結局、午前の「魔法薬学」には間に合わなかった。地下牢の近くまで来ると、授業を終えた生徒の群れに遭遇した。マルフォイはすぐにクラッブやゴイルのところへ行き、ソフィアはハリーたちを探して合流した。えらく機嫌が悪いのは、今に始まったことじゃないけれど、ソフィアは念のために何があったか聞いておいた。

 「ネビルの水薬がちゃんとできたからって、五点減点か!ハーマイオニー、どうして嘘つかなかったんだ?ネビルが自分でやりましたって、言えばよかったのに!」

 ロンの悪態を聞き流しつつ、ソフィアは後ろを振り返った。

 「ハーマイオニーはどこ…?」
 「え、すぐ後ろにいたろ?」

 ロンも慌てて振り返ったが、ソフィアが来た時からハーマイオニーの姿はどこにもなかった。三人は階段の一番上にいた。クラスの他の生徒たちがソフィアたちを追い越して大広間での昼食に向かっていた。その時、マルフォイがクラッブとゴイルを両脇に従えて、そばを通り過ぎようとした。

 「ポッター、一人でシリウス・ブラックを捕まえようって思ってるのか?」

 やはり、ハリーに突っかかってきた。ハーマイオニーを目で探しながらも、ハリーは無造作に答えた。

 「そうだ、その通りだ」

 マルフォイの薄い唇が歪み、意地悪そうにほくそ笑んだ。

 「言うまでもないけど、僕だったら、もうすでに何かやってるだろうなぁ。いい子ぶって学校にじっとしてたりしない。ブラックを探しに出かけるだろうなぁ」
 「マルフォイ、いったい何を言い出すんだ?」

 ロンが乱暴に言った。マルフォイは薄青い目を細めて、囁くように言った。

 「ポッター、知らないのか?」
 「何を?」

 ハリーとソフィアはじいっとマルフォイを見据えた。マルフォイは嘲るように低く笑った。

 「君はたぶん危ないことはしたくないんだろうなぁ。吸魂鬼に任せておきたいんだろう?僕だったら、復讐してやりたい。僕なら、自分でブラックを追い詰める」
 「いったい何のことだ?」

 ハリーが怒った。ソフィアにもマルフォイの言わんとすることは理解できなかった。彼は、父親のせいでいろんな裏の事情に通じているようで厄介だと、ソフィアは思った。それにシリウスに関することは、ソフィアも気になった。しかし、その時、ハーマイオニーが少し息を弾ませて階段を上ってきた。

 「ソフィア!もう大丈夫なの?」

 片手にカバンを抱え、もう一方の手で何かをローブの前に押し込んでいた。話に急激に水を差されたのが気に食わなかったのか、マルフォイはハーマイオニーを睨みつけると玄関ホールを横切っていった。背中を向けるほんの一瞬、マルフォイがアレンを胡乱な眼差しで見ていたことに、ハリーは気づいた。

 「どうやったんだい?」

 ロンが聞くと、三人に追いついたハーマイオニーが「何を?」と聞き返した。

 「君、ついさっきは僕らのすぐ後ろにいたのに、次の瞬間、階段の一番下に戻ってた」
 「ああ───私、忘れ物を取りに戻ったの。アッ、あーあ……」

 ハーマイオニーのカバンの縫い目が破れていた。当然といえば当然だった。彼女のカバンの中には、大きな重たい本が少なくとも一ダースはギュウギュウ詰めになっている。

 「どうしてこんなにいっぱい持ち歩いてるんだ?」

 ロンが訝しげに聞いた。

 「私がどんなにたくさんの学科を取ってるか、知ってるわよね───ちょっと、これ持ってくれない?」

 ハーマイオニーはまだ息を切らしている。はみ出た本を一旦ロンに預けて、カバンの中を整理し始めた。ロンは渡された本を引っくり返して表紙を見ていた。

 「でもさ、今日はこの科目はどれも授業がないよ。『闇の魔術に対する防衛術』が午後あるだけだよ」
 「ええ、そうね」

 ハーマイオニーは曖昧な返事をした。それでもお構いなしに全部の教科書をカバンに詰め直した。

 「お昼においしいものがあるといいわ。お腹ペコペコ。ソフィア、もう体は平気なのね?」

 ソフィアが頷いたのを確認すると、ハーマイオニーは大広間へとキビキビ歩き始めた。彼女の後ろで、ロンがハリーとソフィアに問いかけた。

 「ハーマイオニーって、なんか僕たちに隠してると思わないか?」

 ロンに怪しく思われないよう、ソフィアは曖昧に笑っておいた。
 大広間でハーマイオニーは一人黙々と教科書を読みながら昼食をとっていた。その科目もやはり今日はやっていない授業のものだったが、彼女が教科書を熟読していることなど日常茶飯事だったので、なるべく邪魔にならないようにソフィア、ハリー、ロンは声のトーンを少し低くして話していた。

 「マルフォイは何を言ってたんだろう?」

 ポテトサラダを自分の小皿に取り分けながら、ハリーが言った。

 「なんで僕がブラックに復讐しなくちゃならないんだ?僕になんにも手を出してないのに───まだ」
 「でっち上げさ。君に、なんかバカなことをさせようとして……それにしても今日は案外すんなり消えてくれたよな」

 今日のマルフォイの奇妙に潔い退却には、ロンも少し不信感を抱いたらしい。ハリーはちらっとスープの皿を傾けていたソフィアに目をやった。

 「ソフィアは何か知ってる?君、マルフォイと一緒だったんだろ?」
 「何かあいつと話した?」

 ロンの視線もソフィアに向いた。正体がバレそうになったなどとは言えず、ソフィアは考えるフリをした。
 
 「別に何も。マダム・ポンフリーが、その程度の重傷だった彼に比べて、それほど軽傷の私が授業に出られないのは不公平だって、教室まで一緒に行くところだったの」
 「ああ、そりゃ全くごもっともだ。その程度の重傷だよ、あいつ」

 ロンがくつくつと吹き出した。その時、ソフィアたちから少し離れた場所に座っていたシェーマス・フィネガンが三人のもとへ身を乗り出してきた。手には「日刊予言者新聞」が握られていて、三人の前に広げて見せた。

 「聞いたか?シリウス・ブラックが目撃されたって書いてあったよ」
 「どこで?」

 ハリーとロン、そして思わずソフィアまでも急き込んで聞いた。スリザリンのテーブルの向こうで、マルフォイが目を上げて耳をそばだてていた。

 「ここからあまり遠くない」

 シェーマスは興奮気味に言った。

 「マグルの女性が目撃したんだ。もちろんその人は本当のことはわかってない。マグルはブラックが普通の犯罪者だと思ってるだろ?だからその人、捜査ホットラインに電話したんだ。魔法省が現場に着いた時にはもぬけの殻さ」

 シェーマスの言葉を聞き、ロンは曰くありげな目でハリーを見た。

 「ここからあまり遠くない、か……」

 いつの間にかハーマイオニーも側に立って、新聞を読んでいた。シェーマスの後ろに立っていたネビルなんかは恐ろしさのあまり、震えが止まらないようだった。もしホグワーツに来たらどうしよう?と、どこもかしこもざわめき始めた。一方でソフィアは一人疑問に思うことがあった。そもそも、なぜシリウスはホグワーツに来ようとしているのだろう?もし本当にハリーに会うためだとしたら、それはなぜなんだろう?

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