20

 二月の初めには、ハーマイオニーが髭なし、尻尾なし、顔の毛もなしになって、退院した。グリフィンドール塔に帰ってきたその夜、ハリーはT・M・リドルの日記を見せ、それを見つけた時の様子を話した。すると、復帰早々、頭の回転が早いハーマイオニーは、50年前の日記の主であるT・M・リドルというその人物は、「秘密の部屋」を開けたスリザリンの継承者を捕まえたことで、「特別功労賞」をもらったのではと考えた。
 この日記がすべてを語ってくれるかもしれない、とハーマイオニーは様々な方法で日記を調べたが、結局、透明インクが使われているわけでもなく、「現れゴム」で文字が現れたりもしなかった。翌日、四人はトロフィー・ルームまで、リドルがなぜ「特別功労賞」を与えられたのか調べに行ったが、ぴかぴかの盾には詳しいことは何も書かれておらず、代わりにリドルの名前が入った「魔術優等賞」の古いメダルと首席名簿を見つけた。ロンは鼻にシワを寄せ、「パーシーみたいな奴らしい」と、どこかムカついたような言い方をした。リドルは監督生の上、首席で、どの科目でも一番だったようだ。

 淡い陽光がホグワーツを照らす季節が再び巡ってきた。城の中には、わずかに明るいムードが漂い始めた。ジャスティンと「ほとんど首無しニック」の事件以来、誰も襲われてはいなかった。おそらくスリザリンの継承者は、腰砕けになったんだろう、とハリーと同様ソフィアも考えていた。学校中がこんなに神経を尖らせて警戒している中で、「秘密の部屋」を開けることはだんだん危険になってきたに違いない。どんな怪物かは知らないが、今や静かになって、再び50年の眠りについたのかもしれない。
 ジャスティンの友人であるハッフルパフのアーニー・マクミランなどは、そんな明るい見方はしていなかったが。彼はいまだにハリーが犯人だと確信していたし、決闘クラブでハリーが正体を現したのだと信じていた。ギルデロイ・ロックハートは、自分が襲撃事件をやめさせたと考えているらしく、更に何か───ロックハート曰く、学校の気分を盛り上げる計画を考えているらしい。

 ***

 ロックハートの言う気分盛り上げの正体は、2月14日の朝食時に明らかになった。大広間の壁という壁がけばけばしい大きなピンクの花で覆われ、おまけに淡いブルーの天井からはハート型の紙吹雪が舞っていた。教職員テーブルには、部屋の飾りにマッチした、けばけばしいピンクのローブを着たロックハートが、生徒たちに「静粛に」と合図をし、彼の両側に並ぶ先生たちはみんな石のように無表情だった。ソフィアはこの時ほど、ロックハートを只者ではないと思ったことはなかった。マクゴナガル先生の頬がヒクヒク痙攣して、セブルスの顔といったら…たった今、誰かに大量の「骨生え薬」でも飲まされたのだろうか?

 「バレンタインおめでとう!今までのところ46人の皆さんが私にカードをくださいました。ありがとう!そうです。皆さんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせて頂きました───しかも、これがすべてではありませんよ!」

 ロックハートが手を叩くと、玄関ホールに続くドアから、小人が12人ぞろぞろ入ってきた。全員に金色の翼をつけ、ハープを持たせたらしく、無愛想な顔には全く不釣り合いだった。

 「私の愛すべき配達キューピッドです!」

 ロックハートはにっこり笑った。

 「今日は学校中を巡回して、皆さんのバレンタイン・カードを配達します。そしてお楽しみはまだまだこれからですよ!B先生方もこのお祝いのムードにはまりたいと思っていらっしゃるはずです!さあ、スネイプ先生!」

 いきなり名指しされ、セブルスの顔が一瞬にして世界一怖い幽霊屋敷のゴーストでさえ全力で逃げ出しそうなほど恐ろしく歪んだ。

 「皆さん、彼に『愛の妙薬』の作り方を見せてもらってはどうです!ついでにフリットウィック先生ですが、『魅惑の呪文』について、私の知っているどの魔法使いよりもよくご存知です。素知らぬ顔して憎いですね!」

 フリットフィック先生も名指しされたことに、あんまりだと両手で顔を覆い隠してしまった。セブルスの方は、「『愛の妙薬』をもらいにきた最初の奴には毒薬を無理やり飲ませてやる」という、まさしくそんな顔だった。

 授業が始まると、小人たちは一日中教室に乱入し、バレンタイン・カードを配って、先生たちを殊更うんざりさせた。午後も遅くなって、グリフィンドール生が「妖精の魔法」教室に向かって階段を上がっている時、ソフィアと一緒に歩いていたハリーを小人が追いかけてきた。

 「オー、あなたにです!アリー・ポッター」

 ちっとも嬉しくなさそうな顔の小人がそう叫びながら、人の群れを肘で押しのけて、ハリーに近づいた。全身真っ赤になったハリーは慌てて逃げ出した。が、小人はそこいら中の人の向う脛を蹴っ飛ばして、ハリーがほんの二歩も歩かない内に前に立ち塞がった。

 「アリー・ポッターに、じきじきにお渡ししたい歌のメッセージがあります」

 小人が竪琴をビュンビュンかき鳴らしながら、まるで脅すように言った。今や廊下にいる生徒みんなの注目を完全に独り占めしているハリーの鞄を、小人は容赦なく捕まえて引き戻し、無理にでも歌を聞かせようとした。
 ハリーが鞄を引っ張り返すと、ついにビリビリと大きな音がして、ハリーの鞄は真っ二つに破れた。本、杖、羊皮紙、羽ペンが床に散らばり、インク壺が割れて、その上に飛び散った。

 「ここじゃダメだよ!」

 ハリーは悲痛な叫び声を上げながら、小人が歌いだす前にと、走り回って鞄の中身を拾い集めた。廊下は渋滞して人だかりができて、ソフィアもハリーを救い出すために這いつくばって拾うのを手伝った。

 「何をしてるんだい?」

 ドラコ・マルフォイの冷たく気取った声がした。ハリーは破れた鞄に何もかもがむしゃらに突っ込み、マルフォイに歌のメッセージを聞かれる前に逃げ出そうと必死だった。その時、監督生のパーシー・ウィーズリーの「この騒ぎはいったい何事だ?」という声も聞こえた。どんどん廊下に人が集まっていく。ハリーはともかく一目散に逃げ出そうとしたが、小人がハリーの膝のあたりをしっかとつかんで、床に倒した。そして、「これでよし」と、小人はハリーの踝の上に座り込んで、竪琴をかき鳴らし始めた。

 あなたの目は緑色、青い蛙の新漬のよう
 あなたの髪は真っ黒、黒板のよう
 あなたがわたしのものならいいのに。あなたは素敵。
 闇の帝王を征服した、あなたは英雄。

 ハリーの顔は極限まで真っ赤に染まり、それでも何とか勇気を振り絞ってみんなと笑ってみせた。ソフィアも微妙な面持ちで、とにかくハリーが拾いこぼした羊皮紙や羽ペンを今のうちにかき集めた。笑い過ぎて涙が出ている生徒たちを、パーシーがなんとか追い散らしていた。ソフィアがちらりと目を上げた時、マルフォイが屈んで何かをひったくっていた。マルフォイは横目で意地悪くハリーを見ながら、クラッブとゴイルにそれを見せている。ハリーはまだ気がついていない。ソフィアはそれがリドルの日記だと気づいた。どうしてハリーはあれを持ち歩いていたんだろう?

 「そ、それを、返して下さい…」

 マルフォイはまさかソフィアが立ち向かってくるとは思わず、少し驚いたようだった。しかし、すぐにフフンと口角を持ち上げてみせた。

 「ポッターは一体これに何を書いたのかな?」

 マルフォイは表紙の年号に気づいてはいないらしい。ハリーの日記だと思い込んでいる。見物人もシーンとしてしまい、ハリーもソフィアとマルフォイが対峙していることにハッとした。
 ソフィアは視界の端で、教室に入ろうとしていたジニー・ウィーズリーがひどく顔を引き攣らせ、心配そうに日記と自分とハリーを見つめていることに気がついた。ジニーとはもう随分長いこと口をきいていない。

 「マルフォイ、それを渡せ」

 パーシーがソフィアの肩越しにマルフォイに厳しく言った。マルフォイは嘲るように、ソフィアの後ろにいるハリーに日記を振りかざした。

 「ちょっと見てからだ」
 「か…返して下さいっ」

 一瞬、誰の声がしたのかと周囲は騒然となったが、その大きな声が確かにソフィアのものだと気付くのに、ハリーは時間を要さなかった。次の瞬間、ソフィアはマルフォイにグイッと近づいた。マルフォイの持つ本を取り返すため、ソフィアも彼に向き合って本を掴んだ。

 「返して」

 するとマルフォイは間近で見るソフィアの美貌に驚いたのか、それともいつもより随分と意思のはっきりしたソフィア自身に驚いたのか、詳しくは分からないが、とりあえず顔を真っ赤に染め上げたかと思えば、マルフォイの本を持つ手が和らぎ、それを見逃さなかったソフィアは一瞬の隙をついて本を奪い返した。

 「ソフィア!」

 呆然と見入っていたパーシーも、ようやく我に返って、初めてソフィアに声を荒げた。まさか、女の子のソフィアがこんな強行に及ぶとは思ってもみなかったという顔だ。

 マルフォイは、クラッブとゴイルに引き上げられながら、顔を真っ赤にして何も言えないようだった。それは怒りなのか、それとも───とにかくハリーはそれを見て、ムカムカと気分が更に悪くなった。
 ソフィアはパーシーの前を無言で通り過ぎて、ハリーに日記を渡した。ぎこちなくハリーがお礼を言うと、ソフィアは苦笑いと照れ笑いの間みたいににっこり笑った後、ハリーの耳元で素早く囁いた。

 「その日記、やっぱりおかしいよ…」

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