「こりゃたまげた…あのバックビークからお辞儀するなんざ…」

 ハグリッドを含め、その場にいた誰もがこの状況に目を見開いていた。ヒッポグリフは誇り高い生き物。しかし今はヒッポグリフが自ら頭を下げ、尚且つソフィアに顔をすり寄せている。
 
 「すごいや。やっぱり特別生き物に好かれる体質なんだな」
 「笑い事じゃないわ、一歩間違えたら怪我してたかも」

 皆、それぞれの意見を言い合う中、ソフィアも優しくバックビークの頭を撫でていた。

 「えらいぞソフィア!そんじゃあ、他にやってみたいモンはおるか?」

 ハリーとソフィアの成功に励まされ、他の生徒も恐々放牧場に入ってきた。そしてソフィアが漆黒のヒッポグリフにかかりきりになると、バックビークのところにマルフォイたち三人がやってくる。お辞儀をし返されたマルフォイは尊大な仕草でバックビークを撫でながら、ソフィアとハリーに聞こえる大声で口を歪めた。

 「簡単だと思ったよ。ポッターが手懐けられるくらいだ。全然危険なんかじゃない」

 ソフィアがまずいと思ってバックビークの方に駆けだしたときにはもう遅かった。

 「そうだろ、醜い巨体の野獣め」

 バックビークの大きな鉤爪が光った。

 「ダメ!」

 バックビークの攻撃に倒れたマルフォイの盾になるように、ソフィアは身を滑り込ませた。マルフォイへ二度目の攻撃に移ろうとしていたバックビークは勢い余って両手を大きく広げたソフィアの肩を引き裂く。

 「バックビーク、ダメ!」

 ソフィアの肩から血がにじむのを見て、バックビークは途端におろおろし始めたようだった。素早く飛んできたハグリッドがバックビークに首輪をかけた。

 「死んじゃう!」

 マルフォイは草の上で転がっていた。身を丸めて喚く声にクラス中がパニックに陥る。

 「見ろよ!あいつ、僕を殺した!」
 「死にゃせん!」

 マルフォイのローブは血染めだった。同じようにソフィアのローブにも血がにじんでいる。ハグリッドが焦ってマルフォイに駆け寄り、ハーマイオニーたち三人が真っ青になってソフィアに近付いてきた。

 「ソフィア!大丈夫!?」
 「平気、全然痛くない…」

 肩を抑えて唸るソフィアの言葉を三人は信じなかった。背後で転がるマルフォイが盛大に痛い、死ぬ、殺されたを連呼しているのもそれを後押しした。

 「この子たちを医務室に運ばにゃ――。手伝ってくれ」

 ハグリッドが転がるマルフォイを抱え上げた。ハグリッドの視線に気付いたハーマイオニーが走っていってゲートを開ける。背の高いロンがマルフォイと同じようにソフィアを抱えようとしたのを、ソフィアは固辞した。

 「…私は大丈夫。本当に」

 ソフィアは自分の足でハグリッドについて牧場を出る。背後で生徒たちが騒然と言い争うのが遠く聞こえた。

 ***

 (どうしよう…)

 ハグリッドの腕の中でひーひー喚き続けているマルフォイを横目に見て、ソフィアは沈んだ。マグルの世界でも人間に攻撃した生き物が殺処分されることがある。バックビークは結果的に二人襲ったことになる。自分の分だけでもごまかせないかと、ソフィアはハグリッドがマルフォイに意識を集中しているのを確認して、自分の肩に杖を向けた。

 「…エピスキー」

 小声で癒しの呪文を唱えると、少し痛みが和らいだのを感じた。自分では見えない位置の傷だが、どうにかなったのだろうと楽観的に思ってソフィアはハグリッドを追いかけた。

 「マダム!急患だ!」

 二階に上がって、ハグリッドが医務室のドアを焦って乱暴に開けた。

 「これ、どうしたの!」

 ハグリッドの腕の中のマルフォイを見て、校医が目を剥いた。マルフォイは血だらけで、すすり泣いている。

 「ヒッポグリフだ…。俺は侮辱しちゃならんと言ったはずだが…。なにか手違いで…」

 ハグリッドがマルフォイをベッドに下ろしてしどろもどろに言った。

 「ヒッポグリフ!?授業で扱うには危険すぎない!?」
 「十分注意はしたつもりだった…」

 ハグリッドがどんどん小さくなっていく。

 「ハグリッド、怪我をした生徒の寮監の先生をお連れして。今すぐよ!」

 ハグリッドは校医の言葉に大慌てで飛び出していった。ソフィアが居た堪れなくなって身をすくめると、校医はやっとその存在に気付いた。

 「エムリス!?あなたもなの!?」
 「私は違います…」
 「その血だらけのローブはなに!?」
 「か、返り血です。ミスター・マルフォイの…」

 校医は追求したそうにしたが、呻くマルフォイに意識を戻した。ソフィアはそばの椅子に座って小さくなる。マルフォイはかなり痛がっている。ハグリッドが寮監を呼びに行った。これは、間違いなく、大事になってしまう出来事だ。

 医務室のドアが開き、スネイプに続いてマクゴナガルが入ってきたのを見て、ソフィアはまずいと思った。スネイプは校医に治療されているマルフォイに一目散に近付いて行った。マクゴナガルはもちろんソフィアのところに来た。

 「エムリス、なにがあったか聞かせてください。ハグリッドはもうなにを言っているかわからないのです」
 「魔法生物飼育学の授業で、ヒッポグリフを扱ってました…。ハグリッド先生は十分注意したんですが、ミスター・マルフォイがヒッポグリフを侮辱して襲われました…」

 マクゴナガルがちらと呻いているマルフォイに振り返った。確かに侮蔑の視線だった。

 「…それでエムリス、あなたは?」
 「…私は、仲裁をしただけです」

 ソフィアは恐る恐る言った。マクゴナガルの視線が自分の肩を捉えているのがわかる。

 「怪我をしたのでしょう?マダム・ポンフリーに診ていただいたのですか?」
 「私、怪我はしてません…」
 「その血だらけの破れたローブはなんです?」

 眼鏡越しに鋭い視線を投げかけられ、ソフィアは伏し目がちに答える。

 「…血はミスター・マルフォイの返り血です」
 「なにをごまかしているんです?ローブを脱がせますよ」

 マクゴナガルはソフィアをベッドに押しやって、周囲のカーテンを引くとローブを脱がせた。ソフィアの薄いYシャツもローブ同様鉤爪で裂かれていて、怪我をしていないという言い訳は通用しなかった。それどころかソフィアの素肌に爛れたような傷跡があるのを見て、マクゴナガルは絶句した。

 「これは、なんですか!?こんな傷跡見たことがない!マダム!エムリスも急いで診てください!」
 「リンジーは癒しの呪文を未熟ながら使える」

 カーテンの外でスネイプの声がした。一部始終を聞いていたのだろうとソフィアは思った。マクゴナガルは驚いてソフィアを見つめる。

 「自分で治療したんですか?なんのために?」

 鬼気迫るマクゴナガルにソフィアは黙りこんだ。校医が慌ててカーテンの中に入ってきたのはそのときだ。

 「去年、ギルデロイ・ロックハートがハリー・ポッターに不要なことをして私を手こずらせたのを覚えてなかったの!?」
 「違うんです、マダム…」
 「なにが!?」
 「…、ヒッポグリフが二人も攻撃したとなれば殺処分は免れないと思って…。マグルの世界でも、人間側かっらちょっかいをかけて…それで人間に攻撃してしまい、罪もないのに殺されてしまう生き物がいるんです…」

 ソフィアはついに泣き出してしまった。

 「…治療しましょう、エムリス。泣かなくていいから…」

 マダムがソフィアを気の毒そうに見て、それから杖を振るった。肩の痛みはほぼなくなった。カーテンが取り払われると、ソフィアは隣のベッドでマルフォイが目を瞑って横たわっているのに気がついた。

 「マルフォイはどうです?」
 「喚くので寝せたところです。大したことはないわ。さあ、エムリスもしばらく休みなさい」

 マルフォイは魔法で強制的に眠らされたようだ。ソフィアは下まぶたを擦って校医に無言で頷いた。布団を顔まで手繰り寄せて、目を閉じる。これからどうなるだろう。

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