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「あ、あの…、ダンスパーティーのことなんだけど…」
夕食のために階段を下りながら、ソフィアはおずおず切り出した。あの後、ラベンダー達に背中を押されたのだ。
―――「いい?こういうときは流れで誘うのよ!」「ソフィアなんかは特にね。恥ずかしがりだし」「それとなくダンスパーティーの話題を出して、それとなくハリーを誘うの!」
(それとなく…自然と…)
ソフィアは意を決して話を切り出そうかとしたが、その前にハリーの言葉が被ってしまった。
「気が重いよ、すっごく」
「…ど、どうして?」
「ハリーは一曲目に踊るんだと。代表選手四人とそのパートナーだけで」
「…そうなの…」
「みんな絶対、僕を見るよ…。ダンスなんて踊ったこと一度もない…。僕は、僕は――」
ハリーが頭を抱えてうずくまりそうになると、ハーマイオニーが背中を叩いてハリーをしゃんと立たせた。
「しかもパートナーを見つけなきゃいけない…」
ハリーはうじうじ言った。ようやくソフィアが出したかった話題が戻ってきた。
「あ、あのね、その話なんだけど…」
「二人とも聞いてやれよ。どうやらハリーは誘いたい子がいるらしいぜ」
ロンはソフィアの考えをお見通しだったようだ。ハリーをからかうようににやにや言って、ハリーのわき腹を肘で小突く。恐らくロンはただ単にハリーをからかいたかっただけだ。しかし、今のソフィアにはそれは爆弾が投下されたも同じだった。
「ロン!ちょっとバカ…っ!」
ソフィアの心情をよく理解しているハーマイオニーは、直ぐに彼女を庇おうとロンの頭をはたきソフィアの隣に立つ。
「いきなり何すんだよ!…ったく」
ロンが驚愕の表情でハーマイオニーに怒鳴りつけてきたが、それを全く耳に入れずハーマイオニーは放心状態のソフィアを連れてその場を離れて行った。
「…本当に何なんだ?あの2人」
「さぁ?」
男の子が二人廊下に残ったまま、同じように首を傾げていた。
談話室に戻り、部屋に入ってからハーマイオニーはソフィアを静かにベッドに座らせた。ここに来るまでの間も、ソフィアは一言も喋らずただ無表情だった。
「ソフィア…気にすることないわ。ロンはただハリーをからおうとして、あんなこと言っただけよ。そんなに意味なんてないわ」
ハーマイオニーは優しく喋りかけ、ずっとソフィアの肩に手を置いてくれている。やがてソフィアはゆっくりと口を開いた。
「……やっぱり、黒髪がいいのかな」
「え?」
「黒髪で黒目の…」
「チョウにはチョウの、あなたにはあなたの魅力があるわ!」
どうやらハーマイオニーはソフィアの考えていることを全て見透かしているようだ。ハリーが最近、レイブンクローのチョウ・チャンに惹かれてきていることや、そのことにいつもソフィアが心を痛めて、自分とチョウを比較してしまうこと。
「でも…私の髪…フラーより少し色素が薄いし…気味が悪いってマグルの子は言うわ」
「私もマグル育ちよ!でも、そんなこと一度も思ったことないわ!」
ハーマイオニーに励まされても、ソフィアはやはり気にしてしまうようだ。しかし、これではまるで一年生のときのソフィアに戻ってしまったように見える。あの時の彼女は自分の容姿を酷く嫌い、フードですっぽり顔を隠していた。
「ソフィア…あのね、私、ホグワーズ特急で、あなたが初めて素顔を見せてくれた時を今でも忘れてないわ。とっても綺麗で、まるで宝石みたいって本当に思ったのよ?」
ハーマイオニーの言う通りだ。ヴィーラの混血のソフィアは、例え「目眩まし」がかかっていたとしてもその美貌は群を抜いている。その後も、ハーマイオニーは続けた。いつもハリーやロンは一緒だから、ソフィアの魅力をちゃんと分かっていない。寧ろ「慣れて」しまっていると言う。他の男性がソフィアを一目見たら、それだけで心奪われるようなものだと。
「それにソフィアの魅力の一番は、心がとても綺麗なことよ。いつも友達思いのあなたを、ハリー達が知らない筈ないじゃない。だから自身を持って、自分をそんなに卑下に見ちゃだめよ。いい?」
こういうとき、親友の彼女がいてくれると本当に嬉しい。自分が今欲しい言葉をちゃんと分かってくれている。
「とりあえず、まだダンスパーティーまで時間はあるし、彼等が私達のことに“気づいて”誘ってくれるのを待ちましょう」
「うん………え?」
それを聞いて頷くソフィア。しかし、引っかかることがあった。
「『彼等』…『私達』って…もしかして、ハーマイオニー…」
「…いえっ、私には関係がないことだけどっ」
何かをごまかすように教科書を読み始めようとするハーマイオニーだったが、その頬には確かに朱が指していた。