10
「新入生諸君、ようこそホグワーツへ。宴の前に少しばかり話をさせて頂こうと思う」
組み分けも終わったところでダンブルドアが立ち上がり、歓迎の意を示すように両手を広げ嬉しそうに笑っている。
アルバス・ダンブルドア――ソフィアがこれまでの事を思い感慨に耽る間もなく、彼は本当に少しばかり、
下らない単語を四つほど堂々と口にした後すぐに座ってしまった。
出席者全員が拍手をして歓声をあげた。
「……変な人」
ソフィアがぽかんとダンブルドアを見ていると、左隣に座っているパーシーがとんでもないとばかりに笑った。
「彼は天才だよ!世界一の魔法使いさ!けど、うん。少しおかしいかな?ソフィア、ポテトはいるかい?」
「…は、はい…」
ソフィアはパーシーが取り分けてくれたポテトを受け取りながら、呆気にとられたようにテーブルを見た。
いつの間にか空っぽだった皿が食べ物で満たされている。
様々な料理が所狭しと並び、漂ってくる良い匂い。
こんなに豪華な食事は初めてなので、どれを食べればよいのかと
テーブルの上に視線を彷徨わせていると、急に後ろから伸びてきた手がソフィアの持っていた皿を取り上げた。
「そんなに迷ってるなら全部少しずつ食べれば?」
「嫌いな物はある?」
いつの間にか背後に現れていたフレッドとジョージが、にやりと笑った。
ソフィアは突然現れた彼らに、少し驚き肩を縮込ませる。
彼女がそのまま無言で小さく首を振ると、彼らは次々に料理を取り分け、ソフィアの皿に盛り付けていった。
「あ、ありがとう…ございます…」
「「どーいたしまして」」
双子はソフィアに皿を押しつけると、そのまま元いた席に戻って行ってしまった。
「何しに来たんだあいつら」
パーシーが呆れた顔でため息をついた。
一方でソフィアの右隣にいるハリーが山盛りになった皿から苦労してステーキを切り分けていると、いつの間にか近くに来ていたらしいひだ襟服のゴーストが悲しげに呟いた。
「おいしそうですね」
「食べられないの?」
「もうかれこれ五百年ほど食べていません」
「ごひゃく……」
そんなに昔の人なのかと、ハリーは改めて目の前のゴースト、ニコラス卿の全身を眺めた。
確かに大分古めかしい格好をしている。
同じ新入生の黄土色の髪をしたシェーマス・フィネガンとロンは、興味津々にニコラス卿に話しかけていた。
ハリーは口いっぱいにローストビーフを頬張りながら彼らの話を聞いていたが、
ほとんど首無しニック、彼がそう呼ばれている理由を実演して見せた際は思わず肉を飲み込み損ね咽せてしまった。
「これ…お水…」
ソフィアが心配して背中をさすりながら、水を渡してくれたのでハリーは慌てて詰まった肉を流し込んだ。
「サー・ニコラス。食事中ですよ」
パーシーに睨まれたニコラス卿は、肩を竦めて向かいに座るロンたちの方へ移動すると、また何やら寮杯がどうのと演説を始めていた。
その後、ハリーはお腹が満たされたせいか、体も温まり、じわじわと忍び寄ってくる眠気に流されそうになりながらため息をついた。
ふわふわとした気持ちで生徒たちを見渡していたハリーはふと教員席を見た際目があった人物にあっと思う間もなく、額に走った鋭い痛みに肩を震わせた。
「い……っ」
「大丈夫…?」
彼が額の傷跡をさすっていたので、ソフィアが心配そうに声をかける。
「いや……あの、クィレル教授と話してるのって…」
クィレルのターバン越しに合った目は既に逸らされてしまった。
しかしあの油っぽい黒髪、血色の悪い肌、大きな鉤鼻が目立つ黒ずくめの男。
「ああ、スネイプ教授?」
2人の近くにいて会話が聞こえてきたのか、パーシーがハリーの視線を追って微かに眉を顰めた。
「クィレル教授はもう知っているんだね。
ああ、また挙動不審になって……スネイプ教授はね、魔法薬学を教えているんだ。
でも本当は魔法薬学じゃなくて、クィレル教授の席を狙ってるんだって皆が知ってる。彼は闇の魔術にすごく詳しいんだ」
「スネイプ教授……」
先ほど、視線が交わった瞬間の彼の表情は何とも言えない物だった気がする。
眉間に皺が寄っていたし、何だか複雑そうな顔をしていた。
もう一度こちらを見ないかとしばらくスネイプを見つめていたハリーだったが、彼は二度とこちらを見ようともしなかった。
やがてデザートも消え、再びダンブルドアが立ち上がると広間中が静まり返り彼に注目した。
「あー、全員良く食べ、よく飲んだ事だろう。ではまた二、三、言わせて頂くとしよう。
新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある」
ハリーは下がろうとする瞼と格闘しながらダンブルドアの言葉を反芻した。
敷地内の森に入るのは禁じられている、休み時間に廊下で魔法を使わないように、
二週目にクィディッチの予選の話。
「最後に、悲惨な死を遂げたくない者は、今年いっぱい四階右手側の廊下には入らないように」
隣で真面目に聞き入っていたパーシーは、顰めっ面をして不満げにダンブルドアを見た。
「変だな…どこか立ち入り禁止の場所がある時は、必ず理由を説明して下さるのに……」
隣のソフィアが、パーシーのその発言に気になったらしく視線を向けてきたので僅かに頬を緩めると、再びダンブルドアに視線を戻し独り言でも言うように呟いた。
「森には危険な動物がたくさんいるんだ。でもそれは誰でも知っている事だ。
せめて僕たち監督生には訳を教えて下さってもいいのに……」
「さて。では寝る前に校歌を歌うとしよう!」
ダンブルドアが声を張り上げた。
ハリーが驚いて前を向くと、教員席に座る教授たちの笑顔が急に強ばったのが目に映り、思わず苦笑してしまった。
ダンブルドアが指揮棒のように魔法の杖を振り、全員がばらばらのメロディーで歌い出す。
その間ハリーは再びスネイプを見てみたが、彼は口を真一文字に引き結びどこか遠くを見つめていた。
心なしか先ほどよりも眉間の皺が深い。
一番遅い葬送行進曲のメロディーで歌っていた双子が歌い終えると、宴はお開きとなった。
ハリーは眠気がピークに達し、欠伸をかみ殺し目をこすりながら覚束ない足取りでパーシーの後に続いた。
ソフィアはそんなハリーを気遣うように彼の隣を歩いていった。
談話室の前、大きな肖像画があった。「太った貴婦人」というそうだ。
合言葉をパーシーが言うと、その絵は宜しいとでもいうかのようにギィイ…と音をたてて扉を開けた。
一年生がパーシーの指示で女子と男子に別れ、それぞれの寝室に続く扉をくぐっていく。
ソフィアはどうしようかと途方に暮れたように、ハリーを支えたまま扉の前で立ち竦んだ。
しかしすぐにロンが流れに逆らってこちらにやって来てくれた。
「…ハリー、眠いみたい…お願いしてもいい?」
ロンに頼みこむと彼は任せといて、と元気よく答えてくれた。
「ハリー起きろ。あと少しで部屋に着くからな」
ふらふらと頼りなく揺れるハリーを支え寝室へ続く螺旋階段を上り始めた。
ソフィアは彼らが見えなくなるのを確認し、自分も女子用の階段を上って行った。
***
ホグーツヘ着いて初めての夜、ハリーは何だか良く分からない夢を見たらしい。
「クィレル教授のターバンがスネイプ教授で、蛇が頭に巻きついて……頭が痛い…」
「…ハリー、医務室で休む…?」
ハリーはソフィアと並び教室に向かいながら頭を抱えた。
喉が痛い気がするし、鼻水も垂れてくる。完全に風邪をひいていた。
「うーん大丈夫。初日だし、あんまり目立ちたくないからね…」
「……辛かったら言ってね」
「ありがとう。熱も無さそうだし、まだ大丈夫だよ」
家を出た時から喉に違和感は感じていたが、単純に緊張のせいだと思っていた。
昨日と今日で慣れない事に体が驚いたのだろう。
昨夜の事は結局眠気に負けてよく覚えていないのだが、ロンが寮の寝室まで連れて来てくれたらしい。
朝起きるときっちりベッドで横になっていて慌てた。
しかし、談話室でソフィアが色々と教えてくれた。
合言葉や気を付けなければいけない事、恐らくパーシーが道すがら一年生に教えた事を、たぶん、そっくりそのまま教えてくれたのだと思う。
あちこちはねて残念な事になっていたハリーの髪も、話しながら丁寧に梳いてくれた。
まさに至れり尽くせりといった状態だ。
甲斐甲斐しく世話を焼かれ、それでも流されるままに受け入れてしまう、心地良いとさえ思ってしまった自分に、ハリーは項垂れた。
どうも、自分の精神が幼い気がしてならない。
ずっとまともに人と接していなかったせいだろうか。
どちらにせよもっとしっかりせねば、ハリーは気を取り直すように顔をあげた。
ふいに名前を呼ばれた気がしてハリーが振り返ると、視線の先にいた生徒が数名、慌てたように顔を背けた。
鼻をすすりながら、そっと辺りを見回す。そしてソフィアも同じように目を周りにみやる。
先ほど寮を出た時からずっと、ちらちらとこちらを窺う視線と囁き声とが纏わりついてくるのだ。
「あ、ほらあれ」
「どこ?」
「あの眼鏡をかけてる…」
「彼の隣にいる。あの白い子」
「ほんとだ」
「きれいー」
教室の前で待機している生徒やすれ違う上級生たちが、一目でもハリーとソフィアを見ようとわざわざ近寄って来たりもした。
皆の様子にハリーは眉を顰める。
たぶんこんなに注目が集まるのは最初だけだろうと思う。
ハリーには“生き残った男の子”として以外に特筆すべきものは何もないし、皆すぐに飽きるはずだ。
しかし、こうして直接話しかけられる訳でもなく、遠巻きにひそひそと何かを言われるのは存外ストレスの溜まる物だという事を、ハリーはこの日初めて知ったのだった。