今日も今日とて目を離した隙にいなくなる沖田を探してなまえが途方に暮れていると、見かねた隊士がここは自分が探しておきます、と申し出てくれたので有難くお言葉に甘えて自分は部屋の掃除に取り掛かる事にした。沖田が見廻りに出ている間の仕事なのだが、彼の部屋には大して物が置いていないので掃除は比較的早く終わる。
お昼時だし食堂へでも行こうかな、と考えていると、廊下の向こうから歩いてきた土方がなまえを見つけて声をかけた。

「今から飯か?」
「はい。食堂へ行こうかなと」

土方さんもお昼ですか?にこにことそう尋ねるなまえを見て少し何かを考えるそぶりを見せた土方は、煙草の火を着けながら「ちょっと付き合え」と言って歩き出した。

それから連れてこられたのは屯所の近くの定食屋で、好きなものを頼めと言われたなまえはそれじゃあとお品書きを開いて親子丼を注文する。土方はカツ丼だった。
料理が出てくるのを待ちながら、なまえはちらりと隣に座る土方の様子を盗み見る。相変わらず煙草の煙をゆらゆらさせている土方は、視線に気づいたらしく煙草を灰皿へ押し付けて「何だよ」とちょっと表情を和らげた。

「すみません。土方さんとお昼ご一緒するなんて初めてだから、何かお話でもあるのかと思って」
「…用がなけりゃ誘っちゃいけねぇのか」
「いえ、そういうわけじゃ、」
「側役は、」

言って、土方は深く息を吐き出した。

「ちゃんとやれてんのか?」
「え?」

なまえが瞬く。

「総悟の野郎、急に側役なんざ取りやがって、しかもまだ経験の浅いお前をだ。難儀してんじゃねぇかと思ってな」

土方が何となく居心地悪そうにそんな事を言うので、なまえは少し驚いてその横顔を見つめた。心配してくれているのか、と思うとどうにも嬉しいしほっとする。
けれども、沖田さんはすぐ仕事をサボっていなくなるしすぐ頬をつねるしデコピンもされるしドSだしとても大変です、等とは言えず、ましてや初めて会った日に突き飛ばされて刀を突きつけられました、とも言えず、なまえは曖昧に笑った。

「大丈夫です。大変ですけど、楽しいですし、」
「お前嘘つくとき前髪触るよな」
「……」

自分でも無意識だった癖を言い当てられて、思わずピタリと動きを止めた。土方に言われた通りに、なまえの手は自分の前髪へとのびているところだったので、ゆっくりとその手を下に降ろす。

「…もしお前が辛いなら、いつでも言え。別に側役動かすくらいはできる」

黙り込んだなまえに土方がそう言ったところで、カツ丼と親子丼が出てきた。
土方の言った意味があまり分からずに首を傾げるが、彼が懐から取り出したマヨネーズでカツ丼の上に山を作っているのを見てしまったので慌てて自分の親子丼に意識を戻す。

「だから、なんつーか、総悟が嫌なら俺んとこ来い」

ぼろ、と箸に掴んだ鶏肉が丼の元へ戻る。土方の言葉は、なんというか、告白、のようなものに聞こえてしまって、そんなはずは無いのになまえは自分の顔に熱が集まるのがわかった。
しばらく何も言えずに固まっていると、マヨカツ丼を頬張っていた土方が自分の方を見たので、なまえは慌てて顔を伏せる。
土方の方はといえば、意図せずなまえが顔を赤くしているので何だ、と思ったけれど、よくよく自分の発言を考えて、これはしまったと思った。

「……ええと、」

なんと弁明するべきかと考えているとなまえがおずおずと口を開いた。下を向いているその耳はやはり赤い。

「確かに、沖田さんはめちゃくちゃですし、大変です。…わたしはあまり好かれてはいないようですし。でも、与えられた仕事は、きちんとやりたいんです」

なまえが顔を上げて、土方の方を見た。まだ顔は赤かったけれども、その目はまっすぐで揺らぎがなかったので、こんな顔もするのか、と少し呆気にとられる。

「江戸へ奉公に出てくる時に決めました。自分のやれることは、全部やろうって。だから、甘えずに、もう少し頑張ってみます」

きゅっと膝の着物を握る手は小さくて頼りないなと思っていたのに、いつもおろおろしてすぐに涙目になるなまえは危なっかしくて放っておけないと思っていたのに、もしかすると自分は目の前の彼女を過小評価していたのかもしれない、と思った。
沖田となまえの初日の騒動は知っていた。沖田のところへ行ったその日になまえが怪我をしているところに出くわしたので、おそらく沖田が何かしたのだろうと彼女が泣きついてくるのを待ってみたのだけれども何も言わずに笑っていたものだから、山崎に探りを入れたのだ。
その時に山崎に「副長って、なまえちゃんに対して随分と過保護ですね」と言われて思い切り殴ったことを思い出す。

「ならいい。…ただし、」
「?」

なまえの小さな手を取る。
前に怪我をしていたそこはもうすっかり治っていて、跡も残っていなかった。

「もしまた、怪我させられたりしたら俺に言え。分かったな?」

言うと、なまえは少しキョトンとして、しかしそれから「はい」と柔らかく笑ったので、土方はよしと呟いてまたマヨカツ丼に取り掛かる。
なまえはほっとしたように息を吐いて、自分もと親子丼を食べ始めたけれど、それを食べ終えるまでずっと耳が赤いことを、どうか土方が気づきません様にと考えるばかりで、初めて一緒に食べたそれの味はほとんど分からなかった。



160916

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