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彼女たちは柔らかい芝生に座り、ピクニックバスケットを広げていた。ピクニックバスケットを広げた途端、焼き上げたばかりのクロワッサンに練りこまれたバターの匂いが溢れ、マドレーヌやフィナンシェもたくさん詰められているし、磨きたてられた白いお皿にティーカップまで揃っている。お皿にはクロワッサンとマドレーヌ、フィナンシェを。カップには温かいダージリンティーを。
湖のほとりで、フラーは隣に腰を据えているガブリエルを両腕に招き入れ、持って来た詩集をフランス語でガブリエルに詠んだ。どんな内容なのかは分からずとも、歌うように滑らかで、透き通った響きが耳に心地よい。ガブリエルも足を芝生に折りたたみ、上半身をフラーの右胸に預けながらしっとりと詩を聞いていた。時折、湖が揺れ、水音がフラーの声に織り交ざるのを静かに聞きながら、ソフィアはシロツメクサで小さな花冠を編む。
風が湖に波紋を呼び、草木の葉を騒めかせ、美しい彼女達の真珠のような肌を撫でた。そして風はスカートを擽り、繊細な糸のようなソフィアの白銀の髪を、フラーとガブリエルのさらさらとした絹糸のような艶のあるシルバーブロンドをそよがせる。ただ輝くばかりに美しい三人がそこにいるだけで、一枚の風景画のようだった。
「『――いつまでも、共に』」
最後の一節を読み終えると、フラーは詩集をパタン、と閉じ膝の上に置いた。そして、ガブリエルの耳を撫で、こめかみに唇を落とす。フラーの顔を見上げたガブリエルに、彼女は優しい微笑みを浮かべた。ちょうどシロツメクサで小さな花冠を編み終えたソフィアは、それをガブリエルが抱いているテディベアの頭に乗せてやると、「メルシー」と眠たそうな声でガブリエルが言う。
「ドゥ リヤン」
『どういたしまして』と拙いフランス語で返すと、ガブリエルは蕩けるような笑顔をしたけれど、まどろみの中にいるのかブルーの目が半分閉じかけている。フラーのなびやか声に安心して、夢か現実か分からないほど、睡魔がガブリエルを眠りへ手招きしているのだろう。
「ジュテーム。フラー、ソフィア」
『好きよ、フラー、ソフィア』ガブリエルが脆く呟き、白い瞼を閉じた。そしてやがて寝息をたてはじめ、フラーの腕の中で眠ってしまった。眠る少女の美しさといったら、ビスクドールのようだった。けれど、瞼を開いて語り、動くガブリエルは、人形よりも可憐で、愛らしい女の子である。フラーもソフィアも、眼球も魂さえも吸われてしまいそうな美しさを湛え、「寝ちゃったみたいね」と、唇をほころばせた。
「さっきの詩は、どんな詩なの?」
「愛について歌う詩でーす。エディット・ピアフの『愛の讃歌』といいまーすけど、とても悲しい愛の詩でーす」
フラーは、フランス語で題名が書いてある詩集本を開き、ソフィアに見せてくれた。右側のページにはショート・ヘアーの女性が、白黒写真の中で一本のスタンドマイクの前に立って歌っている。左側のページには、『愛の讃歌』の詩が綴られていた。
「英語に訳して詠みまーすか?」
「ええ。お願いしてもいい?」
フラーは、頷くと同時に深いブルーの瞳で瞬きを一つ。そして、今度はソフィアのために訛った英語で読んでくれた。――悲しい、愛の歌詞を。
一時間くらいしてガブリエルが目を覚まし、三人はフラーがピクニックバスケットに用意してきた昼食を食べた。眠ってすっかり元気になったガブリエルが、花冠を被ったテディベアと湖の岸辺を駆けまわり、灰色の空に向かって投げたテディベアをぎゅっと抱きしめてキスをしたりするのを、ソフィアとフラーは笑いながら眺めていた。
昼過ぎから小雨になったので、ソフィアはボーバトンの綺麗なパステル・ブルーの馬車の中へ、フラーとガブリエルに招待された。フラーもガブリエルも薄着のローブだったので、すっかり体が冷え切ってしまったが、デラクール姉妹に宛がわれた部屋の暖炉が暖めてくれた。
パラパラと窓を打つ雨の音を聞きながら、ソフィアは彼女たちが濡れた髪を拭くのに使った柔らかいタオルを干し、フラーはガブリエルの髪を櫛で梳かしている。
大人しく座っているのに耐えられないガブリエルが、ふらふらと動きだそうとするのをフラーがフランス語で注意した。濡れて重たくなり、くたびれたテディベアを干したソフィアが二人へ目を遣る。
「絡まりやすい髪でーす」
ソフィアの視線に気付いたフラーは、苦笑しながら櫛で毛先を解いてやり、ガブリエルの腰まである長いシルバーブロンドを一つに結う。
五時になるまで、ソフィアはフラーとガブリエルに簡単なフランス語も教えてもらったりして、談笑しながら過ごした。フラーたちは、マダム・マクシームと一緒にハロウィーンの晩餐会へ向かうというので、ソフィアが一足早く馬車を出てホグワーツに戻る頃には、すっかり濡れていた服や髪も乾いていた。