17

 その夜、ソフィアは何度も目を覚ました。ハリーのことが気になってしまって、一向に眠れる気配がない。金色のオルゴールを使っても良かったが、ひょっとしたらハリーもまた自分のベッドで思い悩んでいるかもしれないと思うと、彼にこそオルゴールを渡したかった。
 四本柱のベッドのカーテンの隙間から、寮塔の窓の外を雪がちらつき始めたのを眺めながら、ソフィアは起き上がった。時計はまだ朝の三時をゆっくり刻んでいた。ソフィアは一日を後悔した。決闘クラブなんて行くんじゃなかった。ハリーがセブルスに指名される前に、自分が名乗りを挙げればよかった。セブルスを止めれば良かった、自分ならできたかもしれないのに。

 「寒い……」

 ぶるっと身震いをして、ソフィアはガウンの上に毛布をかぶって、そうっと女子寮を抜け出した。談話室の暖炉の火はもう随分、小さくなっていて、今にも消え入りそうだった。わずかな火種に手をかざして、暖を取ろうとソフィアは丸くなって考えこんだ。

 「……ソフィア?」

 その時、背後から声がした。誰の声かなんてすぐにわかる。ソフィアは振り返って、努めて優しい笑顔を浮かべた。

 「…まだ、起きてたの?ハリー」
 「物音がしたから……君じゃないかって、そう思って」

 予想外のハリーの言葉に、ソフィアは少し目を丸くした。そして隣にハリーが暖を取れるだけのスペースを空けて、一緒に座ることを促した。ハリーは遠慮がちに隣に座った。彼はガウンも何も身につけていなかった。

 「寒くないの?」
 「ちょっとね。でも、平気」

 ソフィアは自分がかぶっていた毛布をハリーの肩にかけてやった。驚いたように目を見張ったハリーだが、少しだけはにかんだ。それから毛布を広げて、半分をソフィアの肩にかぶせて、もう半分を自分の肩にかぶり直した。二人の距離がうんと近づいて、自分でやったこととは言えソフィアの心臓は鼓動が早まるばかりだ。
 
 「ねえ、ソフィア」
 「…?」
 「君は、僕がスリザリンの子孫だって、そう思う?僕がヘビと話せること、不気味だって思ったよね?」

 ソフィアはちらちらと燃えている火をじっと見つめていた。ハリーも同じように、ぼんやりしていた。左にハリーの体温があたってとても暖かかった。

 「ううん…不気味だなんて、思ってないよ。ハリーがジャスティンを助けたのは、事実でしょう?」

 ハリーはソフィアをじっと見つめた。「嘆きのマートル」のトイレの小部屋より、ずっと近くにいるのに、今度は全く緊張しなかった。ソフィアの澄んだ葡萄色の瞳は、暖炉の火に照らされてキラキラ光って見えた。ふと、誰にも話したことのない秘密を――ソフィアになら話そうと、ハリーは決心した。

 「あのね、ソフィア。今まで黙ってたんだけど、僕、一年生の組分けの時、帽子に最初グリフィンドールじゃなくて、スリザリンに入れられそうになったんだ」

 ハリーはソフィアからどんな反応が返ってくるだろうと思った。けれど、ソフィアからは何の反応もなく、むしろ何かを考えこんでいるようだった。ソフィアはにこりとハリーと目を合わせ、優しく頷いた。

 「あのね、ハリー。私も今まで黙ってたんだけど、…私、実を言うとスリザリンを嫌ってはいないんだ。確かにマルフォイはハリーに対して酷いことを言ってくる…闇の魔法使いも出してる…でも――彼らだけがスリザリンではないでしょう?」

 そもそもハリーのスリザリンに対する嫌な印象は、スリザリンが多くの闇の魔法使いや魔女を輩出した寮であること、そして寮監のセブルス・スネイプや、ドラコ・マルフォイなどの影響が大きい。でも何もスリザリンの生徒が全員、闇の魔法使いになると決まっているわけではない。彼らは一人一人個性があって、みんな違っている。

 「だから私は…ハリーがスリザリンの子孫でも気にしないよ。寧ろ…どっちでもいいの」
 「……うん」

 ハリーは随分気持ちが楽になった気がした。しかし、不安なことはまだまだ尽きなかった。

 「ジャスティンには誤解されちゃった。僕、ほんとにヘビをけしかけようなんて――」
 「うん。それはロンもハーマイオニーもわかってるから。…ジャスティンにもちゃんと、説明すればわかってくれるよ」

 明日の薬草学はハッフルパフと合同授業だ。ハリーはその時言おうと決意した。ソフィアとハリーはそれから明け方までずっと暖炉の前で一緒にいた。何の話をしていたかなんて覚えていないくらい、今日の決闘クラブのことや、ポリジュース薬のことも忘れるくらい、他愛のない会話を楽しんで、気がつけばお互いに寄り添って眠っていた。

 ***

 翌朝、前夜に降り出した雪が大吹雪になり、学期最後の薬草学の授業は休講になった。スプラウト先生がマンドレイクに靴下をはかせ、マフラーを巻く作業をしなければならないからだ。厄介な作業なので、他の誰にも任せられないらしい。特に今は、ミセス・ノリスやコリン・クリービーを蘇生させるため、マンドレイクが一刻も早く育ってくれることが重要だった。

 グリフィンドールの談話室の暖炉の側で、ハリーは休講になってしまったことで、イライラしていた。空いた時間をロンとハーマイオニーは、魔法チェスをして過ごしていたし、ソフィアは昨夜の寝不足のおかげでソファに座って今にも夢の中に入りそうだった。鶏小屋の鶏がまた殺されたらしいぜ、今年で二羽目だ――ロンが何とかハリーの気を紛らわせるために話したとっておきの噂も、今のハリーには到底どうでもよかった。そして、ついにハリーの様子を見兼ねたハーマイオニーが言った。

 「ハリー、お願いよ。そんなに気になるんだったら、こっちからジャスティンを探しに行けばいいじゃない」

 ハリーは立ち上がり「うん、そうする」と言って、肖像画の穴に向かった。一瞬だけソフィアの方を振り向いたが、友人をわざわざ冷たい廊下に引っ張り出すことはしなかった。ソフィアがいてくれれば心強いけれど、いつまでも頼ってばかりではいられないとハリーは思った。ひっくり返った本を拾っているソフィアにだけ、口の形だけでわかるように「いってきます」と告げて、ハリーは談話室を出て行った。
 ―――そして、帰ってこなかった。

  それから数時間後のことだった。ジャスティン・フィンチ=フレッチリーと「ほとんど首無しニック」が、廊下に石になって発見されたというニュースが飛び込んできた。しかも、なんと、最悪なことに第一発見者はハリーだった。その日はほとんどのクラスの授業が休講になった。二人が一度に襲われた事件で、校内はこれまでのように単なる不安感では済まなくなり、パニック状態が起こった。クリスマスに帰宅しようと、生徒たちがなだれを打ってホグワーツ特急の予約を入れるのも無理はなかった。

 「この調子じゃ、居残るのは僕たちだけになりそう」

 ロンが、ハリーとハーマイオニーとソフィアに言った。

 「僕たちとマルフォイ、クラッブ、ゴイルだ。こりゃ楽しい休暇になるぞ」

 ハリーは少なくともソフィア、ロン、ハーマイオニー、フレッドとジョージなどは、自分の味方であると思えるだけで、気が楽だった。しかし、他の連中はと言えば、廊下でハリーに出会うと、まるでハリーが牙を生やしたり、毒を吐きだしたりすると思っているかのように、みんなハリーを避けて通ったし、ハリーたちが側を通ると、指差しては「シーッ」と言ったり、ヒソヒソ声になったりした。だからクリスマス休暇でほとんどみんないなくなることが、ハリーにはむしろ嬉しかった。一方、ドラコ・マルフォイはますます不機嫌になっていくようだった。

 「そりゃ、ほんとうは自分なのだって言いたくてしょうがないからさ」

 ロンが訳知り顔で言った。

 「あいつ、ほら、どんなことだって、自分を負かす奴は憎いんだ。なにしろ君は、奴の悪行の功績を全部自分のものにしてるわけだろ」
 「長くはお待たせしないわ。ポリジュース薬がまもなく完成よ。彼の口から真実を聞く日も近いわ」

 ロンとハーマイオニーの満足げな表情とは裏腹に、ハリーはジャスティンが石にされたことをまだ引きずっていた。あの日、弁解の余地もなく石になったジャスティンと「ほとんど首無しニック」を発見したハリーが、マクゴナガル先生に連れて行かれた先は、ダンブルドア校長のもとだったらしい。もちろんダンブルドアはハリーを信じてくれただろうが、ハリーはますます遣り切れない気持ちになっただろう。ソフィアはそんなハリーの気持ちをできる限り汲み取って、一緒にいるように心掛けた。

 とうとう学期が終わり、降り積もった雪と同じぐらい深い静寂が城を包んだ。クリスマスの早朝、ソフィアは珍しくハーマイオニーに揺さぶられて目が覚めた。すっかり着替えた彼女はにっこりと小さなプレゼントを差し出しながら、ソフィアを急かした。

 「素敵なプレゼントをありがとう。メリー・クリスマス、ソフィア」
 「……あ、ありがとう」

 寒さに少しだけ身震いしながらハーマイオニーからプレゼントを受け取った。ハーマイオニーはそのまま、「私はロンとハリーを起こしに行くわ」と言って、女子寮を出て行こうとした。

 「ポリジュース薬が完成したの!」

 その言葉でようやく目が覚めた。今度はソフィアもしっかりと頷いて、ハーマイオニーが出て行くと、すぐに着替えに取りかかった。着替え終わった後、ベッドの周りに積まれたプレゼントの山にはやっぱりわくわくした。
 まずハーマイオニーからもらったプレゼントを開けてみた。中には青い宝石のついた花のブローチが入っていた。
ちなみにソフィアから彼女へは、シルバー製の蝶を象った髪留めをプレゼントした。ハリーやロンからのプレゼントもあった。ロンからは、なかなか割れない香り付きのシャボン玉液だった。ハリーからは…

 「…素敵…っ」

 プラネタリウムをそっくりそのまま映したような、それはそれは綺麗な壁紙だった。星の動きは今の季節の天体と同じで、これなら天文学の宿題にも役立つだろう。クリスマスカードには、『ベッドの天井に貼り付けると綺麗』と書かれていて、ソフィア小さく笑った。他にもいくつもプレゼントがあった。
 ハグリッドからは糖蜜ヌガーが缶一杯に。ウィーズリーおばさんからは大きなプラムケーキと、可愛らしいネグリジェだった。

 そしてこれからポリジュース薬を飲むことがわかっていても、ホグワーツのクリスマス・ディナーはやはり楽しかった。豪華絢爛の大広間には、霜に輝くクリスマス・ツリーが何本も立ち並び、ヒイラギとヤドリギの小枝が、天井を縫うように飾られ、魔法で、天井から暖かく乾いた雪が降りしきっていた。
 ソフィアがダンブルドアの指揮するクリスマス・キャロルをうっとり聴き入っていると、突然ハーマイオニーが、ソフィア、ハリー、ロンを追いたてて大広間から連れ出し、今夜の計画の詰めに入った。

 「これから変身する相手の一部分が必要なの。当然、クラッブとゴイルから取るのが一番だわ。マルフォイの腰巾着だから、あの二人にだったら何でも話すでしょうし。それと、マルフォイの取り調べをしてる最中に、本物のクラッブとゴイルが乱入するなんてことが絶対ないようにしておかなきゃ」

 ハリーとロンが度肝を抜かれた顔をしているのを無視して、ハーマイオニーはすらすらと言った。そしてふっくらしたチョコレートケーキを二個差し出した。

 「簡単な眠り薬を仕込んでおいたわ。あなたたちはクラッブとゴイルがこれを見つけるようにしておけば、それだけでいいの。あの二人がどんなに意地汚いか、ご存知の通りだから、絶対食べるに決まってる。眠ったら髪の毛を二、三本引っこ抜いて、それから二人を箒用の物置に隠すのよ」
 
 ハリーとロンは大丈夫かなと顔を見合わせた。ハリーはふと、キョトンとハーマイオニーの隣にいるソフィアに目をやった。

 「でも、君とソフィアのは?誰の髪の毛を引っこ抜くの?」
 「わたしたちのはもうあるの!」

 ハーマイオニーは高らかにそう言うと、ポケットから小瓶を二つ取り出し、中に入っている一本の髪の毛を見せた。ソフィアは全くもって寝耳に水だった。一体、誰の髪なのか?

 「覚えてる?決闘クラブで私と取っ組み合ったミリセント・ブルストロード。私の首を絞めようとした時、私のローブにこれが残ってたの!」
 「二人ともミリセントに変身するの?一人でさえ不気味なのに」

 ロンは怪訝な面持ちで、ハーマイオニーとソフィアを交互に見た。ハーマイオニーはふっと鼻にかかった笑い方をした。

 「馬鹿ね。ソフィアのはちゃんと違う人のものよ。パンジー・パーキンソンのよ。彼女、前にトイレで馬鹿みたいな髪飾りを付けていて、『可愛いわね、でもちょっと傾いてるわ』って言って付け直してあげたのよ。その時こっそりね」

 抜け目ないハーマイオニーの行動に、ソフィアたちはすっかり感服させられた。ロンはおっかないものを見るような目つきでハーマイオニーを見ていた。ハーマイオニーはその視線をまるきり無視した。

 「それに、彼女たちクリスマスで帰っちゃっていないし――だから、スリザリン生には、学校に戻ってきちゃったと言えばいいわ」

 そして、ハーマイオニーがポリジュース薬の様子を見に行く、と言ったため、ソフィアも付き添うことにした。今年も忘れられないクリスマスになりそうだと、ソフィアは思った。

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