいてくる。その姿たるや、鬼の副長と言われるのにも納得してしまうくらいに迫力があったので、なまえは思わず息を飲んで、土方が銀時の胸ぐらを掴むまでを見届けてしまった。

「コラテメェ万事屋、うちの女中に何の用だ」
「おーおー、今日は一段と瞳孔開いてんなぁマヨネーズ野郎。俺はただ訪ねてきた客人を送り届けに来ただけだっつの」
「嘘つけこの野郎、客人に頭ぽんぽんとかねぇだろ下衆が」
「何なの真選組ってマジでストーカー養成所なの?なまえの事つけてるわけ?」

バチバチッ、と分かりやすく火花を散らす二人になまえはおろおろするばかりで、何も言えずに両者の顔を交互に見比べるしかない。

「失せろテメェ」
「おー怖っ。なまえちゃん本当大丈夫?こんなガラの悪い野郎と一緒にいたらマヨラー移るよ?」
「ンだとそっちこそこいつに糖尿移す気だろうが」

しかし、みるみるうちに言い合いと睨み合いは悪化していくので、なまえはとうとう意を決して口を開いた。

「あのう、土方さん」
「あ?」

いつもより数倍眼光の鋭い土方に怯みながら、「坂田さんは本当に送ってくださってただけです」と言うと、土方は動きを止めて、少しむっとしたような表情になったが、くるりと踵を返して歩き出した。

「土方さん?」
「おーいどこ行くの土方くぅん」
「うるっせぇよテメェはさっさと帰りやがれ」

おそらく土方の向かう先は屯所らしいのだが、一緒に行くべきなのかそれとも銀時に最後まで送ってもらうべきか、なまえが悩んでいるとぴたりと土方が歩みを止めて振り返る。

「なまえ」

そうして不意に名前を呼ばれたので、なまえは驚いて「はい」と小さく返事をする。なにせ、記憶にある限りでは土方に名前を呼ばれるのは初めてで、それがあまりにも突然だったのでポカンと呆けた顔をしてしまった。

「…帰るぞ」

後ろで銀時がため息を吐くのが聞こえる。
慌てて首だけ後ろへ向けると、後頭部をがしがしと掻いてから、なまえの肩に手を乗せて、耳元へと口を寄せた。

「俺今日は帰るから、今度またデートでもしようや、なまえちゃん」

それからふうと耳へ息を吹きかけられたので、なまえはぶるりと震えて自身の耳を抑える。その様子を見た銀時は満足そうに、意地悪な笑みを浮かべて、ひらひらと手を振りながら去って行った。残されたなまえはといえば、わずかにうるさい心臓を抑えながら、土方の後を追うしかない。

「ひ、土方、さん」

きっと怖い顔をしているだろう、そう思っていたというのにゆったりとした動きで振り向いた土方は随分と優しい、柔らかな表情で、ひょっとすると慈愛の微笑みを浮かべていたので、なまえは少し呆気にとられながら、その大きい背中の隣へ並んで屯所への帰り道をゆっくり歩いた。





160927


- 9 -

戻る
ALICE+