パーティ会場はそれは華やかなものだった。立食形式なので常に誰かと話さなければならないという訳ではないぶん気が楽だったけれど、いつ誰から話しかけられるか分からない状況では常に気を張らなければいけない。
辺りを見回しながら、なまえは屋敷で渡された書類の内容を頭の中で反覆する。必要とされていた人物への挨拶は済ませたし、あとは何事もなくパーティを乗り切れば問題はないはずだ。

「十文字様」

十文字、というのは依頼主の苗字で、つまりは今なまえが代役を務めているご令嬢のことだ。なるべく不自然のないようにゆったりと振り返ると、給仕らしき男性が困ったような顔で立っていた。

「失礼致します、あのう、お連れ様が…」

言いにくそうに言葉尻を濁した男性に嫌な予感がしながら、なまえは恐る恐るその視線を辿る。

「いやいやだからさ、こんなんじゃ足りないんですけどォ?ケチケチしないで早く次持って来いって」

予想通りというか何というべきか、そこにはローストビーフをこれでもかと皿に盛った銀時が口をもぐもぐさせながら、それでもまだ食べると言ってシェフをうろたえさせていた。
頼みますよ銀さん。なまえは頭を抱える。

「す、すみません…」

軽く頭を下げてから、高いヒールに悲鳴をあげそうな足も忘れて急いで銀時の元へ向かう。また足りないだの何だのとうるさいその腕をぐいと引っ張った。

「おわっ、何すんだお前」
「銀さん、ちょっとこっち…」

なるべく人の少ない隅の方へと移動してから、まだローストビーフをもぐもぐやっている銀時にため息を吐く。

「あのう、もしかしなくても、食べ物が目当てじゃあ…?」
「バカヤローんな訳ねぇだろ、銀さんは何時でも依頼者第一にだな…」
「ソース垂れてますよ」

依頼者からの借り物であろう背広が汚れてしまっては大変だと思ってなまえがサッとハンカチを銀時の口元にあてると、漸く口をもぐもぐするのをやめて、銀時は大人しくなった。そしてそれから「気をつけてくださいね」と笑ったなまえの肩を掴んで自分の方へ引き寄せる。

「えっ?ちょ、銀さん…!」
「いーからいーから」

突然のことに驚いてなまえは銀時の胸板を押し返したけれども、飄々とした雰囲気や口ぶりに反して力が強く、びくともしなかった。こんな人の多いところで何を、と言おうとすると耳へ唇を寄せられて、一気に顔に熱が集まる。

「なまえちゃんも気をつけねぇと、さっきから男どもにチラチラ見られてるぞ?」

言われてから周囲へもう一度視線を走らせると、こちらを伺っていたであろう何人かの男と目が合った。銀時の腕の中にいるなまえを見つけると、気まずそうに顔を逸らされる。

「も、もしかして依頼者の方が言っていた、怪しい人たちでしょうか…?」

それとも自分が十文字家のご令嬢でないことが暴露たのだろうか。自分と令嬢は年もかなり違うし、怪しまれているのかもしれない。不安に思って尋ねると、銀時は瞬きを数回してから、呆れたように息を吐き出した。

「なまえ…お前ってほんと…」
「?」
「いや……まぁいいわ」

首を傾げるなまえの頭をぽんぽんと撫でてから、「お前も食べる?」と銀時に差し出されたローストビーフを1枚口に運ぶ。あまり馴染みがない上にやはりパーティメニューだけあって美味しい。山盛り貰いたくなるのも分かるなぁと、なまえは思わず頬を緩ませた。

「何か飲み物もらってきますね」

言って、その場を離れかけると腕を掴まれ止められてしまった。振り返ると銀時がまたもや呆れ顔でこっちを見つめている。

「だから、気をつけろって言ってるじゃん」

俺の話聞いてた?と付け足されてなまえはおろおろと銀時を見つめ返した。確かにあまり1人であちこちをうろつくのは良くないだろう。そう思って小さく謝ると、銀時は自分が取ってくるから、といつの間にか最後の一切れになっていたローストビーフをパクリと口へ放り込んだ。
さっさと会場の中心へ繰り出していく銀時の背中を見送りながら、ふうと息を吐く。やはり背の高いピンヒールは足が痛い。銀時に頼まれたりしなければ、こんな洋装も、華奢で実用性に乏しい美しいピンヒールも、身に付けることはおそらくなかっただろう。実際に着た瞬間はそれは女であるし胸も高鳴ったけれども、こうしてパーティ会場に放り込まれ、唯一の知り合いである銀時も側にいないとなるとどうにも自分が場違いな気がして落ち着かなかった。

「失礼、お一人ですか?」

あとどれくらいで帰れるだろうか、そんな風にぼんやり考えていたところで急に声をかけられたので、なまえは慌てて顔を上げた。
見ればいつの間にか隣にやって来たらしい男が、怪訝そうな顔でなまえを見ている。

「あ……いえ、あのう」
「僕もこういうパーティは苦手なんです。お仲間かなと思いまして」

にこりと笑った男は品の良いスリーピースのスーツを着こなしていた。銀時のように借りた感じ、というのは全くなく、恐らく正規の招待客だろうと気を引き締め直す。ちゃっかり隣へ落ち着いた男はなまえより少し年上に見えた。

「わたし、今日は父の代理でして。婚約者と一緒に出席しているんです」
「ああ、そうでしたか。わたしは坂牧と言います。お名前をお伺いしても?」
「十文字です」

名前を聞いた瞬間、坂牧が目を見開いたので、なまえは何か良くないことを言ってしまっただろうかと思わず口を噤んだ。
しかし坂牧が驚きを見せたのはほんの一瞬で、次の瞬間には「そうだったんですか」と人当たりの良い笑みを浮かべたので、内心でホッと胸をなでおろす。

「十文字正蔵様のご息女だったんですね。お父上とは何度かお会いしたことがありますが、いやぁ、こんなにお綺麗な娘さんがいらっしゃったとは」

途端に饒舌になった坂牧に少し驚きながら、適当な相槌を打ちつつ会場内へさっと視線を走らせた。銀時はまだ戻ってこないのだろうか。にこにこ笑いながらも不躾に距離を詰めてくるこの男とはあまり長く一緒にいたくなかった。

「ああ、そういえば、先ほど主催者の花田夫妻が貴女を探していらっしゃいましたよ」
「そ、そうなんですか…」

銀時の姿はまだ見えない。ご案内しますよ、と相変わらず笑みを浮かべたままの坂牧がいよいよ自分をエスコートしようとし始めるので、なまえは半ば泣きそうになりながら俯いた。
しかし、たまたま頼まれただけとはいえ、今は十文字家の令嬢であると周りに思わせなければいけないのだ。ここから動かずにいると怪しまれてしまう。

「こちらです」

先に立って歩き出した坂牧の後を恐る恐るついていく。銀時がこちらに気づいてくれればいいのに、と思いながら、気がつけば会場の出口まで来てしまっていた。「坂牧さん…?」思わず足を止めたなまえの背中へ腕を回した坂牧は、相変わらず笑ったままだ。
後ずさろうとしても坂牧の腕がそれを許してくれず、今頃になって頭の中で警鐘がなり始めた。

「君は十文字家のご令嬢じゃあないね」

ぐっと顔を近づけ囁かれた言葉にひやりと背筋が冷える。戻らなくちゃ。銀さん。そう思って坂牧を振り払おうとしたけれども、その前にがしりと肩を掴まれてしまって、なまえはそのまま動けなくなった。

「……ぎ、」
「少し静かにしてくれると嬉しいな」

脇腹を何か硬いもので小突かれる。これはきっと拳銃だ。なまえの足はガクガクと震えた。

「それじゃあ悪いんだけど、もう少し付き合ってもらいますよ、お嬢さん」

なまえが大人しくなったのを見て満足そうに笑った坂牧は、酷くゆったりとした動きで彼女を会場の外へと連れ出していった。





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