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 バレンタイン後、ハリーはソフィアが言った言葉通り、日記の魔力を見事に見破ったようだ。ハリーが言うには、日記の主であるトム・マールヴォロ・リドルと日記を通じて話をし、50年前のホグワーツを実際に見てきたというのだ。そして、「秘密の部屋」を開けた犯人を知った───それは、ハグリッドだった。

 「つまり、ハグリッドが『秘密の部屋』の扉を開けて、その中の毛むくじゃらの生き物が生徒を一人殺して───」

 要点を整理しながら、ロンはうんうん唸った。ハリーはロンが聞き漏らした部分を丁寧に補足してやった。

 「ホグワーツが閉鎖されたら、リドルはマグルの孤児院に戻らなきゃならなかったんだ。だから、」
 「ハグリッドを摘発して、リドルは『特別功労賞』をもらったのね。」

 ハーマイオニーもいまだに信じがたい、という面持ちで頭の中を整えているようだ。ソフィアは口には絶対に出さなかったが、正直なところ信用する気になれなかった。ハリーが嘘をついているとは思わなかったが、それでも信用できなかった。何か、きっと裏がある。

 どうして自分がそんなふうに思うかは、ソフィアには理解できなかったけれど───確かにハグリッドは大きくて怪物のような生物が大好きで、それらの凶暴性が高ければ高いほど愛おしい、という困った趣味を持っていることは重々知っている。

 「リドルは犯人を間違えていたかもしれないわ。みんなを襲ったのは別な怪物だったかもしれない……」

 ハーマイオニーの意見に、ソフィアは心から安堵した。しかし、ハリーとロンは、ハグリッドのことが大好きでもやはり、リドルの見せたものを信じているようだ。

 結局、また誰かが襲われない限り、ハグリッドには何も言わないことに決まった。ハリーも「姿なき声」のささやきを聞くことは今はもうないと言っているし、四人はハグリッドがなぜ追放されたか、聞かなくて済むかもしれないと思い始めていた。

 「あ…ごめん、私ちょっとお手洗い行ってくる…」

 ソフィアが去った後、まず最初に口を開いたのはロンだった。さっきまでソフィアを含めて四人であれほど真剣に顔を突き合わせていたのというのに、ロンの声の調子はひどく楽しげなものだった。ソフィアがもう随分離れたことを念入りに確認して、顔には薄ら悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 「なあ、バレンタインの日、こう、ビビッと感じたんだけどさ、マルフォイは絶対にソフィアに気があると思う!」

 ハリーとハーマイオニーが同時に「はあ?」と呆れた声を上げた。ロンはそれでもクックッと面白がった笑いでもって、その件に関する裏付けをじっくりと話し始めた。ハリーは一気に心穏やかではなくなった。別にマルフォイがソフィアを好きでも、自分には関係ないけれど。

 「だってさ、ポリジュース薬を使った時のことを思い出してみて。ああ、ハーマイオニー、君は猫化してたから知らないんだったね」

 ハーマイオニーの顔が一気に強張って、ロンを鋭く睨みつけたが、ロンは気にも留めない。

 「あいつ、父親のためとか言って、ソフィアを監視してるって……ずーっと見てるってことだろ?ルシウス・マルフォイの探す人物とソフィアが似てたっていうのも怪しいじゃないか。だって、あの人とソフィアが顔を合わせたのは、ダイアゴン横丁でたった一回だけだぜ?」

 ロンは、父親をダシにマルフォイが嘘をついていると言い切った。ハーマイオニーは黙り込み、ハリーは胸がモヤモヤ、ムカムカしながら辛抱強くそれを聞いていた。ハリーはそういえば、と、ふいに思い出したことがあった。

 「ハグリッドが昔、ソフィアと雰囲気が似た知り合いがいるって言ってた」
 「雰囲気じゃあ分からないだろ」
 「そうだけど……」
 「ソフィアって意外に謎が多いわよ」

 ハリーがうーんと唸り声を上げると、自分も仲間に入れて欲しいとばかりにハーマイオニーが言った。
 彼女はハリーたちが知らない時間――例えば女子寮で過ごす時間などをほとんどソフィアと過ごしているためか、何だか少し上から目線のような気がした。

 「それに…あの子って誰にでも対等だから、マルフォイが好きになるのも無理ないかもね」
 「だろう?あ、でも、こないだのバレンタインの一件には笑ったな。パーシーもぽかんとしてたよ」

 ロンはあの時のパーシーの呆然とした表情を思い出して笑っていたが、あの時、たまたま通りかかった彼も全く同じ顔をしていたことをハリーは知っていた。ハリーは二人のソフィアに関する談義を黙って聞いていたが、ロンの言い分にも、ハーマイオニーの言うことにも、全部納得させられた。

 ソフィアは誰にでも優しい。思い返してみれば、ソフィアがスリザリンの悪口を言っているところは聞いたことがない。マルフォイに関しても、ハリーやロンなら口汚く罵ってしまうところを、ソフィアはいつもたしなめる程度の言葉を口にするだけだ。

 少し臆病で、未だに人との交流に戸惑うこともあるけれど、誰かが困っていれば、いつだって落ち着いて、優しく手を差し伸べてくれる。

 ハリーは、彼女を友人として誇らしく思うと同時に、厄介な感情が胸に押し寄せるのを止められなかった。それは、まるで子供のような嫉妬や、独占欲だった。ハリーはふとバレンタインの日、小人が歌っていたあのこっ恥ずかしいメッセージとやらを思い出した。

 あなたがわたしのものならいいのに。あなたは素敵
 君がぼくのものならいいのに。君は素敵

 ハリーはかぁっと全身が熱くなるのを感じた。ソフィアは、親友だ。それはもうとびっきりの。ハリーはホグワーツに来てから、自分はきっと贅沢になってしまったのだと反省した。ダドリーのせいで一人も友達ができなかった昔に比べたら今はそう―――幸せすぎるのだ。

 一方でソフィアは談話室近くの手洗いから戻る途中、偶然ジニーに出会った。遠慮がちにソフィアから声をかけると、久しぶりに「こんにちは」と反応を返してくれた。まだ顔色が悪い。ソフィアはもう以前のように健康的なジニーを思い出すことが困難になってさえいた。パーシーはちゃんとウィーズリーおばさんとおじさんに、このことを伝えているのだろうか?あまり体調のことばかり聞かれるのは嫌だろうと思い、ソフィアは何気ない会話で調子を見ようと思った。が、先に口を開いたのは意外にもジニーの方だった。

 「ねえ…あの日記、ソフィアのものだったの?」

 例のバレンタインの騒動をジニーも見ていたようだ。

 「違うよ。ハリーの、だよ」

 実際にはどちらのものでもなく、リドルのものだけれど。ソフィアはなるべく余計なことは言わないようにした。ジニーは「そっか」と呟いただけで、踵を返して去って行ってしまった。彼女の後ろ姿は、まるで魂が抜けてしまったかのように覚束なくて、ソフィアは心配を通り越して不安になった。

 ***

 イースターの休暇中に、二年生は新しい課題を与えられた。三年生で選択する科目を決める時期が来たのだ。
少なくともハーマイオニーにとっては、これは非常に深刻な問題だった。「魔法薬学」を本気でやめたいと言うハリー。ロンは「闇の魔術に対する防衛術」を捨てたいと願った。今後もロックハートの授業が続くようならば、ソフィアもそれには同意だったが、これまでの科目はすべて継続するため、叶わぬ夢だった。ハーマイオニーは誰からの助言も受けず、全科目を登録したようだった。が、彼女ならきっとそうするだろうとソフィアは思っていた。時間が重複した科目はどうするんだろう?ソフィアは「魔法生物飼育学」は真っ先にチェックした。全く知らない魔法生物と触れ合えることは楽しいし、わからないことは休み時間にハグリッドに聞きに行けばいい。ハリーとロンがチェックし終えたリストを見せてもらうと、彼らも同じ科目を選択していた。三年生になっても、みんなと授業で離れ離れになることはなさそうだ。

 金曜日の授業が終わったあと談話室に着いた時、ソフィアは今朝と様子がおかしいことにすぐ気がついた。ハーマイオニーがソフィアの姿を見つけた途端、深刻な面持ちで駆け寄ってきた。

 「ど、どうしたの?」

 あまりの勢いに気圧されながらも、ソフィアはハーマイオニーを見つめて、それから後ろに立っていたハリーとロンを見た。周りに誰もいないことを確認すると、ハリーがそっとソフィアに耳打ちをした。

 「リドルの日記がなくなった。部屋が荒らされてたんだ」

 ソフィアは仰天した。ハーマイオニーも不安そうにひそひそ言った。

 「グリフィンドール生しか盗めないはずでしょ───他の人は誰もここの合言葉を知らないんだもの……」

 確かに、そうだ。グリフィンドールの生徒でなければ、やり遂せることはできない犯行だ。いったい誰が―――?


 土曜日、ソフィアが目を覚ますと、太陽はきらきらと輝き、さわやかなそよ風が吹いていた。申し分のないクィディッチ日和に、オリバー・ウッドのテンションも上々だった。しかし、ハリーはまだ昨日の出来事を引きずっていた。朝食の席にびっしり並んで座っている、グリフィンドール生をぐるりと見渡してもしかしたら目の前にリドルの日記の新しい持ち主がいるかもしれない、と考えているようだった。ハーマイオニーは仕切りに盗難届を出すように勧めたが、ソフィアもロンもこれには反対した。そもそも50年も前の日記、しかも本人ではない持ち主の日記を、ハリーが持っていること自体おかしい。
 日記のことをすべて話さなければならなくなった時、50年前にハグリッドが退校処分になったことを知っている者がいたら、絶対に怪しまれてしまう。ハリーがクィディッチの箒を取りに戻ろうとしたため、ソフィアたち三人はついて行った。その時、またも心配の種が増えるような深刻な事態が起きた。大理石の階段に足をかけた途端、ハリーがまた、「あの声だ!」と叫んだのである。

 「また聞こえた―――君たちは?」

 ロンが目を見開いたまま首を横に振り、ソフィアも右に倣った。が、ハーマイオニーはハッとしたように額に手を当てて言った。

 「ハリー、私たった今、思いついたことがあるの!図書館に行かなくちゃ!」

 そして、ハーマイオニーは風のように階段を駆け上がって行った。ソフィアは突然、妙な胸騒ぎがした。不思議な感覚が全身を襲う―――以前にも感じたことのある、奇妙な感じ。

 「…私、ハーマイオニーのところに行ってくるっ」

 ハリーとロンはびっくりして、自分たちもソフィアの後を追おうとした。しかし、それを見たソフィアは言い放った。

 「来ちゃダメ!」

 ぴたっと二人はその場で足踏みした。ソフィアはそのまま疾風のごとく走り去った。

 どうか間に合って。お願い。お願い。お願い。

 その時、予想だにしない最悪なことが起きた。ピーブズだ。ピーブズが、図書館までの通り道に鎧を並べ立ててドミノをしていた。ガタガタガタッという鉄の塊が重たく倒れる音がして、完全に道を塞いでしまっている。向こう側からやって来た生徒たちも困惑しながら、口々にピーブズに文句を言っていた。

 「ピーブズっお願いだからこれを退けて!」

 ソフィアの声は今まで出したこともないような大きな声だった。ピーブズはいつもの調子で「べ〜っ」と舌を出しただけで、みんなが困っているのが楽しくて更に鎧を上乗せした。クィディッチ競技場に行くつもりだった生徒たちはもうカンカンだった。こうしたお祭りごとに便乗して、みんなを困らせることが大好きなのがこのポルターガイストの特徴だ。

 「…っ皆、今すぐそこから離れて!」

 ソフィアはかなり切迫した様子で、鎧の障害物を挟んだ向こう側の廊下にいる生徒に大声で呼びかけた。それを見た生徒たちは、普段はとても大人しいソフィアの切羽詰まった様子を見て何事かと騒ぎ出す。邪魔が入ると思ったピーブズは、ソフィアに向かって鎧を投げつけてきた。

 「ドレンソリピオ(弾け)」

 ソフィアが弾き飛ばした鎧が、向こう側の廊下の床にガッチャンッと大きな音を立てて落ちた。何人かの悲鳴が聞こえ、どうやら危険を理解してくれたらしく、大勢の足音が遠のいていった。ピーブズが素っ頓狂な顔をした一瞬の隙に、続けてソフィアが杖を前に突きだした。

 ソフィアが得意とする氷属性の魔法を操り、氷の氷柱を造り出し、鎧の山を目がけて勢いよく吹き飛ばした。ピーブズは恐れをなしたらしく壁をすり抜けて逃げて行った。ソフィアは廊下を突っ切り、図書館まで夢中で駆けた。
 図書館の近くはやけに静かで、生徒たちのほとんどがすでにクィディッチ観戦のために校庭へ出ているようだった。随分時間がかかってしまったが、ソフィアは図書館の中に急いで滑り込んだ。閲覧禁止の棚をも潜り抜けて、本棚と本棚の間を隈なく捜索した。しかし、ハーマイオニーの姿はどこにも見当たらない。

 「あの……、ハーマイオニー・グレンジャーを見ませんでしたか?」

 通りかかったマダム・ピンスに落ち着いて問いかけた。

 「それなら、少し前にあなたのように急いでここへ来て、また急いで出ていきましたが?」

 返事を聞くや否や、ソフィアは弾けるようにまた走り出した。

 ソフィアは人気の少なくなった廊下を一心不乱に駆け抜けた――が、すぐに爪先に何か固いものがぶつかり、勢いづいて前に転倒した。そのまま一瞬宙に浮いて、背中から地面に思いきり叩きつけられた。激しい痛みに顔を顰めながら、ソフィアがつまずいた先に見たものは――

 ハーマイオニーだった。

 ミセス・ノリスの時と同じ、目を見開いて、不自然な形で固まっていた。ソフィアは心臓が冷え切っていくのを感じた。全身が震え上がり、生まれて初めて本当の恐怖というものを知ったような気がした。ハーマイオニーの側には、もう一人女の子が倒れていた。長い巻き毛の年上のレイブンクロー生のようだ。二人の近くには、小さな丸い手鏡が落ちていた。ソフィアは急激に喉が渇くのを感じた。声が、全く出ない。同時に、絶望感と虚脱感で、無意識に溢れてくる涙をどうすることもできず、背中や膝の痛みなど吹っ飛び、ただひたすら立ちすくんでいた。

 「ミス・エムリス?」

 背後から声がした。が、誰の声なのか識別もできない。その人物は静かに息を呑んだあと、後ろからやって来て驚いている人たち、恐らく生徒が複数いたのだろう。彼等に「校長とマクゴナガル教授を呼ぶように」と指示していた。生徒が一斉に駆け出して行ったあと、ようやく背後の人物がソフィアに近づいてきて、強引に振り向かせた。ソフィアはようやくセブルス・スネイプの顔を認識することができた。

 「せ、せんせ……」

 ソフィアの目から止めどなく零れ涙が落ちる。震えが止まらず、涙が止まらず、不安が止まらなかった。外から聞こえてくるクィディッチ競技場からの楽しげな喧騒が、まるで夢の中のように遠くに聞こえた。廊下の向こうから、すぐにマクゴナガル先生がやって来て、その後にダンブルドアが続いた。

 「ミス・エムリス!あぁ……ミス・グレンジャー!ミス・クリアウォーターまで…!」

 セブルスの手が、二人が通路を通りやすいようにソフィアを脇に引っ張ったが、ソフィアの腕を離すことはなかった。マクゴナガル先生が消えてなくなりそうな嗚咽を漏らし、二人の石になった女子生徒の側に屈み込んだ。ソフィアは虚ろな目でダンブルドアを見た。彼はソフィアをじっと見つめていた。

 「ソフィア、落ち着きなさい。二人とも死んではおらんよ」

 ダンブルドアが歩み寄ってきて、優しくソフィアに告げた。ソフィアは竦んだ足を、前にも後ろにも動かすことができず、口をぱくぱく動かして、ようやく音を出した。

 「――間に合わなかった……」

 ダンブルドアは淡いブルーの瞳を微かに見開き、セブルスに目配せをした。セブルスも同様に少しだけ目を見張って、今にも全身の力が抜けて崩れ落ちてしまいそうなソフィアの腕を掴んで立たせた。ショックで憔悴しきったソフィアと、石になったハーマイオニーとレイブンクローの女の子を医務室まで運び、中止になったクィディッチ試合からハリーとロンが飛び込んできたのは、それから数十分後のことだった。

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