後から聞いた話だけど、カゲ先輩は村上先輩と同じクラスらしい。つまりはこれから同じ学校の先輩になるということで、先程までの自分の言動を少しだけ悔いた。ナチュラルに先輩呼びに直してこれからはカゲ先輩と呼ぼうと思う。そして次会った時は無駄に噛み付かず大人しくしてようとも思う…。
村上先輩が言うには支部はここからそんなに遠く無いらしいんだけど、見慣れない景色だからかやけに長い距離に感じる。口数が少なくなった私を見てか「疲れたか?」と声を掛けてくれたのに対して「少しだけ」と答えて、ただでさえ色々面倒見てもらってるのに余計に気を遣わせてしまってるなとすごく申し訳なくなる。何か話題、と思ってそういえば支部の話はあんまり聞いてなかったなと思い「鈴鳴支部ってどんな所ですか?」と聞いてみると、村上先輩は驚くほど表情を柔らかくして答えてくれた。
「少人数だけど、アットホームでみんな仲良いよ」
先輩は、人と比べると感情の起伏が緩やかな方だと思う。穏やかというか、いつもすごく落ち着いている。だからこそ、先輩に一瞬でこんな顔をさせる人たちすごいな…と正直に思って興味が湧いた。
「鈴鳴支部にいるボーダー隊員って、何人くらいいるんですか?」
「今は戦闘員3人とオペレーターが1人いる」
「ほんと少人数ですね…」
「鈴鳴は出来たばかりの支部だから」
「へぇ。で、その人達が先輩のチームメイトですか?」
「うん、そうだよ。そういえばこんな時間だけど支部にまだ誰かいるかもな」
「え、ほんとですか?そう言われると、先輩のチームメイトがどんな人達なのか気になりますね…」
「どんな人、か。そうだな……おっちょこちょいでいつも目が離せないスナイパーやってるやつと、それを取り締まるしっかり者のオペレーターがいるな」
「何かキャラ濃そうですね…」
「はは、そうかも。でも楽しいよ」
「勿論もう1人もキャラ濃いんですよね?」
「キャラは……濃くないかも。けど、人としてすごく尊敬できる人だよ」
あ、先輩の頬がまた緩んだ。村上先輩にここまで言わせる隊長さん、ほんとすごい。いつか会ってみたいな…。
そうこうしている内に「見えたよ」と言われ顔を上げると、ボーダーのマークがはっきりと見えた。支部…って、そっか。こんな街中にあるんだ、支部だもんね、うん。と1人で納得して、案内されるがままに階段を登る。村上先輩が扉を開けて「お疲れ」と口にしたことからやっぱり誰かいるんだと急に背筋が伸びて、ふうっと息を吐いてから先輩の後に続いた。
「お邪魔します」
「!いらっしゃ…、」
「如月ユエです。2日間お世話になります」
「イケメン……」
「へ?」
「…あ、ごめんなさい。鋼君と同じ学校で3年の今結花です。こちらこそよろしくね」
同じ学校…ってことはカゲ先輩と同じく先輩か。何か続々と学校一緒の先輩達と会ってるけどやっぱりボーダーの人達って大体みんな同じ学校行ってるんだね…。(ちなみに口の悪い荒船先輩は進学校らしい。意外)
それよりも今先輩、綺麗な人。黒髪がさらりと揺れて、まさに和風美人って感じだ。彼女がおそらくおっちょこちょいを取り締まるしっかり者かな…うん、確かにしっかりしてそう。そう一人で納得していた時にそういえばお土産!と思い出して、荷物から取り出した良いとこの菓子折りを潰れていないかしっかりと確認してから手渡した。
「これ、良ければ支部の皆さんで」
「!良いとこのやつね。ありがたく頂かせてもらうわ」
「気ィ使わせて悪いな」
「とんでもないです」
「あ、ところで来馬先輩と太一は?」
「2人とも今日は来てなかったみたい。太一は合同訓練だって言ってたし本部から真っ直ぐ帰ったんじゃない?私もさっき来たとこだから」
「?さっき来たって……こんな時間から?」
「あ、今日私もここ泊まろうと思って」
「!」
驚いた表情をしている村上先輩を見て、女の子1人じゃ心細いでしょ?と言った今先輩は、会話のやりとりをしながら私が脱いで手に掛けていた上着を見てさりげなくハンガーに掛けてくれて、さらにはお茶と和菓子をさっと出してくれた。手際良いなぁ…。
「面識全くないのに、私1人の為にわざわざすみません」
「いいのよ。私もやることあったし」
「じゃあ後は任せてオレは帰るよ。如月さん、また明日の朝来るから一緒に本部まで行こう」
「はい、ありがとうございます。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
そう言って村上先輩が部屋を出て行くと、今先輩が支部の中の設備やらその他諸々の説明をしてくれた。「そんな広くないけどここ使っていいから。荷物も、貴重品不安だったらここ使って」「ありがとうござます」そんな会話をしながら案内してくれた部屋には一つのベットと、そこから少し離れた床には布団が既に引かれていた。一緒に寝てくれるんだな。1人ってやっぱり少し不安だったから良かったかも。
それからシャワーを借りて髪を乾かしたら一気に眠気が来て、今日はもう休もうかなと思っていたらデスクに向かって何やら作業していた先輩が「ベット使ってね」と察してくれて、ほんと周りよく見てるなぁと感心した。ベットに入ってうとうとしていると割とすぐに先輩も来て、電気を消して布団に入る音がした。
「如月さん、まだ起きてる?」
少し話さない?と言われて、返事と同時に体を先輩の方へと向ける。ばちっと先輩と目が合って何を話すんだろうと思っていたら、今日したランク戦の話を聞かれたり、鈴鳴支部での日常の話を聞かせてくれたり。友達の家に遊びに来ているかのような感覚で思いの外話が盛り上がって、気付いたらしっかりと目が覚めていた。
ちなみに、おっちょこちょいの太一って男の子の話がほぼ大半だったけど、もうおっちょこちょいとかそんな可愛いレベルではなかったような。先輩の話もほぼ愚痴だったし大丈夫だろうか…。
「それにしても如月さん、女の子からモテるでしょ」
「へ?いや、あまり。でも男性と間違われることは日常茶飯ですね」
「……ごめんなさい、私も鋼君から聞いてなかったら正直危なかったかも」
「気にしてないですよ。そもそも女の子らしくするのが得意じゃなくて自分から寄ってった部分もありますし」
「身長あるし格好いいもんね、普通に」
正直、格好いいと言われて悪い気はしない。…というか普通に嬉しい。
私のひいおじいちゃんかそのもっと前なのかはわからないけど外国の血が混ざっていた人がいたらしく、父の家系は代々高身長のDNAを貫いている。父の顔もどことなくハーフっぽい。娘の私はというと、顔に関しては父と比べて少し名残がある程度で血の薄まりをはっきり感じていたけど、身長に至ってはしっかりと父の遺伝子を受け継いだらしい。
そのおかげでスポーツでは優位に立てることが多かったけど、中性的なこの顔も合わさって反対に女を捨てたような形になってしまった。
「でも私、如月さんは髪伸ばしてお化粧したら絶対に化けると思うのよね」
「どうでしょう…想像できないですね。考えたこともあまりないです」
「え〜勿体無い。彼氏はいないの?」
「いないですよ。というか、それこそもっと想像できないですね…」
「好きな人は?鋼君とかは?」
「え、村上先輩ですか?」
唐突に聞かれて、ピタリと動きが止まる。こっちに来て気軽に頼れる人が村上先輩しかいなかったから、頻繁に連絡取ったりマンツーで色々と教えてもらったりしてたけど、そういう対象として見たことないな…多分先輩もそうだと思うし。異性としてかどうかは置いといて、先輩のことは普通に好きだけどね。
「そうですね……親切で優しい先輩だなぁと思ってます」
「それから?」
「それだけですかね。そもそも私異性を好きになったことないからよくわかりません」
「そっか。なんだ、勘違いしちゃった」
「勘違いとは?」
「正直鋼君が女子の話するのも初めて聞いたし、まさかうちに連れて来るだなんて思いもしなかったから、少なくともお互い好意を寄せてるくらいの関係なのかなって思ってたのよね」
「へぇ?」
村上先輩、もしかして女の子あんまり得意じゃないとか?…そういうわけじゃないか。でも普段そんなに関わらないのに私の面倒はしっかり見てくれて、今先輩の話聞いたら確かにちょっと特別扱いしてくれてるっぽく聞こえるかもしれない。…あれ、何かちょっと嬉しい。
「勘外れちゃった」
「恋バナ出来なくてすみません。ちなみに今先輩は…」
「あぁ聞かないで。終了終了」
そう言って強制終了させた先輩をきっかけに時計を見ると、早く寝る予定だったはずが既に深夜1時を回っていた。思いの外話し込んでしまったけど、すごく楽しい時間だった。仕事もできて気も使えて話しやすくて、流石村上先輩のチームメイトだな。やっぱり優しいし。
今までこんなにも普通の女子高生みたいな時間を過ごしたことなんてなかったから分からなかったけど、たまにはこういう穏やかな時間もいいもんだな。朧げにそう感じながら、私は満足げに眠りについた。
次の朝、パリンと何かが割れるような音がして目が覚めた。なんだろうと目を擦りながらチラリと横目で今先輩を見ると彼女は音には気付かなかったようでぐっすり眠っていた。
誰かいるのかなと時計を見れば時刻はまだ6時を指していて、もしかして村上先輩かなとも思ったけど、だとしたら聞いてたよりも随分と早い。とりあえず音を立てないように着替えて顔を洗いに行こうとそろりと部屋から出て洗面台へ向かった。その間もバタバタと音が聞こえるこで誰かがいるのは間違いないようだ。
顔を洗い終えて挨拶しに行こうかとふらっと音の先に顔を覗かせればこれらに背を向けてしゃがんでいる男の子が見えた。よく見れば床に破片のようなものが散らばっていてそれを小さめのホウキでまとめているようで、どうやら先程の音は皿が割れた音だったらしい。村上先輩…ではないな。誰だろう。支部の人かな。
「あの…」
そう声をかけると彼はびくりと体を揺らしてからゆっくりと振り返った。
「今先輩すみませ…………あ!」
「大丈夫ですか」
手伝いますよ、と言い掛けたところで彼が「鋼先輩のお客さん!」と元気よく立ち上がって、その手に握られていたちりとりの中身…つまりは集めた皿の破片が豪快に床に散らばっていった。
「ああー!せっかく集めたのに!!」
「!あ、あまり動かない方が…」
「足に刺さったー!!」
あぁほら言わんこっちゃない…なんだかそそっかしいなこの人。村上先輩や今先輩が言っていた話を思い返してみれば、何となくこの人が太一と呼ばれていた人なのかなと察した。もしご本人だとしたら、聞いた話のまんますぎて目の前でわたわたしている姿と合わせて思わずふっと笑ってしまった。
「手伝いますよ。まずは危ないので動かないで、とりあえずホウキ貸してもらっていいですか」
そう言うと素直に手渡してくれて、その後も協力して何とかすべて片付け終えた。しっかりとお礼も言われて、なんだか拍子抜けした。なんだ、今先輩がものすごい文句言ってたからどんな人かと思ったらすごくいい子じゃないか。うんうんと関心していると今度は立ち上がる時に肘をひっかけたようで、台の上にあった小袋のお菓子を床にぶちまけて叫んでいる。とりあえず落ち着けと言いたい。
「いや〜それにしても本当に助かった〜。手ぇ切ったりしてないすか?」
「全然。そっちこそ足大丈夫ですか?」
「靴下越しだったし血も出なかったから平気です!というか、例の鋼さんのお客さんですよね!!歳近い隊員増えて嬉しいなーって思ってて、えーっと、」
「とりあえず落ち着いて」
言えた。そういえば自己紹介もまだだなと思っていたら、向こうも同じことを考えていたようですぐに名乗ってくれた。
「オレは鈴鳴第一のスナイパーやってる別役太一って言います!太一って呼んでください!」
「如月ユエです。こっちはまぁ好きに呼んでくれてオッケーです」
「じゃあユエ先輩で!ちなみに敬語もいらないっすよー!」
「了解。よろしく太一くん」
すごい。初対面なのにこんなにもテンポ良く会話が進んでくのは彼のコミュ力が高さが故なのだろうな…色んな意味で大物な匂いがする。
そういえば何故こんな早朝から支部に来ていたのだろう。というか、もしやボーダー隊員は早朝出勤が普通だったりして。だとしたら朝弱い私は相当まずいなと抱きかけた疑問は、眉間に皺を寄せて眠そうな目を擦りながら現れた今先輩の登場により一瞬で消えた。
「おはよー……って太一!?こんな朝早くから何でいんのよ!」
「うげ、今先輩!!」
「何よその反応は。…まさかまた何かやらかしたんじゃないでしょうね!そこのゴミ袋何!」
「すみません〜〜」
結果こうなるのか…朝っぱらから太一くん最難だな。とりあえず一旦落ち着いたようで今先輩がソファーに腰掛けて「で、なんかあったの?」と太一君に聞と、彼はチラリとこちらを見てから説明してくれた。
要約すると、鋼先輩から私が鈴鳴支部に泊まることを事前に知らされた太一くんは、彼なりに精一杯もてなそうとしてくれたらしい。で、昨日も今日も夜遅くなる、更には朝早くに本部に向かうと来たら早朝しかないと閃き現状怒られてると。…なんだか申し訳ない。
「はぁ…ったく太一は。如月さん、朝からバタバタしててごめんね」
「全然。むしろ賑やかで楽しいですよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。じゃ、朝ごはん食べよっか」
「あ!じゃあオレ作りますよ!!」
「太一は座って待ってて!」
「ひゃい……」
そんなこんなしていると予定よりもずっと早く村上先輩が来て、理由を聞いたら「鋼先生のお客さんもてなしてきます!!」とのメールが太一くんから届いていて、嫌な予感がしたので飛んできたらしい。先輩も心配性だなぁと思うけど、それよりも太一くんの信用の無さが切ない……。でも同時にすごく良い関係だなぁとも思って、みんなが少し羨ましい。
私にもいつかこんな仲間ができるといいな……なんて。少しだけ思っても、良いだろうか。