屯所に戻って土方と別れた後、沖田の部屋へ向かえばまだそこに部屋の主の姿はなかった。何事もなければそろそろ見廻りから戻ってくる頃だろうから、お茶でも用意しておこうかなと思い、廊下へ出る。と、すぐ目の前に沖田が立っていたのでなまえは危うく悲鳴をあげそうになった。

「お、おかえりなさい。沖田さん」
「…間抜け面」

この人はどうしてこんなに気配を消すのが上手いのだろうか、いや、確かに相当な剣の腕前だと聞くしこれくらいは当たり前なのかもしれない。そう思っても未だになまえは気配を消した沖田と鉢合わせたり背後に立たれたりする事に慣れず、今も心臓がばくばくと煩かった。

「お茶でも淹れますね」

お茶菓子もどうですかと聞いてみても、沖田はじぃとなまえを見つめるだけで何も言わない。
いらないとは言っていないし淹れた方がいいだろうか、そう思ったなまえが会釈して横をすり抜けようとすると、不意に腕を掴まれ引き止められた。

「…えっ?」

何か気に障ったのかと思い慌てて振り返る。沖田はやはりいつもの、何を考えているのかよく分からない無表情でなまえを見つめていた。けれどその目の奥に、どことなく刀を突きつけられた時と同じ何かがゆらりと揺らいだ気がして、なまえはやはり目が離せずにじっと沖田を見つめ返した。

「どこ行ってたんでさァ」
「え?あ、すみません、お昼に出ていまして…」
「土方の野郎と一緒にか?」

言われて、なまえは目を見開く。なぜ分かったのだろう。まさか見ていた訳でもあるまいし。
土方と二人、ということはともかく昼食の間に話していた話題のこともあるし、なんとなく後ろめたい気持ちになって、なまえは小さく「はい」とだけ返事をした。

「…煙草臭くて仕方ねぇや」
「すみません、気がつかなくて」

匂い取りしてきます、と言ってみるものの沖田は一向になまえの手を放す気配がない。

「あのう、沖田さん…?」

おずおずと名前を呼んでみる。
するとグイッと腕を引かれて、そして、

「痛ッ!」

思い切りデコピンされた。
沖田のデコピンは女相手でも容赦がないので、相当痛い。額を押さえて涙目になっていると、ずいと沖田の顔が近づいてきて、なまえは一歩、後ずさろうとしたけれどもがっちりと腕を掴んだ沖田の手がそれを許さなかった。

「飼い主以外に尻尾振ってんじゃねぇよ」
「か、飼い主って…」
「返事は?」
「わたしは、犬では…」
「返事しなせェ」

なまえが言い返す度に沖田の顔が近づいてくるので、とうとうお互いの鼻がくっついてしまいそうな距離まできてしまった。気づけば腕を掴んでいない方の手がなまえの後頭部を固定している。

「お、おき、たさん」

口を開けばもう唇が触れてしまいそうで、喋ることも憚られた。
沖田の綺麗な顔が、間近にある。
近い。それに逃げられない。
これは、なかなか、危ない。

「へ ん じ は ?」
「……は、い」

額の痛みすら忘れそうなくらいの距離感に耐えられずにやっと絞り出すようにして返事をすると、沖田は満足そうににやりと笑ってなまえを解放した。その笑みは完全にドSそのものだった。

「分かりゃ良いんでさァ」

早く茶ぁ淹れてきな、そう言われてなまえはふらふらと沖田の元を後にする。
沖田の側役は本当に心臓に悪いな、と小さくため息を吐いた。




160916

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