側役は基本的についている隊士の休日に合わせて暇をもらうことが多い。最近働き詰めだった、とはいってもそこそこにサボりながらな彼は少し別なのかもしれないけれども、沖田がようやく休日を迎えたのでなまえも暇をもらって江戸の街に繰り出すことにした。

「たぶんこの辺りなんだけど…」

何度もトヨに教えてもらい書いてもらった地図を片手に、きょろきょろと目的地を探す。もう片方の手に提げた紙袋の中には最近流行っているらしい洋菓子屋の焼き菓子が入っていた。

「あ。これかな?」

『スナックお登勢』。もちろんそこがなまえの目的地ではなく、用があるのはこの店の2階に看板を出している『万事屋銀ちゃん』だった。目印にと教えてもらった店を無事に見つけられたので、一安心しながら、スナックの横の階段を上がる。少し緊張しながらインターフォンを押すと、中から「はーい」と、やや若い男の子の声が聞こえてきた。

「こんにちは。えぇと、お客様ですか?」

出てきたのはやはり少年で、眼鏡をかけた真面目そうな子だった。お客様、と言われて依頼に来たわけでもないなまえは、何と言うべきか少し悩んだ末に、「坂田さんはいらっしゃいますか」と少年に尋ねる。

「すみません、今ちょっと出かけてて。すぐ戻ってくると思うんで、時間があるなら中でお待ち頂けますけど…」

すると返ってきたのはそんな返事で、少年が申し訳なさそうに眉を下げたので、なまえは特にこの後用事があるわけでもないしとお言葉に甘えることにした。

少年に案内されて奥の応接室らしき部屋へ通されると、対で置いてある長椅子の片方にチャイナドレスを着た女の子が寝転んで酢昆布を咥えており、「神楽ちゃん、お客さんだから!」と少年に注意されている。
色白で可愛らしい女の子なのだがそれよりも先に、なまえは部屋の隅で丸くなって寝転んでいる巨大な白い犬が目に入りギョッとした。江戸に来て天人の類には大分慣れたけども、こんなに大きな犬は初めてだ。

「すみません、どうぞ掛けてください」

言われて女の子の向かい側に腰を下ろすと、じぃっと、穴が空くのではないかというくらいに見つめられる。何か悪いことをしたのだろうかとなまえは不安になった。

「あのう、」
「お前銀ちゃんの女アルか?」
「えっ」

ストレートすぎる質問にまたもやなまえはギョッとして、瞬きながら目の前の可愛らしい女の子を見つめる。
神楽ちゃん、と呼ばれたその子は暫くなまえを観察しているようだったが、すぐに後ろから少年の声が飛んできた。

「ちょっと神楽ちゃん、そんなこと言ったら失礼でしょ!」
「確かに、あんな男にこんなちゃんとした可愛い女が引っかかる訳ないネ」

酷い言われようだ。
この二人は万事屋の従業員かと思ったのだけれど、違うのだろうか、となまえが戸惑っていると、少年が机にお茶を出してくれたのでお礼を言った。

「すみません、自己紹介がまだでしたね。わたしはみょうじなまえといいます」
「あ、僕は志村新八です」
「神楽アル。かぶき町の女王とは私のことネ」

なんと言うか、真選組の隊士たちも大概に個性的だけれども、この万事屋の面々もなかなかに個性派らしい。

「それで、失礼ですが銀さんとはどういう…?」

銀さん。坂田さんはここでは銀さんと呼ばれているのか、と思いながら、なまえは以前彼に悪漢に絡まれているところを助けてもらった経緯を話した。

「それで、今日はお礼にと思って伺ったんです」
「そうだったんですね。わざわざありがとうございます」
「いえ、これもし良かったら皆さんで」

洋菓子屋の紙袋を差し出すと、神楽が「ヒャッホゥ!」と叫びながら素早くそれを奪い取った。早くも開封しそうなその勢いに、無邪気な子だなぁとなまえが笑ったところで、玄関の戸が開く音がする。

「あ、銀さん」
「おー何お前ら、お客さん来てんなら……あ。」

応接室へやってきた銀時は相変わらず脱力した表情だったけれど、なまえの顔を見るとちょっと驚いたように声を上げた。

「あー、あんたあの時の」
「その節はお世話になりました。お礼に伺うのが遅くなってしまって」

もう街で会ってから10日以上経っていたので、銀時が自分のことを覚えているかどうか不安だったなまえはホッとして頭を下げる。

「わざわざいーのに。律儀だねぇあんた。えーと、そう、なまえだっけか」

名前まできちんと覚えていてくれた事になまえは嬉しくなったけれど、自分のことを呼び捨てにする人間が周りにいないからか、少し気恥ずかしかった。

「なまえ!なまえは何の仕事してるアルか?」
「わたし?」

焼き菓子をパクパクと頬張りながら、神楽がなまえに尋ねる。銀時が慌てて「俺の分おいとけよてめー!」とゲンコツを食らわした。

「わたしは女中をしています。真選組の屯所で」
「えっ!」
「えっ?」
「えっ!!」

真選組、と聞いた途端に目の前の三人の顔がピシリと固まったので、なまえはどうしたものかと首をかしげる新八が「真選組って、あの、真選組ですよね?」と聞くので、もう一度はいと頷く。

「はァァァ?!」

万事屋に3つ、大きな叫び声が響いた。




160917



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