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クリスマスの朝、ソフィアは目を閉じたままじっとベッドに横臥していた。頭はしっかり覚醒し、意識もはっきりしている。湖に差し込む太陽の光が、明かりの消された寝室を照らす。淡く優しい透き通った光が窓から入り込んでくるのを、瞼の裏で感じていた。

 穏やかに上下する胸、指先に感じる滑らかなシーツ、少し冷えた足先、ベッドに花弁のように広がる絹糸のような白銀の髪。全身の感覚を研ぎ澄ませ、ソフィアに与えられる刺激の一つ一つを確かめていた。そこに顔があって、そこに手があって、背中があって、足がある。全てソフィアの体の一部なのに、他人の体のようにずっしり重たい。眠りたくないけれど、このまま眠ってしまいそうだとソフィアは思った。

「あ……」

 足元にプレゼントの山が出来ているの見つけ、上半身を屈めてプレゼントを一つずつ拾ってはベッドの上に乗せた。山の一番下にあったのは、平べったい大きな正方形の箱と、やや厚みのある長方形の箱だった。どちらの箱も色は白で黒いレースのリボンがかけられており、箱の裏側にはインクに浸した犬の手形が押されている。これが誰から贈られてきたのか、ソフィアはすぐに把握した。平べったい正方形の箱のリボンを解き、蓋を開けると薄紙の上に手紙が添えられていた。

 「親愛なる、ソフィアへ……パッドフットより」

 寝起きの掠れた声で読み上げ、手紙の封を切って中身を読んだ。

 ――メリークリスマス、ソフィア。

 約束のドレスローブを君に贈ろう。コサージュもつけようか迷ったが、それはお前を誘った男から貰えるだろうからやめておいた。代わりにドレスに合う靴を用意した。きっと君にとても似合うだろうが、一つだけ忠告させてもらいたい。そのコサージュがお前の瞳の色やドレスとあっていたとしても、馬鹿みたいにでかいヤツを贈ってきた男をボーイフレンドにするのは勧めない。そいつのセンスは皆無だろうからな。最低ラインは、お前の顔より小さければ良い。主役は花じゃなくお前だ。

 追伸、ソフィアがダンスパーティを楽しめるように祈っている。意外な場所からな。そう遠くない所かもしれない――

 シリウスからの手紙に、ソフィアは頬を緩めた。第一の課題のことや、ハリーのことが一言も書かれていなかったのは、ドレスに添える手紙の一文には相応しくないと彼が気を配ってくれたのだろう。ソフィアは、ドレスが包まれているであろう薄紙にはまだ手を付けず、靴が入っている長方形の箱から開けてみることにした。

 同じように黒レースのリボンを解いて上蓋を外すと、ふわふわとした綿毛や白い鳥の羽がクッション代わりに敷き詰められ、どこまでも透き通る透明なガラスの靴を優しく包み込んでいた。シンプルだが、ソフィアの白い足先をより美しく見せるための繊細で儚い細工が施された素晴らしい靴だ。光に透かすと、様々な角度で眩いほどにキラキラと七色に煌めく。ベッドの上に座り込み、華奢な手指でガラスの靴を眺めているソフィアの姿は、まるでステンドグラスに描かれた絵画のようで、見た者をハッとさせる雰囲気があった。

 なんて素敵なガラスの靴を贈ってくれたんだろう……ソフィアは、目利きがいいと自負していたシリウスのセンスにうっとりしていた。履くのが勿体ないくらい、いつまでの手に取ってこうして眺めていたい。煌めくガラスのつるりとした感触を楽しみつつ、ドレスへの期待が高まり、名残惜しく思いながら丁寧に靴を箱へ戻した。

 九月からずっと楽しみにしていた待望のドレスが入っている箱へ、ソフィアは再び手を付ける。心臓が激しく拍動して、包みを開くのに妙に緊張していた。そっと薄紙を開きながらベッドから降りて立ち、ドレスを箱から取り出して体に当てる。左手で胸元を抑え、右手でスカートの裾を広げて思った――全身を鏡で見てみたい。

 「綺麗」よりも「素敵」よりも、もっと最上級の、ソフィアが知っている以上の言葉が必要だった。こんなに素晴らしいドレスを贈られて、ソフィアはどれだけシリウスに礼を述べても、一生述べ続けても足りないとさえ思うほど、ドレスから放たれる銀色の輝きはソフィアを美しく包み込んだ。

 ***

 一週間前から、ボーバトンとダームストラングの客人をもてなそうと、ホグワーツの教職員は城を飾りつけてきたが、クリスマスを迎えた今日は、今まで生徒達が見てきたホグワーツでも最高に素晴らしい城内になっている。大理石の手すりには万年氷の氷柱が下がっていたし、十二本のクリスマスツリーがいつものように大広間に並び、飾りは赤く輝くヒイラギの実から、本物のホ―ホー鳴く金色のふくろうまで、全ての飾りを把握するのはとても難しい。全部の鎧兜には魔法がかけられ、誰かがそばを通る度にクリスマス・キャロルを歌う。

 朝食もクリスマス一色だった。さすがに朝から七面鳥は並んでいなかったが、星を模ったクリスマス風のミンスパイやツリー型のクッキーに、クリベッジの魔法クラッカー、クリスマス・プディング。ソフィアが座ると、下からドビーとティミードからのクリスマスカードも一緒に湧き上がってきた。ティミードからは、クリスマスの挨拶と「ウィンキーは相変わらず泣き暮らしております」の一言添えられていた。ドビーは、ハリーへ手編みの靴下をプレゼントするため、お給料を全て毛糸に使ってしまったので、ソフィアへのプレゼントが用意できなかったことを詫びていた。

 まっさらな銀世界に尚もはらはらと降り続ける粉雪を眺めながら、四人は午後まで大広間に残っておしゃべりしていた。今日はダンスパーティでご馳走が出るので、午後のクリスマス・ティーは無かったが、ドレスを着る前にお腹が膨れてしまうといけなかったので、寧ろありがたい。五時になると、女の子たちが一斉に寮へ大移動を始めたので、ソフィア達も寮に戻ってパーティの支度をすることにした。玄関ホールには、女の子たちがはしゃぎながら各寮へ帰って行く姿で溢れている。大渋滞に並んでいると、肩に誰かの手が置かれた。

 「メリークリスマス、ソフィア。良い夕べになりそうじゃのう」
 「ダンブルドア先生…! メリークリスマス」

 振り返ると、女の子たちの群れから頭が一つも二つも飛び抜けた位置にあるダンブルドアが、白髭に埋まっている口元をにっこりさせていた。ダンブルドアは、ベロア生地のモスグリーンのローブを着ている。上半身を屈めてソフィアの耳元に顔を下す動作に、金の糸であちこちに刺繍された星がチカチカ光った。

 「実はのう、わしから君にささやかな贈り物があるのじゃが、受け取ってもらえるかな?」
 「嬉しいです。…でも、私はダンブルドア先生に何も贈り物を用意していないのに、いいんですか…?」

 わざわざ出向いてまで言いに来てくれたことや、予想もしていなかった新しい贈り物にソフィアは吃驚して僅かに瞠目する。ダンブルドアの心遣いはとても嬉しかったが、貰ってばかりで今からではカードの一枚さえ作れない。しかし、ダンブルドアは彼女から贈り物を望んでいるのでは無く、ちっとも彼女からプレゼントを貰うつもりもないのだ。

 「よいのじゃ。ソフィア。たった今、君のその優しい気持ちをわしは頂いたからのう。支度が済み次第、誰にも見られないようにこれを使ってわしの部屋まで来るのじゃ」

 ダンブルドアは、ソフィアの控えめで、まめやかな気遣いを自然に振る舞える部分や、上品な奥ゆかしい一面をとても気に入っていた。だからこそ、個人的に彼女にプレゼントを贈りたい……という訳でも無い。この盛大な催しが行われる聖なる夜だからこそ、贈りたいものがあったのだ。ダンブルドアが考えているのは、本当に些細な、けれど今夜のソフィアにはとても大きな意味のある贈り物である。一握りの煙突飛行粉を握らせ、茶目っ気にウィンクをすると、ダンブルドアは体を横にしてするすると女子学生たちの間を縫うように、氷柱のぶら下がる階段を上がって行った。

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