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 翌朝、窓の外を見てソフィアはげんなりした。荒れ狂ったひどい天気だ。クィディッチ初戦開始までもう少しだ。ほとんどの生徒がこの悪天候の中、より良い席を取ろうといつもより五分も十分も早く行動し競技場へ向かっている。
 
 「ソフィア、行きましょう?」
 「あ…うん」

 ソフィアも声をかけてきたハーマイオニー、ロンに続いて談話室を出た。既に雨は土砂降り。風も猛威を奮っている。頭上では雷鳴が轟き、視界は完全最悪。観客席は傘やレインコートの森のようだった。それでもクィディッチ試合は決行される。そしてスニッチが捕まるまで、例外を抜かして終わらない。それが魔法界で一番人気のスポーツだ。ルールは単純。技術と度胸と才能と、何事にもへこたれない精神が必要なのである。ソフィアはこれを見るのが好きだった。箒に乗れない彼女は通常の飛行術の授業から見るのが中心である。できない分選手である友人を全力で応援した。毎年行われる飛行技のせめぎ合いにはその都度目を奪われ感嘆してしまう。勝利した時の喜びと敗北した時の悲しみは紙一重の感情だ。

 試合が始まる頃、ほぼ同じタイミングで選手が入場する。真紅とカナリア・イエローが七つずつヒュンヒュン舞っていた。雨天に負けじと観客が声をあげた。湧いていく歓声もそぞろに選手は審判のマダム・フーチのところに集まっていく。金色のスニッチが放たれ高く空に舞い上がる――試合開始だ。
 十四の選手が一斉に散らばった。歓声に強さが増す。赤と黄色が行き交い怒涛のヒットアンドランが繰り返される。

 「雷雨という大変苦しい天候の中始まりました!本年度のクィディッチ対抗試合!解説はお馴染みリー・ジョーダンが努めさせていただきます!両チームそれぞれが競技場のあちこちを舞っています。現在クアッフルはグリフィンドールのケイティ・ブラウンの手に!北側のポールをかわし、ブラッジャーを二つともかわして――」

 この悪天候でもリーの実況は正確だった。雨が叩く音や風の音、人々の歓声の中に紛れて聞こえてくる。普通ならなかなか見えない部分まで語られるので、やはり彼の役所は大きい。しかし選手はそうはいかないだろう。雨風に晒され芯までびしょ濡れだ。最低な視界と環境でも尚苦戦を強いられる。身体が否応なく鈍くなり始めるのにはそう時間もかからない。――時間の感覚がなくなった。選手たちはそれぞれスピードが落ち始め、接触未遂も多くなる。

 「頑張って…っ!」

 雨粒が口の中に入った。頭上に飛んでいたハリーがしきりに顔を腕で拭っているのが見える。

 「グリフィンドール更にシュート――おっと残念、阻まれました!…うん?キャプテンのオリバー・ウッドがタイムを要求しました!」

 最初の稲妻が光った時、マダム・フーチのホイッスルが鳴り響いた。ウッドのサインに応えるべく、六つの真紅が彼のもとに集まっていく。ソフィアは急いで席を立った。全速力で駆け下りる。グランドにいるチームの元に駆け寄り、メガネをブラブラさせているハリーの肩を叩いた。

 「ソフィア?」
 「そのメガネ、貸して」

 どうしたの?と問われる前に、半ば奪うように彼女はハリーからメガネを受け取った。同時に杖を取り出し、コツコツと叩く。

 「インパービアス《防水せよ》」

 本で読んだ防水呪文だ。メガネはたちまち水を弾くようになる。

 「これで大丈夫だから」

 そう言ってハリーに返す。

 「ありがとう!」
 「よくやった!」

 ハリーは輝くような笑みで、ウッドはソフィアにキスしかねない様子で礼を言った。ソフィアは笑顔で身を翻し観衆の中に戻っていく。試合が再開される。寒さは増したようだった。レインコートを着込んでいても身体が冷えてしまう。風が雨を誘い頬や腕を叩いた。

 「試合開始から二時間が経過しました。両チーム必死にクアッフルの奪い合いをしています!」

 ソフィアは目をパッチリと開けてハリーを追った。ブラッジャーを避け、反対側から迫ってくるセドリックの下をくぐる。また雷が鳴った。樹木のように枝分かれした稲妻が見えた。

 額にまとわりつく前髪を払い除け、ソフィアは空を見上げた。雨は叩きつけるような強さに変わり、頭上で雷が間隔を開けずに轟く。何度も、バリバリと樹木のように枝分かれした稲妻が空を走った。無意識に不安に早鐘を打つ心臓の前で、ソフィアは両手を祈るように強く握る。

 ハリーは一点だけを見つめて、一直線に突進している。スニッチを見つけたのだ。 その時、競技場に冷たい空気が流れた。既に嵐で冷え込んだ気温よりも、もっと低い冷気だ。双眼鏡が、グランドに入り込んできたディメンターを映した。息を飲んだソフィアは、すかさずチョコレートを口に含んだ。すると、肺が凍るような冷たさや恐怖から解放され、冷静に周囲を見渡すことが出来た。

 観客席に座っていた先生たちが、既にディメンターを競技場から追い出そうと動き始めている。上空にはディメンターの影響を大きく受けやすいハリーがいる。ソフィアは、双眼鏡でハリーの姿を探した。先程と変わらない位置にハリーはいた。しかし、様子がおかしかった。 箒にしなだれかかったハリーが、真っ逆さまに――――落ちたのだ。

 「先生!! ハリーが、ハリーが箒から落ちて、地面に――」
 「アレスト・モメンタム!  動きよ、止まれ」

  ソフィアが言い終わるよりも早く、いつからそこにいたのか、信じられない素早さでソフィアの前に躍り出たダンブルドアが、地面に急降下してくるハリーに向けて魔法を放った。地面ギリギリの所で水平に仰向けの状態で静止したハリーの元へ、ソフィアは勢いよく駆け出した。迫り来るディメンターの群れを、彼女の後ろからダンブルドアが杖のひと振りでなぎ払う。無我夢中に泥を蹴って、宙で静止するハリーの体を両腕で抱くと、呪文が解かれてハリーの全体重がソフィアにのしかかる。

 「そのままハリーを守っておやり、ディメンターは、わしがすぐにでも一掃するからの。その後、ポピーとハリーを連れて医務室へ行くのじゃ」

 ソフィアのすぐ後に続いたダンブルドアが、二人の盾となって杖を振り、次々とディメンターを片付けた。ソフィアは、泥だらけの地面に膝をつき、ハリーの上半身を胸に抱きかかえ、彼の耳元でハリーの名前を呼び続けた。

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