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 ホグズミード休日の翌日の日曜日、いつもより少しだけ遅い朝食を摂った後に大広間から出ると肩を人差し指でつん、と突かれた。振り返ると、クラムが僅かに右の口角を上げ小さく会釈をしてきたので、口元だけで笑顔を作る彼に「こんにちは」と微笑みを返す。玄関ホールに出て来るのを扉脇で待っていたようである。

 ソフィアは、どうしたの?と小首を傾げて背の高いクラムを見上げた。が、クラムは居心地が悪そうに周囲を落ち着きなく見回し、ソフィアの二の腕を大きな手で鷲掴みにして引っ張る。

 「別の場所に行こう」

 慌ただしく筋骨隆々の腕に力強く引かれたソフィアは、足がもつれて転びそうになったが、クラムが咄嗟に支えてくれたので玄関ホールの冷たい大理石に膝をつくことは無かった。二の腕を掴んだまま、片方の腕でしっかりとソフィアの腰を抱える二人の姿に、誰かがハッと息を呑んだり、悲鳴を上げたりする声が響く。それと同時に、いきなり目に沁みるほどの強烈な光が浴びせられ、ソフィアとクラムは眩しさでしばらく目が開けられなかった。

 「まぁー! なんということざんしょ! 世界的クィディッチプレーヤーである傍ら、ダームストラングの代表選手、ビクトール・クラムにはホグワーツにガールフレンドがいらしたざんす!」

 目を射った光の先には、ブロンドの女性がクラムとソフィアにカメラを向けていた。予期せず密着する体制になってしまったとはいえ、二人の間にロマンスなんてものは存在していないため、顔を突き合わせておかしな雰囲気に包まれるはずもない。目の奥に残るシャッターの光に双眼を細めたまま二人が離れると、女性が宝石をちりばめたメガネを真っ赤に塗られた爪で押し上げながら近付いて来る。

 「リータ・スキーターざんす。三大魔法学校対抗試合について、『日刊預言者新聞』に記事をのせていますわ。対抗相手という間柄が二人を燃え上がらせ、絆を強くする……なんてドラマチックなお二人ですこと」

 念入りにセットされた奇妙にかっちりしたカールのブロンドと同じ黄色の派手なローブに、ソフィアの目の奥がチカチカして眩暈まで引き起こしそうだった。

 「秘密の密会場所は? 船着き場のボートに隠れてデートを重ねているのかしら? そこのあなた、お話を聞かせてくださる?」

 リータは、ワニ革ハンドバックから自動速記羽ペンを取り出して詰め寄って来て、ソフィアは彼女の迫力に思わず後退りをしてしまった。休暇中、シャックルボルト家でリータ・スキーターという記者がどんな人間なのかを聞いていたソフィアは、表情を強張らせる。彼女について話だけは聞いていたけれど、ソフィアは実際に会ったことも無かったし、被害を被ったことも無かったので特に気も止めていなかった……ハリーの記事が出るまでは。

 一言でも口にすれば、あっという間にあることないこと脚色されて、先ほどクラムと密着していた写真と共に記事が出てしまうかもしれない。きっと見出しは『クラム、対戦校ホグワーツの女子生徒と禁断の恋』。そんなことになっては、好寄の目が集まってクラムが試練に集中できなくなってしまうだろう。それは避けなければと否定するために後退した足を一歩踏み出したが、クラムの方が早かった。

 「彼女とヴァ、友達だ」

 リータを見下ろし、クラムが短く言い放った。そしてそのままクラムに腕を取られ、半ば引き摺られるようにしてソフィアは連れられて行く。
 その後ろ姿を、騒ぎを聞きつけて大広間から出てきたセドリックが見ているとも知らずに。

 ***

 動揺もせず、サラッとリータに受け応えるのはさすがだ。クィディッチ・プレーヤーとしてインタビュー慣れしているのだろう。けれど、女の子達の視線を疎ましく思っているのは少しだけ意外だった。それを知ったのは、クラムが階段を上りながら時折背後を振り返って、取り巻きの女の子たちがついて来ているのを見て眉間に皺を寄せ、歩く速度を上げたからだ。それでも女の子たちは、二人が階段を駆け上って行く後ろをずっとついて来ていた。

 クラムが「別の場所」に選んだのは、図書館だった。机に本を何冊も積んだハリーとハーマイオニーが並んで座っていて、クラムに連れられてきたソフィアの姿を見て瞠目していた。二人が図書館に入ると当然女の子達も入って来たが、離れた位置の本棚に隠れてこちらの様子を伺っているだけだったので、声を落とせば充分お互いだけに聞こえる。

 「ソフィアに、聞きたいことがある」
 「…どうしたの?」
 「あの机に座っている女の子とヴァ、友達なのか?」

 がたいのいい上半身を屈め、耳元に囁かれた。クラムの視線は、唖然と口を開いてこちらを凝視しているハリーと同じ表情をしているハーマイオニーへ注がれている。

 普段の朴訥な彼の見る影も無く、よそよそしくてどこか緊張していて、乾いて骨ばった指先をこすり合わせたり、握り拳を作ったり解いたりを繰り返していた。瞬きも心なしか早い。

 「ハーマイオニーのこと? 私の親友よ」
 「彼女ヴァ、ハーミィー、オニーという名前?」
 「そうよ、ハーマイオニー。ハーマイオニーがどうかしたの?」

 ソフィアは、ハリーとハーマイオニーに目を向け、二人に小さく手を振りながらクラムに質問を返す。ハリーとハーマイオニーは我に返ったのか、ハッとして小刻みに首を左右に振ってヒラヒラ手を振ってくれた。しかし、彼らの顔は驚きに固まったままだ。

 「彼女の隣にいるのヴァ、恋人?」
 「え、ハリーのこと…?ち、違うわ。ハーマイオニーに恋人はいないもの。ハリーは、ハーマイオニーの親友。もう一人ロン・ウィーズリーっていう赤毛で背の高い子もいるんだけど、今は少し――――クラム?」

 ソフィアは、クラムを見上げた。ハーマイオニーに恋人はいないと言った途端、クラムは子どものように無垢な顔で微笑んだ。そして熱烈な眼差しで彼女を見つめ、そこから目が離せないというようにうっとりしている。まるで獰猛な孟獲類が手懐けられたみたいだったし、箒に跨ってクィディッチをプレイしている時の彼とは全く異なる姿に、ソフィアは吃驚した。例えクラムが世界的に有名なクィディッチ・プレーヤーだとしても、ダームストラングの代表選手だったとしても、中身は至って普通の青年なのである。それが微笑ましかったし、親近感も湧いた。

 「彼女が、ここにいるのをよく見かける。彼女ヴァ、本が好きなのか?」
 「そうよ。きっとホグワーツを卒業する頃には、ここにある本を全て読み終わっているかも。ハーマイオニーはね、とても頭が良くて――」
 「可愛い子だ。彼女ヴァ、頭が良いだけじゃなくて、美人だ」

 クラムは、ハーマイオニーを気にかけていた。まだ恋と呼ぶには少し早すぎるかもしれないが、恋心と呼べるようになるまで時間はあまりかからないだろう。口数の少なさや容姿から誤解を招きがちだけれど、クラムとハーマイオニーが言葉を交わすような関係になれば、きっと早い時期に二人は親しくなる予感がした。

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