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「こんばんは。ハーマイオニー、パーバティ、……ハリーも」

 遠目からルームメイトたちを見つけ声をかけてきたらしく、彼女のそっと柔らかな呼びかけが石壁に深く反響し、鼓膜を震わせる。華やかに澄んだ声さえも、いつもの彼女の声とは違った響きを含み、吐き出された湿った息とともに体内に潜り込んでくるような感覚がした。

 近くまで来て足を止め、美しく潤んだ葡萄色の虹彩が見上げて来る。息を呑んだまま呼吸を忘れていたハリーの唇から、微かに揺らいだ吐息が零れた。現実を超越した美しさに、心臓が圧倒に震える。

 艶やかで長い白銀の髪は、上品でクラシカルなクラウンブレイドにきっちり編み込まれ、いつもは隠れているピアス穴の開いていない綺麗な耳や、白雪のようなうなじをすっきりと見せていた。Aラインのシルバードレスは、ソフィアの幻想的な儚さをあまりにも引き出しすぎている。そして、折れそうなほど華奢な白い首からなだらかなラインで降りて来る肩、形の良い鎖骨を露出したスクエアネックノースリーブ。

 上半身には、ヴィンテージライクのシルバーやパールビジューが繊細に、たっぷりとしたレース模様を描いてビーディングされている。胸の中心にはゴテッとした大きなダイアモンドが光っていたが、くすみのある生地のおかげでそのどれもが派手すぎず、どこまでも上品だった。

 くすんだ銀色は、細くしまったウエスト部分から切り替えされていた。ガラスの靴を履いた足先まで広がるスカートは、シルク素材の光沢を放つ。その上に砕いたダイアモンドが織り込まれた薄いチュールが重ねられ、光に透けると淡い白に変わり、翻せば神秘的な煌めきを放つ、魔法のようなドレスだ。
 それら全てがソフィアの美貌として付け足され、今の彼女はまるで絵から飛び出てきた女神だった。
 
 「じゃあ…また、後でね」

 控えめに頭を下げた美しい少女は、再び慎ましくスカートの裾を両手で持ち上げ、玄関ホールへと歩いていった。

 「綺麗でしょ?ソフィアは」
 「あぁ…とっても綺麗だ」

 ソフィアが去った後、パーバティがさり気なく言うと、ハリーも続けてそう言った。まるでもうソフィアしか目に入ってこないかのように、全く視線を逸らさない。
 しかし、次の瞬間。ハリーは雷に打たれたかのような衝撃の光景を目にした。
 ―――なんとソフィアの相手は、スリザリン寮所属でハリーの天敵でもある

 ドラコ・マルフォイだったのだ。

 ソフィアの隣に立ち、黒いビロードの詰襟上衣(ローブ)を着たドラコ。やがて二人は少し話をすると、ソフィアが彼の腕に手を絡めて大広間へと向かった。
 それを見ていた周りの生徒達は驚愕の眼差しを二人に向けるが、当の本人たちは全く気にしていないようで優雅に歩いて行った。

 ***

 玄関ホールに出る扉を開き、寮とは異なる光で溢れる空間へと、ソフィアはガラスの靴を履いた足で踏み入った。ドレスアップをして、尚且つ『目眩まし』まで解いた状態で人前に出るのは、年月を跨いでのことだったので、少し緊張して心臓がドキドキ跳ねている。

 玄関ホールは、大広間のドアが解放される八時を待つ生徒達でごった返している。自分と違う寮のパートナーと組む生徒は、お互いを探して人混みの中をウロウロしていた。ソフィアも、身体を横にして色とりどりの綺麗なドレスの裾を踏まないように気を付けながら、マルフォイを探す。

 すると不思議なことに、ソフィアが通り抜ける場所に不自然な道が出来た。男女問わず、みなソフィアがそばを通り過ぎると、目をギョッと皿のように見開いて凝視している。口をあんぐり開き、魂を抜かれたように唖然としている人もいた。注視される恥ずかしさに頬を僅かに染め、まだ『目眩まし』をかけられていなかった一年生の頃を思い出す。あの時も、こんな風に一身に目という目が全て自分に向けられていた。そんなに剥き出しの自分の姿は強烈なのだろうか? とソフィアは顔を伏せる。魔法を解いてもらって嬉しかったのに、これではまた別の、注目される魔法にかけられたみたいだ。

 ダンスパーティ会場をここまで揺るがすことになろうとは、はっきり言って想像もしていなかった。ソフィアの光の粒となって天に昇ってしまいそうな危うい儚さは、波紋のように玄関ホールへ広がり、「あの子は誰?」と生徒たちがざわつく。あの子をパートナーに射止めた男子学生は、一体誰なんだろう? そんな純粋な疑問さえも広がって、マルフォイを見つけたソフィアの後ろには、地下へ続く扉から曲がりくねった道が出来あがり、その道から興味津々にいくつもの顔が突き出していた。

 「こんばんは、マルフォイ…」
 「お前、…ソフィア・エムリスなのか?」

 マルフォイは初め他の生徒達と同じような顔をして茫然としていた。「そうよ」ソフィアは、肩を竦めて頷く。やはり、いつもと違う見慣れない姿で急に現れられても困惑してしまうのだろう。
 それからハッと我に返ったマルフォイが無言で差し出した前腕に、ソフィアも同じく無言で腕を絡めた。
 
 正面玄関の樫の扉が開いた。ダームストラングの生徒が、カルカロフ校長と一緒に入ってくるのをみんなが振り返って見た。

 「代表選手はこちらへ!」

 マクゴナガルの声が玄関ホールに響くと、代表選手たちが大広間の扉脇まで移動していく。代表選手は最後に大広間に入る指示が出て、マクゴナガルは他の生徒達を大広間へ誘導し始める。赤いタータンチェックのパーティローブを着て、帽子の縁に見栄えの悪いアザミの花輪を飾っているマクゴナガルの横を通り過ぎながら、ソフィアは代表選手たちへ視線を向けた。クラムのパートナーであるハーマイオニーからは驚くような眼で見られていたし、レイブンクローのロジャー・デイビースに熱っぽく見つめられているフラーからは、投げキスが送られた。そしてハリーは同じ寮のパーバティを連れていて、セオドールと一緒に大広間へ入って行くソフィアを、やはり信じられないものを見るかのような目つきで注視していた。

 知り合いの代表選手たちにソフィアも手を振ったり、会釈をしたりしながらアイコンタクトを交わしていたが、パーバティを連れたハリーとだけは目が合わせられなかった。マルフォイの腕を掴む力を強くし、彼の陰に隠れるようにしてダンスパーティの準備が整えられた大広間へ入った。

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