ソフィアは再び読書へハリーとロンはまたも話が盛り上がっていき、着替えの事などすっかり忘れてクィディッチの話題を話していると、まさにこれから専門的な話に入ろうという所でまたもやコンパートメントの扉が開かれた。

どうして誰も彼もこんな最後尾まで押しかけて来るのだろう。
ハリーは楽しみにしていたクィディッチの話題を遮られ、積極的に友達を作ろうと意気込んでいた事も忘れ、予期せぬ闖入者を苦い顔で見つめた。

戸口には新入生用の真っ黒なローブを着込んだ三人の少年が立っていた。
真ん中に立っているのは既にハリーと面識がある――ドラコ・マルフォイだ。
ドラコはまっすぐにハリーを見た。ダイアゴン横丁で出会った時よりも、より興味深げにその瞳を輝かせている。

ソフィアは一度、本から視線を外し僅かに顔を上げて彼を見るも、極力他人と関わりたくはないと思っているため、直ぐに本へと視線を戻した。

「本当なのかい?このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって。
列車内じゃその話で持ちきりなんだけれど――それじゃあ、君が?」
「そうだよ」

ハリーは軽く頷くと、ドラコのボディーガードのように後ろに控えている二人の大柄な少年を見た。
ダドリーやその取り巻き達を彷彿とさせるがっしりとした体格や意地悪そうな表情に、ハリーは心もち腰が引けるのが分かった。
ハリーの視線に気付いたドラコはぞんざいに二人を紹介した。

「ああ。こいつはクラッブで、こっちがゴイルだ」

ハリーは曖昧に頷いた。
ロンは興味が無さそうに二人を一瞥した。

「僕はドラコ。ドラコ・マルフォイ」

殊更マルフォイの発音を強調したように感じたのは気のせいだろうか。
ロンが思わず漏れてしまった笑いを誤魔化すかのように、咳払いをしたのが聞こえた。

「僕の名前がおかしいかい?君が誰だかは……聞くまでもないね」

ドラコは苛立ちを含ませそう言うと、ロンの姿を上から下までじっくりと眺め、目を眇めた。

「お下がりのローブに、赤毛、そばかす…父が言っていたよ。
ウィーズリー家には育て切れない程たくさん子供がいるって」

ロンがむっとしたように眉を顰めた。

「ポッター。そのうち君にも家柄の良い魔法族と、そうでないのとが分かると思うよ。
間違った連中とは付き合わない事だ。その辺りは、僕がこれから教えてあげよう」

そう言ってドラコは右手を差し出した。
ハリーは差し出されたドラコの手と、彼の顔を交互に見た。
向かいの席ではロンが全身で拒絶を示し、心底嫌そうにドラコを見ている。
ハリーは一瞬考え、その手を両手で包み込むように握り返した。
ドラコが勝ち誇ったようににやりと笑い、ロンは信じられない、と言うように愕然としてハリーを見た。

「ご親切にどうもね。
でも…間違っているかどうかぐらい、自分でできるよ」

ハリーがそう言ってにこりと笑うと、反対にドラコは顔を歪め、振り払うように手を引っ込めた。
赤くなった掌を見て、ドラコは噛みつくように言った。

「ポッター、僕ならもう少し気を付けるけれどね。
もっと礼儀を心得ないと、君の両親と同じ目に――!?」

ふいに、ゴイルが鋭い悲鳴を上げ、ドラコに体当たりするかのように勢い良く体勢を崩した。
いつの間にか彼はドラコと扉の隙間から手を伸ばし、座席の上に広げっぱなしになっていたお菓子をつまもうとしていたらしい。
喚きながらぐるぐる腕を振り回し暴れるゴイルに、ドラコもクラッブも呆然と後ずさった。

「スキャバーズ!」

ロンの視線の先を追えば、ゴイルの指先にスキャバーズが齧りついているのが見えた。
ねずみの鋭い小さな歯が彼の指に深々と食い込んでいる。
ゴイルが力任せに勢い良く腕を振りぬくと、スキャバーズは窓に叩きつけられ、座席へと力なく落ちて行った。
ハリーが慌ててスキャバーズに駆け寄っている間に、三人は足早にコンパートメントから去って行ってしまった。
そんな彼らと入れ替わるようにして、ハーマイオニーが再び顔を出した。

「一体何をしてたの?」

ハリーはハーマイオニーが現れた事にも、彼女が床に散らばったお菓子を訝しげに見ているのにも全く気付かなかった。

「ス、スキャバーズは……」
「ノックアウトされ……って、違うみたい。信じられないよ。こいつ寝てるだけだ」

呆れたように尻尾をつまみ、スキャバーズを持ち上げていたロンは、無事だと分かるや否や適当に座席へと放り投げた。
お菓子の山に腹から着地したねずみは、それでも目覚める事無く眠り続けている。

ハリーはほっとして、座席へとへたり込んだ。
ロンも同じ様に席に戻り、わざとらしくハリーの方をしっかりと見ながら言った。

「マルフォイに会った事があるの?」
「うん。ダイアゴン横丁で……あっ」

ロンの不自然な態度に違和感を覚えたハリーは、不意に視界の端に映ったふわふわな栗色の髪にハーマイオニーの存在に気付き、慌てて立ちあがった。

「ごめん。何か用だった?」
「私、前の方まで行って運転手さんに聞いて来たの。もう間もなく着くんですって。
すぐにローブに着替えた方がいいわ」

ハーマイオニーはそこまで言うと、ちらりと席に座ったままのロンを見た。
ロンはしかめっ面をしたまま窓の外を睨んでいる。
外は既に暗くなっており、深い紫色の空の下にぼんやりと森や山が見えた。
確かに列車は徐々に速度を落としているようで、流れる景色がゆるやかになっている。

「…そこの子、ここじゃ着替えられないと思うから呼びに来たの。
良ければその―ー私のいるコンパートメントまで来ないかしらって。すぐそこなの」
「え…?もしかして、ソフィアが女の子って分かるの?」

ハリーが驚いた点はそこだった。
ソフィアはずっとマントを羽織り、フードまで被っているため周りから見れば性別の見分けがしにくいだろう。
「当たり前でしょ、声を聞けばそんなの分かるわよ」と、さも当然のように言うハーマイオニー。

「まぁコッチで着替えるかどうかは…あなたが良ければ、だけど」

ソフィアはハーマイオニーへと顔を向け、数秒してから立ち上がり、トランクからローブを引っ張り出しながらハリーとロンに声をかけた。

「……着替えたら、戻ってくるね」
「うん」

ハリーは「分かった」と言い、ロンの方は無言で頷いた。
ハーマイオニーはそんなロンを冷ややかに見ながら、コンパートメントの扉を閉めた。
完全に閉まりきる前、そう言えば、とどこかわざとらしく一度顔を覗かせると、とんとんと指の腹で鼻先をつつきながら小馬鹿にしたように言った。

「あなた、さっきから鼻に泥がついたままよ。気付いてた?」

閉ざされた扉の向こうで、ロンが何かを投げつける音が聞こえた気がした。

***

「全く、みんな子供なんだから。見た?狭い通路で駆け回ったり、杖を振り回したり。
当たって怪我でもしたらどうするのよ。危ないじゃない」

ぷりぷりと怒りながら前を歩くハーマイオニーを慌てて追いかける。
言い方は少々厳しいが、どうやらみんなを心配しての事だったようだ。

「新入生がはしゃぐ気持ちは分かるけど、上級生まで大声で騒ぎ散らして!」

ソフィアが先の方で賑やかにじゃれ合っている上級生をちらりと一瞥する。
するとハーマイオニーは突然振り向いた。
少し肩をビクつかせるソフィア。

「さっきも思ったけど、あなたってとっても落ち着いてるのね」
「……ごめんなさい」
「謝ることないわ。…さあ、着いた。ここよ」

ハーマイオニーがいたと言うコンパートメントに入ると、中には誰もおらず、一人分の荷物がぽつんと寂しげに隅の方へと押しやられていた。

「一緒になった子たちは、みんな他の友達の所へいったみたい。
丁度いいわ。彼女たちが話すのは、何て言うか……分からない事ばかりなんだもの」

どことなく悔しそうに頬染めたハーマイオニーは、気を取り直すようにトランクをまとめ始めた。
はみ出した荷物のほとんどが本で、ソフィアは素直に感心してため息を漏らす。

「……教科書、全部暗記してて…凄いね」
「だって、私魔法界については何も知らなかったんだもの。
スタートから出遅れてるの。これでもまだ充分だと思えないくらいよ」

その時、ハーマイオニーの耳が少しだけ赤いことに気づいた。

「…充分だと思う。私も、魔法界については……何も知らなった。
ロンが言っていたけど…ホグワーズはマグル生まれの子が多いって…だから、心配、ないんじゃない…かな…」

ハーマイオニーはソフィアの言葉に手を止め、驚いたように目を丸くした。

「じゃあ…あなたもマグルの家庭で育ったのね」
「…うん、でも私は施設育ちで、…家庭とは…ちょっと違うかも、しれない…」

ソフィアの言葉を聞いて、ハーマイオニーはしまった、という顔をした。
“施設で育つ”それは何らかの事情があるのだろう。

「…ご、ごめんなさい。私ったら、無神経なこと聞いて…」
「大丈夫、それよりごめんなさい…部屋を借りちゃって…」
「いいのよ!これぐらい!あと、これから何か困ったことがあったら…遠慮なく言ってね」

ハーマイオニーはソフィアに同情してか、それとも、同じ女ということで仲良くなろうとしているのか。
真意は分からないがソフィアはどんな理由にしろ、ハーマイオニーの言葉はとても嬉しかったのだ。

「確か、ソフィア・エムリスって言ったわね。
私のことはハーマイオニーでいいわ。…改めて、よろしくねソフィア」

手を差し出され、ソフィアは一瞬戸惑ったが、彼女は初めての握手に緊張しているのだ。
慎重に少し震えた手をハーマイオニーへ出す。
――その手はとても温かく感じた。

その後、ネビルと共に行くと言う彼女と別れ、ソフィアは元いたコンパートメントに戻る。
車内アナウンスがあと五分でホグワーツに着く事を告げたので、ハリー達は慌てて最後のお菓子をポケットに詰め込み、通路に溢れる生徒の群れに加わった。

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