20
何が起こったのだろう?
起こってしまったのだろう?
ダンブルドアの手にある羊皮紙に書かれた名前。それが隣に座る親友のものであったことに、ソフィアは愕然とした。信じられなかった。有り得ない。何故――頭の中であらゆる疑問が渦を作る。前の3人のような拍手はなかった。逆に、怒った蜂の群れのような音が聞こえ始める。
視線がこちらに集中しだす。否、こちらではない。ハリーにだ。たった今ハリーの名前がダンブルドアの口から紡がれた。夢ではない。冗談でもない。はっきりと、ゴブレットに選ばれた代表選手として。
「僕、入れてない」
ハリーが放心気味に呟いた。
「知ってるだろう?」
見れば懇願するような瞳があった。ハリー自身、驚いている様子だ。それにただ一人頷いたのはソフィアだけだった。しかし、ロンも、ハーマイオニーも何も言えなかった。ハリーと同じく放心している。
「ハリー・ポッター!」
ダンブルドアがまた名前を呼んだ。いつの間にか、彼の横にはマクゴナガル先生が控えている。
「ハリー!ここへ来なさい!」
「行くのよ」
ハーマイオニーが、漸く身体が反応するようになった彼女が、ハリーを少し押した。ハリーはヨロヨロと立ち上がり、目を見開いたまま歩き出す。
幾個もの目にあてられながら、フラフラと覚束ない足取りで前に進んでいった。隣同士で話し合う生徒の姿もある。彼はワザと見ないように、前だけを見つめた。
「さぁ…あの扉を開けなさい、ハリー」
ダンブルドアが無表情で告げた。声もやや落ち込んでいるように聞こえる。ハリーはフラフラのまま教職員テーブルに沿って歩き、大広間を出る扉を開け、退室した。途端にワッと騒ぎが起こった。テーブルのあちこちから疑問や推理の言葉が行き交い、もはや誰も純粋に喜ぶことは出来なかった。
「静粛に!」
マクゴナガル先生の声が轟く。鋭い刃のようなソレに、大広間が再び静かになった。
「校長先生のお話はまだ終わってません」
そう言って、マクゴナガル先生は静かに自分の席に戻った。生徒たちの困惑した目が、今度はダンブルドアに向けられる。彼はそれらに笑顔で応えた。
「代表選手が決まった。彼らはこの一年、過酷な試練と戦うことになる」
先ほどの、ハリーの名前を呼んだ印象などまったく感じさせない様子だった。穏やかな表情である。
「選手たちに暖かな声援と激励を君たちが贈ってくれることを、儂は信じておる」
灯りが徐々に火を取り戻し、代わりにゴブレットの炎が弱くなってく。青白かったソレが見えなくなった頃には、大広間はいつもの明るさを取り戻していた。
「詳しいことは後日改めて知らせよう。今日はもう遅い――しっかりと休むように」
その言葉が合図かのように、教職員テーブルの後ろ以外の扉が一気に開いた。
終了の知らせである――生徒たちはそれぞれの時事で立ち上がり、顔を見合わせ出ていき始める。グリフィンドールは混乱の一途を辿っていた。二人目の代表選手が寮内から現れた。しかも17歳に満ちていない。しかもハリー・ポッターが!喜びと疑問が入り混じり、口々に意見を飛ばし合う。
「こんなことって……」
列に混じり、ハーマイオニーがショックを受けた表情で呟いた。出入り口は混んでいて、なかなか大広間から出ることができない。
「ゴブレットが選定人数を間違えるなんて……有り得ないことだわ」
ハリーは大丈夫かしら、と言う様子で彼女はソフィアを見る。ソフィアは待っている間、教職員テーブルの方を見ていた。先生達が席を立ち険しい顔付きで話し合っている。そこにダンブルドア、マクゴナガル先生、スネイプ、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、バグマン、クラウチ氏の姿は無い。
「どうしてハリーは僕らに黙っていたんだ?」
ロンが困惑気味に呟いた。ソフィアとハーマイオニーが同時に振り返る。
「ロン、あなたハリーが自分で入れたと思っているの?」
ハーマイオニーが非難がましく食い下がる。しかしロンはそれに気付かず、俯いたまま言葉を続けた。
「僕に教えたっていい筈だ。親友だし……」
「ハリーは名前なんて入れてないわ」
ソフィアは鋭い口調で言った。ロンが視線だけを寄越す。それを察して、彼女は答える。
「ハリーは抜け駆けなんて…そんな卑怯なことしないわよ」
確信めいた強い口調だ。三年間ハリーと親友をしてきたソフィアは、彼の性格も少しは理解できていると自負している。それはハーマイオニーも同じであり、彼女も今回の件では疑問を抱いた。当然ロンもそうである。寧ろ1番近くにいて、彼の気持ちも理解できる筈だ。しかし――
「……でもさ、今、ハリーはここに居ないじゃないか」
どうして、今四人が並んでいないのだろう?ハリーが居たら、きっと第一の試練について話し合っていたかもしれない。歩きながら、談話室に着いてからも、寝る直前まで。
――それができない。
黒いモノが憚り前を見えなくさせた。笑いかける彼の顔に、どう応えるのが正解なのか。
「……わからないよ」
どうすればいいのだろう?どうすれば、今から15分前の自分に戻れるだろうか?
「ソフィア、わたしたちも行きましょう」
ハーマイオニーがソフィアの腕を掴んで女子寮への階段の方に引っ張った。部屋に着くと、飼い主の帰還に喜んで飛び付いたクルックシャンクスをしっかり膝の上に抱える。
「男の子たちが栄誉とか、そういうのに憧れるのわかるよ。でも、ロンの態度、普通じゃない…。混乱薬とか飲まされてるとか…」
「それはないでしょう。あの人のことは、まあいいわ。問題はハリー」
ハーマイオニーは呆れかえったように呟いて額を抑えた。ソフィアも心配ごとを思い出す。
「私…トライウィザード・トーナメントのこと調べたけど、やっぱり結構な人数が死んでる行事だよ…」
「あのゴブレットを欺く強力な魔力…。きっと生徒の嫌がらせなんかじゃないわ。もしかしたらだけど…」
ハーマイオニーの声は震えていた。
「ハリーに死んでほしいって思ってる誰かがいるのかも。危ない行事だから機会はたくさんあるみたいだし…。その人がゴブレットを欺いてハリーを代表選手にしたとしたら…」
ハーマイオニーの声には苦悩が溢れていた。ソフィアは恐る恐るハーマイオニーに尋ねる。
「ハリーの額の傷の痛みに、なにか関わりがあると思う?」
今まで闇の帝王関連で痛んだ傷が、今年の夏にも痛んだ。ソフィアは心の底から心配になってハーマイオニーに言った。
「なくはないんじゃないかって、そう思うわ…」
ハーマイオニーも同じようなことを考えていたのか、眉尻を下げてソフィアを見た。そのときパーバティとラベンダーが戻ってきた。
「ハリーったら、どうやって名前を入れたのか教えてくれないの!」
ラベンダーがからかい混じりのにこにこ顔で頬を膨らませた。
「ハリーは代表選手になったわ!太った婦人の友だちのバイオレットが教えてくれたの。ダンブルドアがハリーを四人目の代表選手と認めたのよ」
「でも宴会はお終い。フレッドたちが準備したのに、ハリーがさっさと男子寮に引っ込んじゃったから。二人ならハリーがどうやったか、知ってるんでしょ?」
パーバティはローブを脱いで自分のベッドに放る。ソフィアは驚いてパーバティを見た。
「ハリーじゃない…」
「なに?」
パーバティも目を見張ってソフィアを見た。ソフィアは急きこんで続ける。
「ハリーは名前なんか入れてない。…だって危ない行事よ。自分より三つは年上の人たちに混ざって競技に出ようなんて、ハリーは思わない」
ソフィアが訴えると、ラベンダーは目を見開いた。
「ソフィア、なに言ってるの?ハリーが目立ちたがりなのは今に始まったことじゃないわよ」
ソフィアはまた驚いた。
「ハリーが目立ちたかり屋だったことなんて、今まで一度もないわ…っ!」
「そうかしら?」
パーバティは顎に指を添え不敵に笑んだ。
「一年生でクィディッチの選手になった。まあこれはマルフォイをやりこめたお手柄の産物だけど。でも一年生の学期末の出来事は?あれでハリーは更に有名になったわよ」
「クィレル関連のあれこれよね。わたしたち詳しいことは聞いてないけど、ハリーがクィレルから学校の宝を守ったって、お手柄だってダンブルドア言ってたわ。普通の一年生に出来ることじゃないって」
ラベンダーがパーバティに同調する。ハーマイオニーはそんな女の子二人にむすっとして口を開いた。
「それはわたしやハリーたちが事を突き止めたときに、学校にダンブルドアがいらっしゃらなかったからよ。
マクゴナガル先生もわたしたちの言い分は聞いてくださらなかったし…」
「でも、生徒の領分を越えてあれこれ調べてたんでしょ?結果オーライだけどね」
ハーマイオニーの言葉に、パーバティは少し嫌味に笑った。
「二年生のときはどう?ハリーが秘密の部屋の怪物と対決したらしいって話」
今度はハーマイオニーに代わってソフィアが訴える番だ。
「あのときは先生方、連れ去られたジニーの生き死にを早々に諦めてしまわれたの。学校は閉鎖するって、翌日に生徒を家に送り返す手はずを整えてたから。だから、私とハリーとロンで秘密の部屋に向かったの」
パーバティとラベンダーはソフィアの発言にかなり驚いたようだった。ソフィアがハリーとともに秘密の部屋に乗り込んでいたのを知らなかったのだろう。
ダンブルドアもあの事件について全校生徒に詳しく聞かせることはなかった。この様子ではロンもそうしたことを知られてはいないようだ。
「二人はハリーと普段からつるんでるから色々知ってるみたいだけど、他の生徒はそうじゃないのよ。同級生のわたしたちだって、ほんとのところはよくわからない」
「でも、ハリーは目立つけど、自分で目立ちたくて行動してきたわけじゃないよ。結果的に目立ってきただけで――」
「ねぇ、ソフィアがそうやってハリーを庇うのは、結局はハリーが好きだからじゃないの?」
ラベンダーがソフィアの言葉を遮ってつっけんどんに言った。それを聞いた彼女も顔を赤らめながらも抵抗した。
「そ、そうじゃないわ…っ、一年生のときからずっと一緒だから…だからハリーのことを…」
「はいはい、もういいわよ」
興がそがれたのか、パーバティとラベンダーは肩をすくめてベッドにもぐりこんだ。ソフィアは困ってハーマイオニーを見た。目の前のハーマイオニーと自分は同じような表情を浮かべているのだろう。
「…確かに、細かいことを知らない人たちにはハリーは目立ちたがりに見えるかもしれないわね。
一年生でクィディッチ選手になって、一年二年と学期末に大量加点を受けてグリフィンドールの寮杯獲得に貢献している。なによりハリーは『生き残った男の子』だもの」
自分もハリーと同じ『生き残った』女の子、と皆に言えば少しはハリーの非難も少なくなるのか。しかし、まず信じてもらえそうにない、それに自分の別の素性も明らかになってしまう。
「明日が怖い…」
今はどうすることもできず、ソフィアは肩を落とした。ハッフルパフの生徒の反応を見ると、明日からどういうことが起きるか想像がつく。
目立ちたがり屋のハリー・ポッターがどういうわけか代表選手に、参加資格も枠もないのに滑り込んだ。ハリーはなにかずるい手を使ったのだと言われてしまう気がする。