すっかり夜も更け、隊士達の半分は自室へ戻り、半分は宴会場で雑魚寝といういつもの状態になっていた。

「片付けは明日の朝分担してやるから、置いとけ」

縁側へ腰掛けながら、食器や空の酒瓶をまとめるなまえに声をかける。おそらくそのあたりに転がっている男達と同量かそれ以上の酒を飲んだというのに、振り返って困ったように笑うなまえの足取りはまだふらつくこともなくしっかりしていたので、その風態でザルってどういうことだ、と土方は思った。

「ちょっと付き合え、まだ飲み足りねぇ」

言って、隣を指せば控えめな足音が近づいてくる。ゆったりとした動作で縁側へ腰掛けたなまえへ盃を持たせて酒を注いだ。

「何か簡単なもの、作ってきましょうか?酒の肴に」
「いや、いい」

縁側は月明かりに照らされているおかげで手元もはっきりと見えるほどに明るかった。ちらり、横目でなまえを見ると、やはり悠々と盃を傾けて酒を飲み続けている。

「酒強ぇんだな、」
「え?あ、そうでしょうか…」

自覚なしか。
部屋の中でううぅ、と呻く隊士達の声を聞きながら、酒を煽るときちんとなまえが次を注いでくる。月明かりで照らされた彼女の白い腕はいっそう青白く、なんだか幽霊のようだった。

「今日は、楽しかったです。皆さんと色々お話しできましたし」
「そうか」
「美味しいお酒もいただけましたし、」
「おい」
「はい?」
「お前、たまには気使わずゆっくりしろ」

言うと、なまえは驚いたように瞬いて土方を見た。
控えめながらも人に気を配り、いつも一所懸命な彼女は最近はすっかり屯所にも慣れてきたらしく、時折廊下で隊士達と話しているところも見かける。しかし気遣い屋である故にか、いつ見かけてもにこにこしていることが多くなってきていたので、なんとなく土方は気になっていた。
あの、泣き虫で自信なさげな彼女が無理をしてはいないかと。「副長って、なまえちゃんに対して随分と過保護ですね」。以前山崎に言われた台詞が頭をよぎる。確かに、自分は些かなまえに対して過保護な気がしないでもない。

「…ありがとうございます。でもわたし、土方さんの前だとなんだか力を抜きすぎてしまう気がして」

なまえの顔を見る。相変わらずふわふわとした笑みを浮かべる彼女の頬は、うっすらと赤みがさしていて、月明かりに照らされてその目がつるりと光った。その表情を見てしまったことになんとなく土方はぎくりとして、慌てて盃を傾ける。

「俺は構わねぇ、酒の席だ」
「じゃあ少しだけ、お言葉に甘えて」

ふにゃりと笑ったなまえが正座を崩して腰掛け直した。
自惚れではなく、土方は真選組内でなまえが一番心を開いているのは自分であろうと思っていた。初めに屯所に来る前に話したこともあって、彼女が勤めてまだ日が浅いうちは土方を見つけるとホッとしたような顔をして側へやってきたし、柔らかい笑みも自分か女中仲間くらいにしか向けられていなかった。
しかし、沖田の側役になって一月半、屯所に勤め始めて三月経ったなまえは山崎を始め他の隊士達とも親しげに話すようになったし、あれだけ怯えていた沖田にもあの柔らかい笑みを向けている時さえある。
そこまで考えて土方は思考を止めた。酔っているのか、こんな風に、独占欲のようなものが顔を出すなんてどうかしてる。

「ひじかたさん?」

黙り込んだ土方に、なまえが怪訝そうな声で名前を呼んだ。
少し気の抜けたようなその声にもう一度首を回して見れば、自分の思考などつゆ知らずといった様子のなまえはぼんやりと土方を見つめてくる。先ほどよりも少しとろんとした眼差しに、嫌な予感がした。

「お前、酔ってるな」
「…ええと、泥酔とまではいきませんが、はい」

そう答えながらもまだ盃を口へ運ぼうとするので、ひょいとそれを取り上げると、ああっ、と小さく声を上げながら白い腕が伸びてきたので、土方の方も腕を上へ上げて届かないようにする。

「飲みたり、ません」
「十分だろ。お前、一升くらい飲んでんじゃねぇか」
「まだ、飲めます、わたし」

盃を取り返そうと座ったままぴょこぴょこなまえが跳ねるので、その度に土方は身体を反らしてその手を避けた。ちゃぷん、盃の中で酒が跳ねる音がする。

「ひどい、ひじかたさん」
「酷くねぇよ。二日酔いになっても知らねぇぞ」
「だいじょぶ、です、わたし、なったことありません」

意地になっているのか、今度は床へ片方の手をついて目いっぱい身体を伸ばしてくるので、土方は思わず「おい待て!」と声を上げた。
胡座をかいている自分の膝の上に、今にも乗り上げんばかりの勢いでなまえが迫ってくるのでたまったものではない。しかし本人はそんな事などお構いなしで、ただ盃目掛けて一直線に身体を伸ばす。

「ちょ、待て、お前」
「やです、まだ、飲みま、っす、!」

ずるり。当然と言えば当然なのか、酔っ払いのなまえは片手で自分の身体を支えるのも覚束なかったらしい、床についた手を滑らせた。

「っ!」
「……あ、っぶねぇだろ!」

幸い、慌てて肩を抱いて自分の方へ引き寄せた土方のおかげで、なまえは床に身体を打ち付けることはなく、上半身を完全に彼の膝の上に預ける形になった。怪我をさせていないであろうことに土方はふうと息を吐く。

「おい、」

しかし下を向いて顔を上げないなまえにまさか怪我でもしたか、それとも気分でも悪いのか、と声をかけると、なまえはぎゅうと土方の着物を握りしめた。

「だって、せっかく、ひじかたさんと、ふたりで飲めるの、に」
「は、?」
「もったい、ないじゃあないですか、こんな…月も、きれいで、いい夜で、わたし、」

一瞬、言葉の意味がわからずに土方はしばらく固まったまま、なまえの後頭部を見つめた。柔らかそうな髪の毛がさらりと流れて、白いうなじが月光に晒されている。

「ひじかたさんとが、落ちつきます。…だから、楽しくて、もうちょっと、飲んでたいなって、」

だんだん尻すぼみになっていく声は微かに震えていた。なんだまた泣くのか。そう思って土方はなまえの頭をゆっくりと撫でた。
一瞬びくりと肩を震わせた彼女は、それでも動かずに大人しく撫でられている。
その様子をしばらく見てから、取り上げた盃をそっと差し出した。

「ほら、そんなに飲みてぇならあと一杯だけだぞ」

ちゃぷん。酒が小さく跳ねて音を立てる。自分の盃へも酒を注ごうと思うけれども、なまえがいつまでたってもそれを受け取らないので、怪訝に思って「おい」と呼びかけてみたがやはり反応がない。
まさか、と思って顔を覗き込んでみると、なまえはすうすうと寝息を立てて眠っていた。

「……まじかよ」

まるで自分の腰へしがみつくような状態で眠るなまえに、この状況で寝るか普通、と土方は頭を抱えた。軽く揺すってみるが起きる気配はなく、少し身動ぎした彼女の寝顔がよく見えるようになった程度だった。

「おい、起きろ、」
「…」
「おいって」
「…」
「……なまえ、」
「んん、」

名前に反応したのか、それともすでに夢でも見ているのか、なまえは嬉しそうにふにゃりと笑った。
思わずつられて土方も少し笑う。顔にかかった髪を梳かしてやると、するりと頬ずりしてくる様が猫のようだった。

「ったく、煙草も吸えやしねぇ」

言いながら、なまえから取り上げた盃を口へ運ぶ。
まだまだ明るい月だけが、いつまでもぼんやりと縁側を照らしていた。




161006

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