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 「全校生徒は夕方六時までに、各寮の談話室に戻るように。それ以後は決して寮を出てはなりません。授業に行く時は、必ず先生が一人引率します。トイレに行く時は、必ず先生に付き添ってもらうこと。クィディッチの練習も試合も、すべて延期です。夕方は一切、クラブ活動をしてはなりません」

 超満員の談話室で、グリフィンドール生は黙ってマクゴナガル先生の話を聞いた。先生は羊皮紙を広げて読み上げたあとで、紙をクルクル巻きながら、そっと女子寮への階段の側に座り込んでいたソフィアに目をやって、少し声を詰まらせた。

 「言うまでもないことですが、私はこれほど落胆したことはありません。これまでの襲撃事件の犯人が捕まらない限り、学校が閉鎖される可能性もあります。犯人について何か心当たりがある生徒は申し出るよう強く望みます」

 マクゴナガル先生が、少しぎこちなく肖像画の裏の穴から出ていった途端、生徒は一斉に喋り始めた。ソフィアがあの場に居合わせたことは伏せられていたため、誰もソフィアを質問攻めにしたりしなかった。そして、ソフィアと同じくらい絶望しているグリフィンドール生もいた――パーシーだ。
 パーシーはいつもと様子が違って、自分の意見を聞かせたいという気がないようだった。青い顔で声もなくボーッとしている。フレッドとジョージ曰く、ハーマイオニーと一緒に倒れていたあのレイブンクローの女子生徒は、パーシーと親しい監督生の仲間だという。監督生を襲うなんて決してないと思っていたパーシーだから、相当ショックだったんだろう、とジョージは言った。

 「……ソフィア、大丈夫かい?」

 ハリーとロンが遠慮がちにソフィアに近づいて確かめた。ソフィアが女子寮に上がってしまっては、様子がわからなくなって不安だという顔だった。ソフィアは石の壁に背中をつけて、膝を抱えて小さくなっていた。

 「う、ん……ちょっと落ち着いてきたから」

 まるでひどい風邪を引いたあとの後遺症みたいだとハリーは思った。虚ろだった目には少しだけ生気が戻って、それでもまだ弱々しかったけれど、ハリーとロンが医務室に駆けつけた時よりはずっとマシな方だった。

 「僕たち、今夜ハグリッドのところに行こうと思うんだ。ソフィア、君はどうする?」
 「……どうして?」

 ハリーは周囲のお喋りに紛れながら、ひそひそと声を出した。

 「前に怪物を解き放したのが彼だとすれば、どうやって『秘密の部屋』に入るのかを知ってるはずだ。それが糸口だろ?」

 勇敢に燃え上がる緑色の瞳。ソフィアはじっとハリーを見つめ、ゆっくり頷いて立ち上がった。

 「うん…私も行く…」

 その夜、ソフィア、ハリー、ロンはみんなが寝静まったあとの談話室で待ち合わせをして、「透明マント」をかぶってグリフィンドール塔を抜け出した。前にも何度か夜、城の中をさまよったことはあるが、日没後に、こんなに混み合っている城を見るのは初めてだった。
 先生や監督生、ゴーストなどが二人ずつ組になって、不審な動きはないかとそこいら中に目を光らせていた。やっと玄関ホールにたどり着き、樫の扉のかんぬきを外し、蝶番が軋んだ音を立てないよう、そーっと扉を細く開けて外に出た。
 星の輝く明るい夜空の下を、ハグリッドの小屋の灯りを目指して三人は急いだ。小屋のすぐ前で「マント」を脱いだ時には、すでに三人とも汗だくだった。戸を叩くと、すぐにハグリッドが真正面にぬっと現れたが、石弓をしっかりと構え、ボアハウンド犬のファングが後ろの方で吼えたてていた。

 「三人ともこんなとこで何しとる?」

 ハグリッドは武器を下ろして、三人をしげしげと見た。小屋に入りながら、石弓を恐ろしげに見つめて、「それ、何のためなの?」とハリーが訊いた。ハグリッドが途端にもごもご言った。

 「なんでもねぇ……なんでも。ただ、もしかすると……うんにゃ……座れや……茶、入れるわい……」

 ハグリッドが上の空なのは一目瞭然だった。やかんから水をこぼして、暖炉の火を危うく消しそうになったり、
どでかい手を神経質に動かした弾みで、食器をこなごなに割ったりした。

 「ハグリッド、大丈夫…?」

 ソフィアが優しく尋ねると、ハグリッドは居た堪れないような面持ちで、「うんにゃ」と答えた。

 「ハーマイオニーのこと、聞いた?」

 今度はハリーが聞くと、ハグリッドの声の調子が少し変わった。

 「あぁ、聞いた。たしかに」

 その間も、ソフィアはハグリッドがしきりに窓の方を不安そうにチラチラ見ていることに気がついた。それから三人に、たっぷりと熱い湯を入れた大きなマグカップを差し出した。分厚いフルーツケーキを、明らかに大小ばらばらの大きさに切って、お皿に入れている時、戸を叩く大きな音がした。

 「マントをかぶれ。声出すんじゃねえぞ」
 
 ハグリッドが素早く声を落として忠告し、三人が「透明マント」をかぶって部屋の隅に引っ込んだことを見極めると、石弓を引っつかみ、もう一度バンと戸を開けた。

 「こんばんは、ハグリッド」

 ダンブルドアが深刻そのものの顔で小屋に入って来た。そして、その後ろからもう一人、見知らぬ背の低い恰幅のいい男が入って来た。白髪頭で悩ましげに刻まれた眉間のシワが、彼の心境を物語っているようだ。服装は奇妙な組み合わせで、細縞のスーツ、真っ赤なネクタイ、黒い長いマントを着て先の尖った紫色のブーツを履いている。ライムのような黄緑色の山高帽を小脇に抱えていた。

 「あれ、パパのボスだ…!コーネリウス・ファッジ、魔法大臣だよ…!」

 ロンが驚愕してささやいたため、ハリーがロンを肘で小突いて黙らせた。ハグリッドは青ざめて汗をかきはじめた。ファッジがぶっきらぼうに口を開いた。

 「状況はよくない。ハグリッド。すこぶるよくない。来ざるを得なかった。マグル出身が四人もやられた。もう始末に負えん。本省が何かしなくては」
 「俺は、決して……」
 
 ハグリッドが、すがるようにダンブルドアを見た。

 「ダンブルドア先生様、知ってなさるでしょう。俺は、決して……」

 ダンブルドアは眉をひそめてファッジを見た。

 「コーネリウス、これだけはわかって欲しい。わしはハグリッドに全幅の信頼を置いておる」
 「しかし、アルバス」

 ファッジは言いにくそうだった。

 「ハグリッドには不利な前科がある。魔法省としても、何かしなければならならん――学校の理事たちがうるさい」
 「コーネリウス、もう一度言う。ハグリッドを連れていったところで、なんの役にも立たんじゃろう」

 ダンブルドアのブルーの瞳がめらめらと燃えていた。怒りとも、挑戦とも、受け取れた。ファッジは山高帽をもじもじいじりながら、声が尻すぼみになりがちだった。

 「プレッシャーをかけられている。何か手を打ったという印象を与えないと。ハグリッドではないとわかれば、彼 はここに戻り、なんの咎めもない。ハグリッドは連行せねば、どうしても。わたしにも立場というものが――」
 「俺を連行?どこへ?」

 ハグリッドのバケツのような手や、巨大な芋虫のような指が、小刻みに震えていた。ファッジはハグリッドと目を合わせずに言った。

 「ほんの短い間だけだ。罰ではない。ハグリッド。むしろ念のためだ。他の誰かが捕まれば、君は十分な謝罪の上、釈放される……」
 「まさかアズカバンじゃ?」

 ソフィア達がはっと息を呑むのと、ハグリッドの声がかすれるのはほぼ同時だった。ファッジが答える前に、また激しく戸を叩く音がした。ダンブルドアが戸を開けて、来訪者を見た瞬間、今度はハリーがロンから脇腹を小突かれる番だった。ソフィアも思わず口を塞いで、息を呑む音がバレないようにした。

 「もう来ていたのか。ファッジ」

 ルシウス・マルフォイが、ハグリッドの小屋に大股で入って来た。長い黒い旅行マントに身を包み、冷たい笑みを携えている。ファングが低く唸りだした。ハグリッドが激しい口調で言った。

 「なんの用があるんだ?俺の家から出ていけ!」

 ルシウスはせせら笑いながら狭い丸太小屋を見回した。

 「威勢がいいね。言われるまでもない。君の――これを家と呼ぶのかね?その中にいるのは私とてまったく本意ではない。ただ学校に立ち寄っただけなのだが、校長がここだと聞いたものでね。」
 「それでは、一体わしに何の用があるというのかね?ルシウス?」

 ダンブルドアの言葉は丁寧だったが、あの瞳の炎が、まだメラメラと燃えたぎっていた。ルシウスが、長い羊皮紙の巻紙を取り出しながらわざとらしい物憂いに顔を歪めた。

 「ひどいことだがね。ダンブルドア。しかし、理事たちは、あなたが退く時が来たと感じたようだ。ここに『停職命令』がある――12人の理事が全員署名している。残念ながら、私ども理事は、あなたが現状を掌握できていないと感じておりましてな。この調子では、ホグワーツにはマグル出身者は一人もいなくなりますぞ。それが学校にとってはどんなに恐るべき損失か、我々すべてが承知しておる」

 ソフィアは不安で胸が押し潰されそうだった。ファッジが驚愕して言った。

 「待ってくれ、ルシウス。ダンブルドアが『停職』……ダメダメ……今という時期に、それは絶対困る……」
 「校長の任命――それに停職も――理事会の決定事項ですぞ。ファッジ」

 マルフォイはよどみなく答えた。ハグリッドが居ても立ってもいられず勢いよく立ち上がり、ぼさぼさの黒髪が天井からぶら下がった丸い電球をこすっていた。

 「そんで、いったい貴様は何人脅した?何人脅迫して賛成させた?えっ?マルフォイ」
 「そういう君の気性がそのうち墓穴を掘るぞ、ハグリッド。アズカバンの看守にはそんなふうに怒鳴らないよう、ご忠告申し上げよう。あの連中の気に障るだろうからね」

 ハグリッドがまたびくっと言葉を詰まらせたが、勇ましい眼差しでルシウスを睨みつけた。ハグリッドの怒鳴り声で、ファングは寝床のバスケットの中ですくみ上がり、クィンクィン鳴いた。

 「ダンブルドアをやめさせられるものなら、やってみろ!そんなことをしたら、マグル生まれの者はおしまいだ!この次は『殺し』になる!」
 「落ち着くんじゃ。ハグリッド」

 ダンブルドアが厳しくたしなめた。そして、ハグリッドと同様、勇ましい眼差しがルシウスの冷たい灰色の目を見据えた。

 「理事たちがわしの退陣を求めるなら、ルシウス、わしはもちろん退こう」
 「しかし、」

 ファッジが口ごもった。ソフィアは今にも飛び出したい衝動を抑えるのに必死だった。ダンブルドアがホグワーツから居なくなるなんて、絶対に、だめだ。その時、ソフィアはダンブルドアが「透明マント」を見透かして、ソフィアを見つめているような気がした。安心しなさい、と、そう言われている気がした。

 「しかし覚えておくがよい。わしが本当にこの学校を離れるのは、わしに忠実な者が、ここに一人もいなくなった時だけじゃ。覚えておくがよい。ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる」

 やはり、ダンブルドアはソフィアたちがいることに気づいている───と何故かそう確信した。ダンブルドアの目が、ソフィアたちの隠れている片隅にキラリと向けられたからだ。マルフォイは不自然に殊勝な態度でもって、頭を下げて敬礼した。

 「あっぱれなご心境で」
 
 ファッジは最後まで、もじもじ、もごもごしたままだった。マルフォイが大股で小屋の戸の方に歩いて行き、ダンブルドアに一礼して先に送り出した。ファッジは山高帽をいじながらハグリッドが先に出るのを待っていたが、ハグリッドは足を踏ん張って、深呼吸すると、言葉を選びながら言った。

 「誰か何か見っけたかったら、クモの跡を追っかけて行けばええ。そうすりゃちゃんと糸口がわかる。俺が言いてえのはそれだけだ」

 ハグリッドは最後、部屋の片隅にちらっと合図を送り、厚手木綿(モールスキン)のオーバーを着込むと、呆気に取られているファッジの前を通り過ぎようとした。そして戸口でもう一度立ち止まった。

 「それから、誰か俺のいねえ間、ファングに餌をやってくれ」

 戸がバタンと閉まった。途端にロンが「透明マント」を取り払った。

 「大変だ。ダンブルドアはいない。今夜にも学校を閉鎖した方がいい。ダンブルドアがいなけりゃ、一日一人は襲われるぜ」

 ファングが、閉まった戸を掻きむしりながら、悲しげに鳴き始めた。ソフィアはその首をぎゅっと引き寄せ抱きしめて、ハリーとロンを振り返った。

 「行こう」

 ハリーの表情には、怒りと挑戦に満ち溢れた勇ましさに燃えていた。

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