あれからも村上先輩とはたまに連絡をとっていて、ボーダーの話から戦術の話まで丁寧に教えてくれる先輩に甘えて、終いにはランキング上位の
正直、将来的には攻撃手をやろうかなと思っていた。いや、それは今でも思ってる。だけど射手しか体験していない今の私は、どうしても気持ちが攻撃手よりも射手寄りになってしまってもう手遅れだった。とりあえず正隊員になるまでは射手でいこうと心に決めると動画の人がすごすぎて惚れ惚れしてしまう。射手ランク1位の人らしいけど、変化弾にこんな使い方があるなんて知らなかった。ていうか多分初歩的なことなんだろうけど、そもそもトリオンキューブを分割できるなんて知らなかったよ……。
そんな風に焦がれる夜をいくつも過ごして、ようやくボーダー本部来訪の日が訪れた。
「村上先輩」
時間と場所ぴったりに姿を現した先輩の名前を呼びながら手を振ると、真顔だけれど小さく手を振り返してくれた。何だか少し仲良くなれたようで嬉しい。
C級ランク戦のロビーではB級隊員の村上先輩は少し目立つなぁと思いつつ本人の目の前まで行くと、私よりも少し背が高いんだなとまじまじと見つめる。
私のこの高身長は言わずと知れたコンプレックス。顔とか髪と合わせてよく男に見られることが多いけど、だからこそ自分より背の高い人を見ると少し嬉しい。まぁそんなに大きく変わるわけではないんだけど。
実を言うと村上先輩に対しての前回の記憶があんまりなくて、どっちかっていうと迅さんや太刀川さんの印象の方が強かったから正直今日の待ち合わせは不安だった。ほとんどC級隊員しかいないこの場所を選んで良かった…。
「?どうした」
「へ?あ、顔をちゃんと覚えていこうと思いまして」
「そうか。……あんまり見られると反応に困るな」
「あ、すみません」
「いやいいよ。じゃ、ランク戦やろうか」
言われるがままに後をついて歩いて空いているブースに2人で入ると、村上先輩はパネルの操作方法やルールを丁寧に説明をしてくれた。
C級ランク戦は基本的に仮想戦場での個人戦で、パネルに表示されているのがランク戦に参加している隊員の武器とポイントの情報。それを見て自分が戦いたいと思った相手を選べば対戦できる仕組みらしい。更に、ポイントが高い相手に勝つと多くポイントがもらえるとのこと。なるほどなるほど。
「如月さんは3000ポイントスタートだから正隊員になるにはあと1000ポイント必要だね」
「……あれ?3000ポイント?」
私の記憶が正しければ、仮入隊なしのC級隊員は1000ポイントスタートのはず。手の甲を見ていると表示されてる数字は確かに3000。困惑している私を見て「説明されないのか」と言われたのに対し頷くと、「スカウト組は才能に応じてポイントが上乗せされることがあるんだ」と淡々と説明してくれた。
「如月さんトリオン量多そうだし、前回の仮想訓練のタイムもかなり良かったから妥当な評価だと思うよ」
「じゃあこれで大幅に正隊員に近付きましたね。私、早くB級上がって色んなトリガーセット試して強い人と戦いたいので、その為にランク戦頑張ります」
「いい意気込みだ。とりあえず如月さんの場合同じ時期に入隊した人達とも丸1ヶ月ハンデあるわけだから、最初の内は負け続いてもあんま気にしない方がいい。むしろ身体慣らすウォーミングアップだと思って気楽にやるといいと思うよ」
「はい。村上先輩、色々とありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあオレもB級ランク戦行ってくるから、気の済むまで戦って終わったら連絡して。それから一緒に支部に向かおう」
「わかりました。ではまた」
ひらひらと手を振りながら先輩がブースから出て行くのを見届けて、よしやるかと気合を入れてパネルに向き合う。攻撃手用トリガー弧月、スコーピオン、レイガストに加えて
どんなトリガーなのか把握していないものもあるし、とりあえず相手のポイントは気にせずに一つずつ攻略していこう。
「よし。…集中」
『対戦ステージ市街地A。C級ランク戦開始』
*
B級ランク戦のブースから出ると急激に喉の渇きに襲われて何か飲もうと自販機の前まで足を運ぶ。無難にお茶でいいかとボタンを押して飲み物を取る時、ふと時計を見たら17時を回っていて今日はこんなもんでいいかと程々にランク戦を切り上げることにした。
如月さんからの連絡はまだない。まぁ時間も時間だし待ってたら遠くない内に終わるだろうと思い"ロビーにいる"とだけメールを送っておいた。そうして携帯の画面を見ながら椅子に腰掛け喉を潤していた時だった。「よぉ」と突然聞き慣れた声がして、驚いて顔を上げた。
「!荒船」
「こっち来てたなら言えよ」
「いんの知らなかったんだよ。荒船がいるって分かってたらランク戦したのにな」
「お、今からでもやるか?」
珍しく乗り気な荒船に「いや、今日は…」と面倒を見ているC級隊員がいるとざっくり説明すると、目をまん丸にして驚いていた。流石に説明が雑すぎたなと思い「迅さんに頼まれたんだ」と付け加えると「へぇ、珍しいこともあるもんだな」とどうやら納得したようだ。
「鋼が自分から積極的に後輩の面倒見に行くとか想像つかないもんな」
「うっせ」
「それはそうとオレも興味あんな、その
「まぁ連絡もつかないし別にいいけど。余計なこと言うなよ」
「余計なことって何だよ」
「…何でもない。行くぞ」
何故だか今日荒船は上機嫌だ。聞けば今日のランク戦の成績が良かったらしい。良かったなと短く声を掛けると「お前に抜かれないよう必死なんだわ」と笑っていた。
荒船はオレにとって最初に剣を教えてくれた師匠であり先輩で友達。同時にライバルでもあって、ボーダーとはものすごく複雑な環境だなと改めて思う。師弟関係ではないけど、如月さんともいつかそういう関係を築けたらなと思うくらいには、オレ自身彼女のことを気に入っているようだ。
C級ソロランク戦のロビーにつくと、解散間近なのかあまり賑わってはいない様子。とりあえずモニターがよく見える位置を陣取って如月さんの写っている映像を探すが一向に見当たらない。荒船に「どれだよ」と急かされてもう一度モニターに目を向けた瞬間に一つ試合が始まった。
「あれだ」
「お、孤月か」
「いや違う。そっちじゃなくて射手の方」
「射手?……へぇ、女みてぇな顔してんな。同い年くらいか?」
「年下の女子」
そう答えるとまじかというような顔でこちらを見る。太刀川さんの時も思ったけど、確かに女子にしては髪短いし背も高いけどそんなに男と間違える程か……?オレからすれば普通に女子に見えるけど。
それから荒船は「女子だったのかよ。早く言え」と先程よりも興味が遠のいたようにふーんと顎に手をついて姿勢を崩した。如月さんが攻撃手なら戦おうと思って期待してたなこいつ…
「如月さん、結構強いと思うよ」
「へぇ。何、
「いや、変化弾」
「…変化弾?初心者に変化弾は難易度高いんじゃねぇの?」
「まぁ見てろ。始まる」
試合開始、俯いていた如月さんがゆらりと顔を上げた。先程会った彼女とはまるで別人のような目をしていて、まだ何も始まっていないと言うのに画面越しでもプレッシャーが伝わる。
孤月使いの男が如月さん目掛けて一直線に走り出す。対して彼女は変化弾を分割して撃ち、以前見たようなジグザグ弾道で男目掛けて向かっていった。それと同時に走り出し、変化弾の軌道に惑わされつつ上手く避けている相手の間合いまで入り込むと、ラッキーと言わんばかりに当然のように相手は孤月を振るう。オプショントリガーがない状態でこの状況、もはや回避や防御は不可能だ。あ、これはもう絶対入ったなとオレと荒船は確信していた。…のだが。
一瞬、ほんの一瞬。如月さんの動きがピタリと止まった気がした。瞬間に身を低くした彼女は相手の足を素早く払い、体制が大きく崩れた相手に分割していたトリオンキューブを放った。相手もそこそこ経験を積んできたのだろう、その何発かを孤月でしっかりと守って急所は何とか免れたようだ。そのまま体制を立て直そうとした瞬間、後ろから弾道を切り返してきた変化弾に心臓部を貫かれ、見事如月さんの勝利に終わった。
「…なんだあれ。攻撃手の間合いに自ら突っ込んでくか普通…しかも反射神経半端ねぇな。射手の戦い方じゃねぇだろ、攻撃手の動きだ」
「それ同じこと太刀川さんも言ってた」
「いや、どう見ても完全にそっちの方が向いてるだろ。今すぐ攻撃手に転向させろ鋼」
「…それも言ってた」
そんな一言二言を交わしていると、端のブースから慌てた様子の如月さんが出て来て、声を掛けるとこちらに気付いた彼女はバタバタと走りながら手を振っていた。
「お疲れ。いい試合だったよ」
「!?見てたんですか!あ、それよりもすみません、私全然時間も携帯も見てなくて…」
「いいよ。…あ、こいつ荒船。オレに剣教えてくれたやつ」
「オイ紹介雑かよ。いきなり悪い、鋼が面白そうなことしてると思って付いてきた。よろしく」
「C級隊員の如月ユエです。こちらこそよろしくお願いします」
「如月ね、了解。試合見てたけど中々やるなあんた」
「お陰様で大分ポイント貯まりました」
そう言って彼女の手の甲を見てみれば、3540との表示が出ていて驚いた。まさか初ランク戦、しかも1日で500ポイントも貯めるなんて…
「如月さん、もしかして一日中ぶっ通しでやってたの?」
「はい、やってましたけど……?」
「まじかお前。いくらトリオン体だからって生身に負担ないわけじゃねぇんだぞ。疲れてねぇか?」
「言われてみれば少し……あ、」
「?何だ」
「めちゃくちゃお腹空きました…」
発言と同時にぐぅっと腹の虫が鳴るものだから、ぶはっと荒船が吹き出してそれに釣られてオレもつい笑ってしまった。恥ずかしそうにしている彼女を見て、荒船が思いついたようにニヤリと笑った。
「じゃあせっかくだし飯行こうぜ、鋼」
「オレはいいけど、如月さんはどうする?帰り少し遅くなっちゃうけど」
「お二人が良いならぜひ行きたいです。…あ、村上先輩、そこは是非ご馳走させて下さいね」
「ははは、ほんとにいいって。んで、どこ行くんだ荒船」
「そりゃあ……」
あそこだろ。と荒船が言った頃、くしゃみをしていたお好み焼き屋の息子がいたとかいなかったとか。