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停車した列車から出た途端に忍び寄って来た夜の冷たい空気に、ハリーとソフィアはぶるりと身震いした。
微かに白い息をもらしながら辺りを見渡したハリーは、生徒でごった返す小さなホームの奥から見なれた姿がこちらに向かってくるのを見つけ、目を輝かせる。
しばらくすると、生徒たちの頭上をゆらゆらと揺れるランプが近付いて来た。
「ハグリッド!」
「ようハリーにソフィア、元気にしてたか?」
大きく頷くハリーと隣にいるソフィアに目を細めると、ハグリッドはすぐに生徒たちの先を歩いて一年生を誘導し始めた。
「さあ、ついてこいよ――あとイッチ年生はいないかな?
足元に気をつけろ。いいか! イッチ年生、ついてこい!」
ハグリッドが歩き始めると、滑ったりつまずいたりしながら、険しくて細い小道を続いて降りて行く。
右も左も真っ暗で、視界の悪さに思わず転びそうになるのを防ぐためにつま先に力を込めて歩いた。
「あなたの髪の毛、暗闇の中でキラキラ光っていてとっても綺麗だわ」
隣に並んで歩いていた少女が、ソフィアが歩くたびに波打って月の光を反射する髪を褒めた。
そういえば汽車の中で着替えたときからフードを被っていなかったとソフィアはそこで気づいた。
隠そうかと思ったが、純粋に褒められたことが嬉しかったのも事実だ。
金髪におさげ頭の彼女の名前を、ハンナ・アボットと言う。
その彼女に釣られてか、「私もさっきからずっとそう思っていたのよ」とハンナとよく似た外見の少女が、ハンナ越しにそう言った。
彼女は、肩にかかった一本の長い三つ編みを手の甲で背中に流しながら「スーザン・ボーンズよ」と名乗る。
黙々と歩く生徒たちの足音だけが聞こえる中で、二人の声はやけに響いた気がしたが、更に声が聞こえた。
「ほら、あの子だよ。僕がさっき話していた子さ。今誰かが彼女に話しかけてる!」
「シェーマス、人が多すぎてわからないよ」
「わからないだって?こんなに劣悪な視界の中でもはっきり見えるじゃないか。彼女の髪が少ない光に反射して光ってる」
声の内容でやはり悪目立ちしていることを知り、そそくさとローブについていたフードを深くかぶった。
その直後、「アレ?見えなくなった」と大きな驚く声に、ハンナとスーザンは苦笑いしていた。
「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ」
大男が振り返りながら言う。
「この角を曲がったらだ」
突然生徒たちがワーと一斉に歓声を上げた。
狭い小道が急に開け、大きな黒い湖のほとりに出る。
向こう岸に高い山がそびえ、そのてっぺんに壮大な城が見えた。
大小様々な塔が立ち並び、キラキラと輝く窓が星空に浮かび上がっている。
全員がボートに乗るとハグリッドの合図の元、全てのボートが一斉に動き出した。
ボートに乗ったほぼ全ての生徒が、ホグワーツの城を見上げていた。
近づくほどに圧倒的されるような、威厳さえ漂わせてそこに浮かぶ壮大な城をひたすら見つめていたハリーは、ここがこれから自分たちの家となるのだと妙な感動を覚えて身を震わせた。
***
ボートを降りたハリーたちはそのままハグリッドの後に続き城の扉をくぐると、一同は石造りの階段を登り、巨大な樫の木の扉の前に集まる。
扉の向こう側には、エメラルド色のローブを着た、ひっつめ髷を結った厳格そうな魔女が立っていた。
「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労さま、ハグリッド。ここからは私が案内しましょう」
マクゴナガルが更に扉を開けた先には玄関ホールがあった。
広々とした石壁が松明の炎に照らされ、天井は限りなく続く空のように高い。
正面には、壮大な大理石の階段が続いている。
入口の右手の扉からざわめきが聞こえ、この扉の奥で入学式が行われることは瞭然だ。
だが、新入生たちが集められた場所は、その扉の脇にある小部屋だった。
犇めき合った小部屋に、新入生が全員入りきるのを確認したマクゴナガルが杖を軽く振ると、一人でに扉が閉じる。
「ホグワーツ入学おめでとう」
挨拶を一つし、「まず初めに」とマクゴナガルが切り出した。
「新入生の歓迎会がまもなくはじまりますが、大広間の席に着く前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません」
寮の組み分けは、とある儀式で行われるようだった。
寮はグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンからなり、それぞれに輝かしい歴史がある。
実在した魔法使いが設立し、偉大な者達が卒業していった。
よい行いをすれば寮の得点となり、規則を違反した場合は寮の減点になる。
学年末には、最高得点の寮に寮杯が与えられる。
そこまでを一気に話すと、マクゴナガルは身なりを整えるように言い、大広間の様子を見に部屋を出て行った。
マクゴナガルが出て行ってから張り詰めていた空気が少しだけ緩んだようで、他の生徒たちからも徐々に話し声が聞こえてきた。
ハリーがふと先ほどからロンが一言も喋っていない事に気付き振り返ると、彼は真っ青な顔をして不安げにこちらを見た。
「ハリー、組分けの儀式ってすごく痛いんだって」
「…それ、誰に聞いたの?」
「フレッドだよ。きっといつもの冗談だとは思うけど……ああ、どうしよう緊張してきた」
ハリーはソフィアと顔を見合わせた。さすがにあの双子は抜かりがない。
周りでも皆、組分けの方法が分からなくて不安なのか、広間で一体どんな事をさせられるのだろうと囁き合っていた。
ハーマイオニーだけは何か試験があるとでも思ったようで、覚えた呪文を片っ端から呟いて復習している。
しかし魔法族の家に生まれた子も多いだろうに、なぜ皆知らないのだろう。
既にホグワーツへ通う兄弟がいたり、両親が卒業生の家などで話題になったりはしなかったのだろうか。
ハリーは再び緊張感に包まれ始めた部屋の中を見渡し、首を傾げた。
ドラコや取り巻きらしき数人が、不安がる他の生徒を意地悪く笑いながら見下している事には、残念ながらハリーは気付かなかった。
突如、部屋の隅から悲鳴があがり、生徒たちがざわめき出した。
その原因は部屋の壁からスルスルと通り抜けてきたゴースト達だ。
しかし、危害を加える様子は無く、新入生には見向きもせずに頭上を横切って、また壁を通り抜けて消えていった。
ホグワーツには、ゴーストまでいるのかとソフィアはゴーストたちが消えて行った、彼らには意味のなさない壁をぼんやりと眺める。
マクゴナガルが戻ってくると、新入生らは一斉にお喋りを止め、言われるがままに一列に並ぶ。
いよいよ大広間へ案内される時が来たのだ。