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 あの後、ロンはだいぶマルフォイに馬鹿にされたらしい。突然出て行ったパンジーに関しては、苦し紛れにハリーが「彼女、君のことが好きなんじゃないか?」と言ったことで、何とかごまかせた。今後のマルフォイとパンジーの関係がどうなるかなど、ハリーたちには知ったこっちゃない。
 そして、マルフォイ家の応接間の床下には、魔法省がいつ立入り検査をしても大丈夫なように、貴重な闇の魔術を隠している「秘密の部屋」がある───とマルフォイが話しかけたところで、ポリジュース薬の効き目が切れ、ハリーとロンは慌てて逃げ出してきたそうだ。

 「まあ、まったく時間のムダにはならなかったよな」

 ロンはまだ息が上がったまま、ソフィアとハリーに言った。ハリーはひび割れた鏡で普段の顔に戻ったかどうか調べながら、ちらっとソフィアを見たが、何も言わなかった。ロンはソフィアの小言を無視して、ハーマイオニーの入っている小部屋の方へ歩いて行った。

 「襲っているのが誰なのかまだわからないけど、明日パパに手紙を書いてマルフォイの応接間の床下を調べるように言おう。ハーマイオニー、もう出てこいよ」
 「帰って!」

 ハーマイオニーが叫んだ。ソフィアは肩を竦めて、顔を見合わせているハリーとロンに言った。

 「私が先に戻ってきてから、ずっとこうなの…。もう元の姿に戻ってるはずなんだけど……」

 その時、「嘆きのマートル」が急にするりとその小部屋の戸から出てきた。やけに嬉しそうにニマニマ笑いながら、「見てのお楽しみ。ひどいから!」と言って、再び窓のへりに腰を下ろした。かんぬきが横に滑る音がして、ようやくハーマイオニーが出てきた。しゃくりあげ、頭のてっぺんまでローブを引っ張り上げている。

 「どうしたんだよ?ミリセントの鼻かなんか、まだくっついてるのかい?」

 ロンがためらいながら聞くと、ハーマイオニーはゆるゆるとローブを下げた。ロンがのけぞって手洗い台にはまり、ソフィアとハリーは息を呑んだ。なんと、ハーマイオニーの顔が黒い毛で覆われ、目は黄色に変わり、髪の毛の中から長い三角耳が突き出していた。ハーマイオニーが泣き喚いた。

 「あれ、ね、猫の毛だったの!ミ、ミリセント・ブルストロードは猫を飼ってたに、ち、違いないわ!それに、このせ、煎じ薬は動物変身に使っちゃいけないの!」

 ソフィアはどうしても、自分がその薬を飲まなくて本当に良かったと思わざるを得なかった。同時に、ハーマイオニーに対して申し訳なさと気の毒さでいっぱいになった。

 「大丈夫だよ、ハーマイオニー」

 ソフィアとハリーの声はほぼ同時だった。ソフィアはハーマイオニーのもこもこした腕をつかんで、トイレから出るように説得した。

 「医務室に連れて行ってあげるよ。マダム・ポンフリーならうるさく追及しないよ……」

 「嘆きのマートル」がゲラゲラ大笑いして煽り立てるものだから、ハーマイオニーを説得するのに、ずいぶん時間がかかった。マートルの言葉に追われるように、四人は足早にトイレを立ち去った。

 ***

 ハーマイオニーはそれから数週間医務室に泊まった。マダム・ポンフリーが、毛むくじゃらの顔が人目に触れたら恥ずかしいだろうと、カーテンを取り出して、ハーマイオニーのベッドの周りを囲んでくれた。ソフィア、ハリー、ロンは毎日夕方に見舞いに行った。新学期が始まってからは、毎日その日の宿題とノートを届けた。
 その日も、いつものようにハーマイオニーのお見舞いが終わり、三人でグリフィンドール塔へ向かう階段を上っていると、上の階で誰かが怒りを爆発させている声が聞こえてきた。

 「あれはフィルチだ」

 ハリーが呟いた。三人は階段を駆け上がり、立ち止まって身を隠し、じっと耳をすませた。

 「誰かまた、襲われたんじゃないよな?」

 ロンは緊張しながら言った。立ち止まって、首だけを声の方向に傾けて聞いていると、フィルチのヒステリックな声が聞こえた。

 「……また余計な仕事ができた!一晩中モップをかけるなんて。これでもまだ働き足りんとでもいうのか。たくさんだ!堪忍袋の緒が切れた。ダンブルドアのところにいくぞ……」

 足音がだんだん小さくなり、遠くの方でドアの閉まる音がした。三人は廊下の曲がり角から首を突き出して見てみると、またしてもミセス・ノリスが襲われたあの場所に来ていたことに気がついた。なぜフィルチが大声を上げていたのか、一目でわかった。おびただしい水が、廊下の半分を水浸しにし、その上、「嘆きのマートル」のトイレのドアの下からまだ漏れ出しているようだ。フィルチの叫び声が聞こえなくなったので、今度はマートルの泣き叫ぶ声がトイレの壁にこだましているのが聞こえた。

 「行ってみる…?」

 ソフィアは言うが早く、ローブの裾を踝までたくし上げ、水でぐしょぐしょの廊下を横切り、トイレの中へ入って行った。「嘆きのマートル」はいつもよりいっそう大声で───そんな大声が出せるならの話だが───激しく泣き喚いていた。マートルはいつもの便器の中に隠れているようだったが、ソフィアが「…どうしたの?マートル?」と心配そうに声をかけると、哀れっぽくゴボゴボと言った。

 「また何か、わたしに投げつけにきたの?」

 ソフィアは水溜まりを渡って、奥の小部屋まで行き、マートルに話しかけた。マートルはまたもや大量の水をこぼしながら姿を現した。水浸しの床が更に水をかぶった。

 「わたし、ここで誰にも迷惑をかけずに過ごしているのに、わたしに本を投げつけて面白がる人がいるのよ……」
 「だけど、何かを君にぶつけても、痛くないだろう?君の体を通り抜けて行くだけじゃないの?」

 ハリーが理屈に合ったことを言った。しかしそれが大きな間違いだった。マートルは、わが意を得たりとばかりに膨れ上がって喚いたのだ。

 「さあ、マートルに本をぶっつけよう!大丈夫、あいつは感じないんだから!腹に命中すれば10点!頭を通り抜ければ50点!なんて愉快なゲームだ───。どこが愉快だっていうのよ!」
 「いったい誰が投げつけたの?」
 「知らないわ……U字溝のところに座って、死について考えていたの。そしたら頭のてっぺんを通って、落ちてきたわ」

 マートルは三人を睨みつけて、手洗い台の下を指差した。

 「そこにあるわ。わたし、流し出してやった」

 ハリーとロンが探してみると、小さな薄い本が落ちていた。ボロボロの黒い表紙が、トイレの中の他の物と同じようにビショ濡れだった。ハリーはそれを拾い上げて、「日記だ」と呟き、すぐに開けてみた。最初のページに名前がやっと読み取れる。

 ───T・M・リドル───

 ソフィアが用心深く二人に近づいていくと、ロンがハリーの肩越しに日記を覗き込んで言った。

 「ちょっと待ってよ。この名前、知ってる……T・M・リドル。50年前、学校から『特別功労賞』をもらったんだ」
 「そうしてそんなことまで知ってるの?」

 ソフィアとハリーは感心したが、ロンは恨みがましく言った。

 「だって、処罰を受けた時、フィルチに50回以上もこいつの盾を磨かされたんだ」

 ちょうどその時、「ナメクジの呪い」にかかっていたロンは、ナメクジのゲップを盾に引っかけてしまい、名前のところについたネトネトを一時間も磨いたらしい。「いやでも名前を覚えるさ」と、ロンは辟易しながら言った。ハリーは濡れたページをはがすようにそっとめくっていったが、何も書かれていないようでがっかりした。

 「この人、日記になんにも書かなかったんだ」
 「誰かさんは、どうしてこれをトイレに流してしまいたかったんだろう……」

 ロンが興味深げに言った。ハリーが裏表紙に目をやると、ロンドンのボグゾール通りの新聞・雑誌店の名前が印刷してあった。

 「この人マグル出身に違いない。ボグゾール通りで日記を買ってるんだから」
 「そうだね、君が持ってても役に立ちそうにないよ」

 ロンにはそう言われたが、またトイレに捨てておくわけにもいかず、ハリーはそれをポケットに入れた。ソフィアはまだ泣いているマートルに、慰めの言葉をかけたが、相手にもされなかった。

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