ソフィアの熱が引き、やっと医務室を出る許可が下りた。そして早速今日は「占い学」の授業初日だ。行き着いた教室は奇妙にも程があった。どこかの屋根裏部屋と昔風の紅茶専門店を掛け合わせたようなところだ。小さな丸テーブルがざっと二十卓以上、所狭しと並べられ、それぞれのテーブルの周りには繻子張りの肘掛椅子やふかふかした小さな丸椅子が置かれていた。深紅のほの暗い灯りが部屋を満たし、窓という窓のカーテンは閉め切られている。息苦しいほど暑い。丸い壁面いっぱいに棚があり、埃をかぶった羽根、蝋燭の燃えさし、何組ものボロボロのトランプ、
数えきれないほどの銀色の水晶玉、ずらりと並んだ紅茶カップなどが、雑然と詰めこまれていた。

 「ようこそ」

 暗がりの中から突然声がした。霧の彼方から聞こえるようなか細い声だ。入口に溜まっていた生徒たちの肩がびくっと竦み上がった。

 「この現世で、とうとう皆様にお目にかかれて嬉しゅうございますわ」

 忽然と現れたひょろりと痩せた女性に、一同は度肝を抜かれた。トレローニー先生は暖炉の灯りの中に進み出て、生徒たちに中まで入るように促した。大きなメガネをかけて、そのレンズが先生の目を実物よりも数倍も大きく見せていた。スパンコールで飾った透き通るショールをゆったりとまとい、折れそうな首から鎖やビーズ玉を何本もぶら下げ、腕や手は腕輪や指輪で地肌が見えなかった。

 「おかけなさい。あたくしの子どもたちよ。さあ」

 先生の言葉で、おずおずと肘掛椅子に這い上がる生徒もあれば、丸椅子に身を埋める者もあった。ソフィア、ハリー、ロン、ハーマイオニーは同じ丸テーブルの周りに腰かけた。トレローニー先生自身は、暖炉の前の、背もたれの高いゆったりした肘掛椅子に座った。

 「『占い学』にようこそ。あたくしがトレローニー教授です。たぶん、あたくしの姿を見たことがないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りて参りますと、あたくしの『心眼』が曇ってしまいますの」

 途端に生徒達は「出た」と心の中で呟いた。どうして「占い学」の先生は、こういう系統の人が多いのだろう。
何というか、自分の世界観だけで生きている人。人と関わることを遮断して、自分と外部とで線引きをしている人。苦手な類の人だと、ソフィアは瞬時に悟った。この思いもかけない宣告に、生徒は誰一人返す言葉もなかった。

 「皆様がお選びになったのは、『占い学』。魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。初めにお断りしておきましょう。『眼力』の備わっていない方には、あたくしがお教えできることはほとんどありませんのよ。この学問では、書物はあるところまでしか教えてくれませんの……」

 この言葉で、ハリーとロンがニヤッと笑って、同時にハーマイオニーをちらっと見た。書物がこの学科にあまり役に立たないと聞いて、ハーマイオニーはひどく驚いていた。

 「いかに優れた魔法使いや魔女たりとも、派手な音や匂いに優れ、雲隠れ術に長けていても、未来の神秘の帳を見透かすことはできません」

 まるで呪文や防衛術は教科書を読めばどんなに間抜けな魔法使いでも腕を磨くことができるが、崇高な力を授かり、未来を見ることができるのは自分だけなのだと自慢しているふうにも聞こえた。ソフィアは自分が偏屈すぎるようにも思ったが、トレローニー先生の言葉にはそういった鼻にかかったいやらしさが確かに感じられた。ソフィアは、未来を見透かす力など自慢にはならないと、なぜかそう強く思った。

 「限られたものだけに与えられる『天分』とも言えましょう」

 先生の巨大な目がきらりと光って、明らかに見下しているようなその眼差しに、ハーマイオニーと同様ソフィアも少し気分が悪くなった。生徒たちはみんな気味悪がって、不安そうに耳を傾けていた。

 「一年間、占いの基礎的な方法をお勉強いたしましょう。今学期はお茶の葉を読むことに専念いたします。来学期は手相学に進みましょう」

 暖炉の火が先生の長いエメラルドのイヤリングを輝かせた。

 「夏の学期には、水晶玉に進みましょう───ただし、炎の呪いを乗り切れたらでございますよ。つまり、不幸なことに、二月にこのクラスは性質の悪い流感で中断されることになり、あたくし自身も声が出なくなりますの。イースターの頃、クラスの誰かと永久にお別れすることになりますわ」

 この予告で張りつめた沈黙が流れたが、トレローニー先生は気にする様子もない。ソフィアたちの隣のテーブルで、ネビルがごくっと唾を飲んだ音がここまで聞こえてきた。彼は完全に怯え、この学科を選択したことを後悔しているようだった。ソフィアの隣では、ハーマイオニーが完全にイライラしていた。先生はすいーっと足音も立てずに立ち上がって、棚から巨大なポットを取ってきてテーブルに置いた。まるで今思い立ったかのように授業を進めているようだ。

 「それでは、皆様、二人ずつ組になって下さいな。棚から紅茶のカップを取って、あたくしのところへいらっしゃい。紅茶を注いでさしあげましょう。それからお座りになって、お飲みなさい。最後に滓が残るところまでお飲みなさい」

 生徒はみんな遠慮がちに棚まで歩いて、各々色のついたティーカップを手に取った。ラベンダーとパーバティがひそひそ話し合ったり、ネビルとシェーマスとディーンは薄気味悪そうに尻込みしていた。

 「左手でカップを持ち、滓をカップの内側に沿って三度回しましょう。それからカップを受け皿の上に伏せて下さい。最後の一滴が切れるのを待ってご自分のカップを相手に渡し、読んでもらいます。『未来の霧を晴らす』の五ページ、六ページを見て、葉の模様を読みましょう。あたくしは皆様の中に移動して、お助けしたり、お教えしたりいたしますわ。あぁ、それから、あなた───」

 唐突にトレローニー先生が、手前の棚の前に立っていたネビルの腕を押さえた。ネビルはひっくり返りそうなほど驚いていた。

 「一個目のカップを割ってしまったら、次のはブルーの模様の入ったのにして下さる?あたくし、ピンクのが気に入ってますのよ」

 まさにその通りになった。ネビルが棚に近づいた途端、カチャンと陶磁器の割れる音がした。トレローニー先生が箒と塵取りを持って、相変わらず足音も立てずにネビルの側にやって来た。ネビルは顔色を悪くしながら、受け取った箒でカップの破片を片付けていた。ソフィアはハーマイオニーと一緒にカップを持って、お茶を注いでもらうために先生に近づいた。

 「あら───?」

 すると、不思議なことが起きた。先に進み出てカップを差し出していたソフィアの顔を、トレローニー先生が凝視していた。それはもう穴が空くほど。拡大されたトンボのような目玉が二つ、じっとりと無言でソフィアを見つめてくる。決して気分のいいものではない。

 「……あの、先生?私の顔に……何か?」

 それでもトレローニー先生は口を開かなかった。ソフィアの背後からますますハーマイオニーがイラついて咳払いをしたが、先生は無視した。他の生徒も、異変に気がついて、何だ何だとトレローニー先生とソフィアに注目した。何か、さっきのネビルのような不吉な予言をされるのでは───と、誰もが過ぎった時、またも奇妙なことが起こった。

 「いいえ。お熱いのでお気をつけあそばせ」

 にっこりと、否、にんまりと、トレローニー先生が微笑んだ。妖しい風貌に不釣り合いなその明るい笑顔といったら、笑い方を忘れてしまった人間がぎこちなく口角を持ち上げているようだった。ソフィアは唖然として先生を見つめ返したが、先生はすでにハーマイオニーのカップにお茶を注ぎ始めていた。

 二人ともテーブルに戻ると、お茶で舌を火傷したらしいロンとハリーも訝しげに眉をひそめていた。ソフィアが席につくと、遠くからまたトレローニー先生がこちらを見て微笑んでいた。ソフィアは一瞬デジャビュかと思った。
 去年、ロックハートも授業中、目が合うたびにソフィアにウィンクして微笑みかけていた。しかし、今回のトレローニー先生の薄気味悪い笑顔に比べれば、ロックハートの胡散臭い笑顔がまだマシなように思えた。ソフィアの何がそんなに彼女のお気に召したのだろうか。熱っぽい視線から逃げるように、ソフィアは熱いお茶を急いで飲み、滓の入ったカップを回し、水気を取り、ハーマイオニーのカップと交換した。

 「何か見えた?」

 ソフィアが聞くと、ハーマイオニーはぶっきらぼうに「ただの滓よ」と言った。ソフィアもハーマイオニーのカップの底を覗いたが、確かに残ったお茶の葉がおどんでいるだけだ。

 「子どもたちよ、心を広げるのです。そして自分の目で俗世を見透かすのです!」

 トレローニー先生が薄暗がりの教室の中で声を張り上げた。ソフィアの隣で、ハリーが教科書を参照しながら、ロンのカップを見透かそうとしていた。だがロンから「君、はっきり言うけど、心眼の検査をしてもらう必要ありだね」と言われ、二人は必死に笑いを押し殺していた。ソフィアとハーマイオニーはもう半ば呆れて、ソフィアはハーマイオニーのカップを回して、縁にこびりついた滓を退けようとした。

 「ちょっと山高帽みたいな形になってる」

 次はロンの予言らしい。まじめに額にシワを寄せ、ハリーのカップを覗き込んでいる。

 「だけど、こう見るとむしろどんぐりに近いな……これは何だろう?たなぼた、予期せぬ大金。すげえ。少し貸してくれ。それからこっちにも何かあるぞ」

 ロンは何度もカップを回して、ぶつぶつ言っている。ソフィアも「未来の霧を晴らす」を申し訳程度に参照しながら言った。

 「ねえ、ハーマイオニー。あなたはとっても正しい行いをして、友達とその友達の命も救うって出てる」
 「あら、そう。いい予言でよかったわ。ありがとう、ソフィア」

 ハーマイオニーはまるきり信用していなかった。ソフィアは自分でも適当なことを言っている気がしたため、気にせずフフッと笑った。ロンが隣でまだ唸り声を上げて、ハリーのカップと格闘している。

 「なんか動物みたい。ウン、これが頭なら……カバかな……いや、羊かも……」

 ハリーが思わず吹き出し、ソフィアも笑っていたため、トレローニー先生がくるりと振り向いた。

 「あたくしが見てみましょうね」

 咎めるようにロンにそう言うと、先生はハリーのカップをロンから素早く取り上げた。クラス中がトレローニー先生を見つめる中で、先生はカップを時計と反対回りに回した。そしてハッと息を呑み、悲鳴を上げた。またしてもカチャンと陶磁器の割れる音がして、振り返ると、ネビルが二個目のカップを割っていた。トレローニー先生は空いていた肘掛椅子に身を沈め、目を閉じていた。

 「おお───かわいそうな子───いいえ───言わない方がよろしいわ───ええ───お聞きにならないでちょうだい……」
 「先生、どういうことですか?」

 ディーン・トーマスがすぐさま聞いた。みんな立ち上がり、そろそろとソフィアたちのテーブルの周りに集まり、ハリーのカップをよく見ようと、トレローニー先生の座っている椅子に接近した。先生の巨大な目がドラマチックに見開かれた。

 「まあ、あなた。あなたにはグリムが取り憑いています」
 「何がですか?」

 ハリーが聞いた。しかし、他のほとんどの生徒は恐怖のあまりパッと手で口を覆った。

 「グリム、あなた、死神犬ですよ!!」

 トレローニー先生はハリーに通じなかったのがショックだったらしい。

 「墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です!かわいそうな子。これは不吉な予兆───大凶の前兆───死の予告です!」

 ラベンダー・ブラウンが口を両手で押さえ、みんながハリーを見た。だが、ソフィアともう一人、ハーマイオニーだけは、何の反応も見せなかった。それどころかハーマイオニーは、トレローニー先生の椅子の後ろに回って、容赦なく言った。

 「グリムには見えないと思うわ」

 トレローニー先生は嫌悪感を募らせてハーマイオニーをじろりと品定めした。ソフィアの嫌いな人を見下すようなあの目だった。

 「こんなことを言ってごめんあそばせ。あなたにはほとんどオーラを感じられませんのよ。未来の響きへの感受性というものがほとんどございませんわ」

 今度はシェーマス・フィネガンがハリーのカップを取って、首を左右に傾けていた。

 「こうやって見るとグリムらしく見えるけど、でもこっちから見るとむしろロバに見えるな」
 「僕が死ぬか死なないか、さっさと決めたらいいだろう!」

 ついに怒ったハリーが立ち上がってそう言った。するとトレローニー先生が一段と霧の彼方のような声で、
「今日の授業はここまでにいたしましょう」と言ったので、みんなはハリーの方を見ずに、ばらばらと散っていった。ひどく胸が悪くなるような新学期最初の授業だったとソフィアは思った。

ALICE+