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ハリー、ロン、ハーマイオニーは、いつも上手い具合に入れ違いになってお見舞いに来てくれた。ソフィアが木曜日には授業に復帰したいと言うと、ロンは「魔法薬の授業はいい機会だから休めばいいのに」と羨ましそうに言っていた。
そして木曜日の朝、ソフィアはマダム・ポンフリーに授業に行かせて欲しいと何度も交渉した。「いけません」の一点張りだった先生だが、ソフィアが朝食が済んだあとも、しつこく言い続けたため、いよいよ折れかかっていた。その時、医務室の扉が開いて、ドラコ・マルフォイが調子の悪そうな顔を装って入ってきた。包帯を変えて欲しい、と頼みに来たようだったが、ソフィアと目が合うと、途端にマルフォイは罰が悪そうな顔をした。マダム・ポンフリーは一気に不機嫌になった。
「あなたはもう大丈夫だと、何度言えばわかるんですか」
「でも先生、まだ傷が疼くんです……」
繕った猫なで声で、マルフォイはまるで悲劇のように腕をさすった。ソフィアの背中の傷は、直後に比べればそれはもう目覚ましい回復を遂げていたので、マルフォイの言い訳もそろそろ苦しくなってきた頃だろう。マダム・ポンフリーはすっかり呆れながらも、献身的にマルフォイの包帯を取り換えてやった。
「ではミスター・マルフォイ、彼女を教室まで送ってあげて下さい。今日から授業に復帰します」
マルフォイは面食らってソフィアを見た。同様にソフィアも目を見開いた。
「私も授業に出ていいんですか?」
ソフィアは目を輝かせた。今からなら、午後の授業にもばっちり間に合う。
「ええ。“その程度の重傷”のミスター・マルフォイより、“それほど軽傷”のあなたまで休んでいるのは不公平ですからね。でも、無理はいけません。いいですね?」
「っ、はい、ありがとうございます」
ソフィアは、マダム・ポンフリーが皮肉を言うところを初めて見て、少し呆気にとられた。マルフォイの耳がみるみる色づいていった。ソフィアを教室まで送り届けておいて、自分が授業に出ないわけにはいかない。“その程度の重傷”なのだから。何度もしつこくやって来るマルフォイに対し、いよいよマダム・ポンフリーが手を打ったらしい。
医務室を出たあと、右腕の包帯と三角巾が、まるで英雄気取りの馬鹿な小道具のように思えたのか、マルフォイは何度か平気なふりをして腕を動かしてみせた。ソフィアは授業に出られることが嬉しくて、ただニコニコと笑顔を浮かべていた。
「……君、どうして僕をかばったりしたんだい?」
廊下の途中まで来たところで、ぽつりとマルフォイが聞いた。ソフィアは立ち止まって振り向いた。見た目には、重傷患者は間違いなくマルフォイだった。
「どうしてって……貴方、死にたかったの?」
「……っ、そういう意味じゃない。別に僕は君の助けなんかなくたって、あんな野獣の攻撃くらい───」
青白い頬に、微かに朱がさした。ソフィアは真摯にマルフォイを見つめ、初めて眉を吊り上げた。
「ヒッポグリフにも人間の言葉は分かる…。…寧ろ…ああいう生き物たちの方が人間よりも賢い子が多いよ。言葉が話せないからって、侮辱していいことにはならない。例え言葉を話せる生き物でも絶対にダメ――屋敷しもべ妖精とかね」
マルフォイの顔がぎくりと硬直した。去年、マルフォイ家に仕えていたしもべ妖精のドビーが、ハリーの手によって自由になったことを、当然マルフォイも知っているだろう。マルフォイが頬を何度か痙攣させたあと、悔しそうに唇をわななかせた。
「君は、この僕に説教ばかりするんだな」
「君は、私に憎まれ口しか言わないね…」
正確にはグリフィンドール寮生に対して、だが。もっと言えば、ハリーたちにだ。ソフィアが凛然と言い返すと、マルフォイはますます忌々しそうに顔を歪めた。張り合いのないソフィアの態度が一層彼に敗北感を味わわせたようだ。
「ぼ……僕は知ってるんだぞ」
今度は何を言い出すのかと、ソフィアは何でも聞いてやろうという姿勢でマルフォイを見つめた。しかし、次の瞬間、完全に平常心を奪われてしまった。
「…君が魔法生物との混血だってことを」
ソフィアは強く心臓を鷲づかみにされたような気がした。その話を、今は聞きたくない。───怖い。マルフォイに先に知られてしまうことが怖い。畳み掛けるようにマルフォイは続けた。
「僕は父上からキミのことについて口外しないこと、そして監視するようにと命じられた。けど僕は納得いかない。一体、キミは何者なんだ。父上があそこまで―――」
「いい加減にして…!」
ソフィアは厳しい口調でマルフォイに怒鳴った。単なる仮説、妄言、嘘だ。マルフォイ家に、ルシウス・マルフォイにわかるはずがない。
「……授業、行こうよ…」
これ以上、勝手なことばかり並べ立てられるのに我慢ができなくなり、ソフィアは深呼吸して言った。マルフォイは面食らったが、ソフィアは気にせず廊下を歩きだした。肩の痛みなんてもう気にならない。気持ちが焦っていることに、きちんとした理由がつけられず、当惑していた。どうして私はこんなに震えているんだろう?