16

 ボーバトンとダームストラングの生徒の後について歩いている途中、ロンや他のクラムファンの生徒は興奮状態だった。

 「クラムだぜ、ハリー!ビクトール・クラム!」

 ロンはピョンピョン飛び跳ねて、ダームストラングの生徒を覗いている。同時進行でハリーと語りたいものもあるらしく、横向きでジャンプを繰り返していた。

 「落ち着きなさいよ、ロン。たかがクィディッチの選手よ?」
 「たかが!?」

 ハーマイオニーが窘めるも、彼は耳を疑うと言う反応を返した。そしてクラム語り――もといプロ選手のなんたるかを伝える。ソフィアは溜め息混じりで前を見据える。肩をつつかれ、隣で歩くハリーを見た。ロンの意識がハーマイオニーに向いたので、彼も置いてけぼりにされてしまったのだ。

 「凄い人気だね」
 「本当。有名人も大変だわ」
 「……」
 「あ、ゴメンナサイ」

 気付いて、ソフィアは慌てて謝罪した。ハリーは笑って応える。有名人は彼女の隣にもいたのだ。一年生の時からハリーは遠回しにもてはやされる経験をしている。

 「けど、ソフィアだって有名人じゃないか」
 「…そんなわけないわ」

 彼女も同じように一年生の時から、その美貌によって学校中に名前が知れ渡っている。『目晦まし』によってヴィーラとのハーフであることは分からないだろうが、類まれなる美少女であることには変わりない。

 「ハリー、羽根ペン持ってないか?」

 突然ロンが割り込んだ。どうやらサインをしてもらえないかと考えているらしい。

 「ない。寮のカバンの中だ」

 ハリーは首を振った。四人はグリフィンドールのテーブルまで歩き腰掛ける。ロンはわざわざ人目につきやすい席を選んでいた。クラムを含むダームストラングの生徒たちが、どこに座って良いかわからないらしく入口に固まっていたからだ。
 ボーバトンの生徒は、皆レイブンクローのテーブルを選び座っていた。まだ寒いのか、スカーフやショールを巻き付けている生徒もいる。

 「そんなに寒いなら、どうしてマントを持ってこないのよ!?」

 ハーマイオニーがイライラした様子で言った。その隣でロンが立ち上がらん勢いで叫んでいる。

 「こっち!こっちに座って!」
 「どうしたの?」
 「……遅かったか」

 ソフィアが問うた直後、ロンは悔しそうに息をつき、座り直した。クラムとダームストラングの生徒たちはスリザリンのテーブルに着いていた。ドラコ、クラッブ、ゴイルの得意気な顔が見える。見ているうちに、ドラコがクラムの方に乗り出すようにして話し掛けた。

 「やればいいさ。マルフォイ、おべんちゃらベタベタ」

 ロンが肩を竦めて毒づく。ハーマイオニーとハリーを間に挟んでいる筈なのに、ソフィアの耳には彼の声がよく通ってきた。有名人だから集られやすいとか、どこに泊まるんだろうとか、自分のベッドをクラムにあげたいとか。ハーマイオニーが呆れた様子で鼻を鳴らした。
 ダームストラング生は分厚い毛皮を脱ぎ、興味津々で星の瞬く黒い天井を眺めていた。何人かは金の皿やゴブレットを持ち上げて、感心したように眺め回している。

 「二人増えるだけの筈なのに……」

 ソフィアは教職員テーブルに椅子を追加しているフィルチを見た。彼は晴れの席に相応しく、古ぼけた黴臭い燕尾服を着込んで、ダンブルドアの両脇に二席ずつ、四脚も椅子を置いていた。

 「本当だ。あとは誰が来るんだろう?」

 同じく気付いたハリーが呟いた。奥でロンが「はぁ?」と曖昧に答えている。まだクラムに熱い視線を向けていたに違いない。全校生が大広間に入り、それぞれの寮のテーブルに着いた。次いで教職員が入場、上座のテーブルに着席する。列の最後はダンブルドア、カルカロフ校長、マダム・マクシームだ。ボーバトン生がマダムを確認しパッと起立する。ホグワーツ生の何人かが笑ったが、彼らは平然として、マダムが着席するのを待ち、次いで座り直した。立っているのがダンブルドアだけになる。大広間が水を打ったように静まった。

 「こんばんは。紳士淑女、ゴーストの皆さん――そしてまた客人の皆さん」

 ダンブルドアは外国からの学生全員に向かってニッコリと笑んだ。

 「ホグワーツへのおいで、心から歓迎しますぞ。本校での滞在が、快適で楽しいものになることを、儂は希望し、また確信しておる」

 ボーバトンの女子学生で、未だしっかりとマフラーを巻きつけたままの子が笑い声をあげた。それが嘲笑のように聞こえたので、ソフィアは僅かに眉をしかめる。ハーマイオニーが「誰も引き止めないわよ!あなたなんか!」と憤慨していた。

 「三校対抗試合は、この宴が終わると正式に開始される――さぁ、それまで、大いに飲み、食し、寛いでくだされ!」

 ダンブルドアが宴の挨拶を言い終えると、目の前の金色の皿が、いつものように満たされた。厨房の屋敷しもべ妖精が、今夜は無制限の大盤振る舞いにしたらしい。これまで見たことがないほどの色々な料理が並び、外国料理もいくつかあった。ボーバトンとダームストラングの生徒には馴染みのある料理なのだろう。
 
 「あれは何?」

 ロンが指差した先には、貝類のシチューのようなものがあった。

 「ブイヤベース」

 ハーマイオニーが答えた。

 「は?」
 「フランスの料理よ。とっても美味しいわ」
 「ふぅん……」
 
 ロンはそう答えたものの、やはり警戒しているようだった。隣のプレートからブラッド・ソーセージをよそっている。ソフィアも珍しい料理群を少しずつ皿に乗せていく。
 クラッカーの上に乗った淡いピンク色のクリームは酸っぱくて、粒状のモノが入っていた。大広間を見渡せば、たかが20人生徒が増えただけなのに、いつもよりずっと混んでいるように思えた。おそらく、ホグワーツの黒ローブの中で違う色の征服が垣間見えるからだろう。毛皮のコートを脱いだダームストラング生は、下に血のような深紅のローブを着ていた。

 「ハグリッドだ」

 教職員のテーブルの後ろのドアから入ってきた人物にハリーが手を振った。つられてソフィアも見上げると、ハグリッドは包帯でぐるぐる巻きになった手を振っている。

 「スクリュートは大丈夫なの?」
 「ぐんぐん育っちょる」
 「そうだろうと思った」

 嬉しそうな声で返すハグリッドの言葉に、ロンが小声で答えた。

 「あいつらの好物はハグリッドの指かもな」

 聞いたハーマイオニーがクスクス笑った。その時、背中に誰かの声が投げられた。

 「あのでーすね、ブイヤベース食べなーいのでーすか?」

 一人はいっせいに振り返る。ダンブルドアの挨拶の時に笑った、ボーバトンの女子学生だった。その容姿を見た瞬間、ハーマイオニーとロン、そしてハリーはソフィアがもう一人現れたかと錯覚した。
 腰まで流れる長いシルバーブロンドの髪、大きな深いブルーの瞳、真っ白で綺麗な歯並び。非の打ちどころのない美少女は、まさしくソフィアが会えたら良かったのにと、再会を諦めかけていたフラー・デラクールだった。クィディッチ・ワールドカップから約二か月ぶりに見かけた面差しは、少しも劣ることなく、美しい。
 ロンが真っ赤になった。途端にハーマイオニーの顔が僅かにしかめられたのをソフィアは確かに目撃した。しかしハーマイオニーはすぐ前に向き直り、フラーから視線を外した。

 「どうぞ」

 動けないロンの代わりにハリーが彼女の方に皿を押しやった。

 「もう食べ終わりまーしたでーすか?」
 「えぇ、美味しかったです」

 フラーが皿を受け取り去っていくと、ロンが漸く――息も絶え絶えに――答えた。

 「あの人、ヴィーラだ!」
 「いいえ、違います!」

 ロンの意見をハーマイオニーが叩き落とす。半眼で彼を睨みつけ、ハーマイオニーは注意した。

 「マヌケ顔でポカンと口を開けて見とれてる人は、他に誰もいないわ」

ヴィーラの血を引く美少女フラーに惚けているのは、ロンだけではなかった。他の男子生徒も誰もが彼女の過ぎ去った後を目で追いかけては、似たり寄ったりにぼんやりとした顔をしている。

 そんな男子生徒達の態度が気に入らないのは、女子生徒達だ。たったさっき、訪れて来たばかりの美人を鼻にかけたような――実際に彼女が美人だから尚、腹が立つのだけれど、ダンブルドアを嘲笑した張本人であることを忘れたような反応に、明らかに苛立っている。

 「間違いない!あれは普通の女の子じゃない!」

 じゃあ何だと言うのか。ソフィアは曖昧に首を傾げる。

 「ホグワーツじゃ、ああいう女の子は作れない!」
 「ホグワーツだって、女の子はちゃんと作れるよ」

 ハリーが反射的にそう言った。視線はレイブンクローのテーブル、黒髪美少女の近くに向けられていた。その様子を見ていたソフィアは小さい溜息をついてフォークを立てた。そして、ふと自分の髪を触ってみる。黒髪と真反対の色をした白銀の髪。
 昔は大嫌いだった髪色だが、ホグワーズに入って多くの人と関わるようになってからは、この髪はたくさん褒められ羨ましがられた。

 「ここにだっているじゃない! ここ! ここよ! ソフィア・エムリス!」

 ハーマイオニーがソフィアの肩を掴み、激しく揺さぶってロンとハリーに訴えかけた。

 「私たちが入学したての頃のあの騒動、忘れたなんて言わせないわよ」
 「ちょ、ちょっと、ハーマイオニー、……!」

 ほら、よく見て! と二人の前に顔を力任せに突き出され、ソフィアは吃驚したまま硬直した。しかし、ロンはハーマイオニーとソフィアを押しのけ、「忘れてはないけど、もう覚えてない」と言って、再びフラーに釘付けになるものだから、ハーマイオニーは顔を真っ赤にして立腹し、フォークで勢いよくキドニーステーキ・パイを貫いた。

 「それにしてもソフィアとあの人って雰囲気が似ているかも。クィディッチワールドカップの時に聞きそびれたんだけど、ソフィアって、もしかしてヴィーラの血が混ざっているの?」
 「うん、そうよ。今まで言ってなかったけど、実はヴィーラの混血なの。四年も一緒に居るから、みんな私のことは見慣れちゃったのよ、きっと」

 ソフィアは、ハーマイオニーの問いかけに薄く微笑んで誤魔化した。彼女は、納得したようで「白銀の髪は珍しいし、綺麗だなって思っていたけど、やっぱりそうだったのね」と新しく知れたソフィアの一面に喜々とはしゃいでいる。

 他愛も無いでたらめだけれど、見慣れたのはあながち嘘でもない。ヴィーラの特性を強く持っている容姿を剥き出しにして生活していたのは、一年生の最初の約三か月だけだったし、ダンブルドアに『持続型目眩まし魔法』をかけられるようになったのは一年生のクリスマスからだ。それ以降はずっと本来の姿を見せず、生きてきた。だから彼らは、今の『目眩まし魔法』がかかったソフィアを見慣れてしまったのだろう。

 あまりにも人目を惹き過ぎる儚く麗しい体を流れる、特殊な「血」を守り、隠すために施されている魔法を知っているのは、ソフィア本人と、ダンブルドア、そして魔法大臣のファッジにキングズリー、他は魔法省の上層部くらいだろう。ソフィアに関する情報は、必要最低限の範囲まで広がることを留めている。今となっては、ムーディにも知られてしまっているかもしれないが。ルーナには、「メラメラメガネ」で本当の姿を透視されてしまったけれど、姿を隠している理由までは知られていない。

 ソフィアの病弱だった母親――オリヴィアが、「例のあの人」からソフィアを守るために“命をかけて”産んでくれ、
 ソフィアの勇敢な父親――アランが、命と引き換えに「例のあの人」から自分を欺いてくれた。

 しかしこの特異な出世のソフィアが世に露呈すれば、忽ち闇の魔法使いから狙われかねない。現に一年生の時、クィレルに憑依していたヴォルデモートに狙われかけた。それ以降、ソフィアはダンブルドアの『目眩まし魔法』によって、世間から隠され、守られてきているのである。

 「二人とも、お目々がお戻りになりましたら――」

 ハーマイオニーがやたら丁寧な口調でキビキビと言った。

 「たった今、誰が到着したか見えますわよ」

 言われて教職員テーブルへと目を向ける。そしてすぐ合点がいった。空いていた二席が塞がっている。ルード・バグマンがカルカロフ校長の隣に、クラウチ氏がマダム・マクシームの隣に座っていた。

 「何しに来たのかしら?」
 「三校対抗試合を組織したのは、あの二人じゃない?」

 驚いて声をあげると、ハーマイオニーが答えた。いつの間にか、テーブルには次のコースが現れていた。デザートも様々なものが並べられている。
 本でしか見たことのない、メレンゲの固めたようなものや、豪華なプディングなど。ロンの前には淡い色のブラマンジェがあったが、彼がそれをレイブンクローのテーブルからよく見えるように動かしても、美少女は取りに来ようとしなかった。

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