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 「よく来たのう、ソフィア。お入り」

 ぐにゃりと歪んだ視界がはっきりしてきた。校長室の暖炉に足の裏を着けたソフィアの前に、ダンブルドアが歳の数だけ皺の刻まれた掌を差し出してくれた。その手を取って暖炉を潜り出ると、ダンブルドアの部屋には妖精が数匹放たれていて、天井の辺りで戯れていた色とりどりの妖精たちが煌めきながらソフィアの周りを飛び交う。歓迎してくれているみたいに飛び回る妖精を顔を動かして見ていると、やがてまた天井へ羽根を羽ばたかせ、吊されているランプを揺らして遊び始めた。

 「素敵な装いじゃ」
 「ありがとうございます」

 肩を竦めて微笑むと、ダンブルドアはにこりとしてソフィアの手を離す。

 「しかし、本来のきみはもっと美しくあるべきなのじゃ。分かるね? ソフィア」
 「……? いいえ、何のことでしょうか? どこか可笑しなところがありますか?」
 「そうではない。『本当』のきみの姿のことじゃよ、ソフィア」

 ソフィアは、顔や体を手で触りながら姿見を探したが、ダンブルドアが目の前に手を翳して首を振ったので、首を傾げた。ダンブルドアがブルーの双眼を悪戯に瞬かせながら懐から杖を出すと、ソフィアの旋毛に杖先が優しく当てられ、ソフィアは反射的に目を閉じた。

 「今夜は特別な夜じゃ。特別な装いをするのなら、特別なソフィア自身でなければのう」

 頭の上で杖が振るわれ、ソフィアは頭から足先に向かって身体に熱いものが流れるような感覚を覚える。じんわりと体に広がった熱が徐々に引いて行き、ソフィアは怖々目を開く。掌を見て、翻して、手の甲を見る。最後に手をぎゅっと握りしめて、ダンブルドアを見上げた。『目眩まし魔法』が解かれたことを理解したソフィアの葡萄色の瞳は、驚きで大きく見開かれている。まるで、長年石像にされていた人間の呪いが解かれたように、ソフィアを覆っていた透明な膜が剥がされた。変わりに、隠されていた天使のような清らかさが剥き出しになり、その眩さにダンブルドアは目を細める。まるで夢の中の住人のような儚さ、見る者を強烈に惹き付け、罪を罪とも思わせない美しさだった。

 「いいんですか?」
 「わしからソフィアへの、細やかな贈り物じゃ。しかし、その姿でいられるのは期限がある……今夜の十二時、パーティが終わると共に、ソフィアは再び透明な殻に包まれなければならぬのじゃ。分かってくれるかね?」
 「はい、ダンブルドア先生。ありがとうございます」

 花が咲くように微笑んだソフィアを、ダンブルドアは酷く愛おしそうに見つめ、そっと抱き寄せた。露出された滑らかな少女の肩を撫でる手があまりにも優しい。ソフィアも安心して身を任せ、ダンブルドアの細い背中を抱きしめた。

 とても嬉しかったのだ。『目眩まし』をかけられたソフィアの姿に見慣れている友人達に、いつか本当の、今この姿のソフィアを忘れられてしまうのでは無いかと、不安に思うことがあった。いつの日か、ダンブルドアはソフィアにこう言ったことがある。

 『君にとある魔法をかけた。そしてその魔法は、これから先も解いてはならん――時がくるまでは』

 『その時』が来たとき、「本当のソフィア」を見た人達が、「本当のソフィア」をソフィアだと気付いてくれなかったらと、一人孤独を感じた時もあったのである。自分でさえも見られない本来の姿に、自分が自分で分からなくなる瞬間もあった。だからソフィアは、久しぶりに自分に会えた気がして嬉しかった。

 「さあ、もうお帰り。友人が君を待っているじゃろう」

 『目眩まし魔法』が解かれた、本当の姿を露わにしたソフィアは、自分がどれほど輝くばかりの姿をしているのかも気付かずに、再び暖炉を使ってグリフィンドール寮へ戻って行った。

 ***

 一方でハリー、ロン、シューマス、ディーン、ネビルは、寝室でドレスローブに着替えた。 皆んな自意識過剰になって照れていたが、一番意識していたのはロンだった。部屋の隅の姿見に映る自分の姿を眺めて呆然としている。どうしても、ロンのドレス・ローブが女性のドレスに見えてしまうということは、事実だったのだ。少しでも男っぽく見せようと躍起になって、ロンは襟と袖口のレースに『切断の呪文』をかけた。これがかなり上手くいって、少なくともロンは『レースなし』の姿になれた。 ただし、呪文の詰めが甘く、襟や袖ロが惨めに擦り切れたようになってしまったのだが、皆と階下に降りて行ける状態になったらしい。談話室は、いつもの黒い上衣の群れではなく、色とりどりの服装で溢れ返り、いつもとは様子が違って見えた。

 パーバティは、階段下でハリーを待っていた。とても可愛い、ショッキング・ピンクのパーティドレスに、長い黒髪を三つ編みにして金の糸を編み込み、両方の手首には金のブレスレットが輝いていた。

 「君…あの…素敵だよ」

 ハリーはぎこちなく褒める。「ありがとう」パーバティが笑う。それから、「パドマが玄関ホールで待ってるわ」と、ロンに言った。

 「分かったよ」

 そう言いながらも、ロンは辺りを見渡す。

 「ハーマイオニーは、どこだ?」

 パーバティは、肩をすくめた。すると、丁度そこへマクゴナガル先生の声が響いてきた。 

 「代表選手はこちらへ!」

 先生は代表選手に向かって、ほかの生徒が全部入場するまで、ドアの脇で待つようにと指示ていた。代表選手は、生徒が全部着席してから列を作って大広間に入場することになっていたらしい。フラー・デラクールとロジャー・デイビスは、ドアに一番近いところに陣取っている。デイビスは、フラーをパートナーに出来た幸運に酔っているようで、目がフラーに釘づけになっていた。セドリックとチョウも、ハリーの近くにいた。ハリーは、二人と話をしないで済むように極力目を逸らすよう心掛けた。その視線が、ふとクラムの隣りに居る女の子を捉え、ハリーの口があんぐり開いた。美しい少女に変身したハーマイオニーだったのだ。

 「ハァイ、ハリー、パーバティ」

 どうして、いままで気づかなかったのか、ハリーには分からなかった。パーバティも、あからさまに信じられないという顔で、ハーマイオニーを見つめていた。

―――ざわ…っ、
 すると、その時急に階段の方がやけに騒がしくなった。まだ大広間へ入場していない生徒達が、それぞれ何かを喋り、様々な言葉が彷徨っている。

 「どうしたのかしら?」
 「さぁ…」

 よく見ると全員がある一点を見つめている。ハリーも目をこらして、その方向へ視線を向ける。
 遠くでぼんやりと暗闇をはじき返す光が灯っているのが見えて、ハリーは双眼を細めて良く見ようとした。

 ルーモスにしては、光が大きく強烈だ。では、何だ?

 「――!」

 全貌が明らかになった瞬間、ハリーは細めた目を勢いよく瞠目させ、息を呑んだ。少女だ――ソフィア・エムリスだ。しかし、スネイプが普段知る寮カラ―のネクタイを締め、制服とローブを身に纏うソフィアでは無かった。否、ダンスパーティに参加するための身なりをしているからでは無く、ソフィアそのものが違うのである。

 両手でドレスのスカートを軽く持ち上げ、ガラスの靴を履いた白く華奢な足をさらしたまま、こちらに向かって来た。

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