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 医務室へ週末いっぱい入院を余儀なくされたハリーは、抵抗もせず、文句も言わなかった。ハリーは、目を覚ましてすぐに打ちのめされた気分に陥り、そもそも授業に出る気力なんて無かった。ベッドの中でディメンターが原因で気を失ったことを思いだし、「まただ」とハリーは膝を抱えた。それに、試合はセドリックがスニッチをキャッチし、グリフィンドールは百点差でハッフルパフに負けた。

 極めつけは、長年ハリーの相棒として共に空を飛んで来たニンバス二〇〇〇が暴れ柳に突っ込んで、木っ端微塵に吹き飛んだこと。ハリーは、かき集められて手元に戻って来たニンバス二〇〇〇の亡骸を決して手放そうとしなかった。どんなにたくさんの友達が見舞いに来てくれても、ソフィアが優しい言葉をかけてくれても、大切な親友を失ったような気分から立ち上がれる状態じゃなかった。

 ハーマイオニーとロンやソフィアが、ハリーのそばにつきっきりでついていたが、ハリーは二人の話に小さく気のない相槌を打つだけで、とてつもなく消沈しているのが見て取れる。
 医務室に一人きりで夕食を食べることになったハリーが、あまりにも弱々しく見えて、ソフィアはハリーと二人で夕食を摂ることにした。黙々と食事を進めるソフィアとは対照的に、ハリーは消化のいいポリッジをひたすらスプーンで弄び、一向に口に運ぼうとしないのだ。

 「一口だけでもいいから食べよう? ね?」

 ハリーは、一瞬だけソフィアをチラリと見遣り、スプーンで掬ったポリッジをようやく口に入れた。クィディッチの試合からずっとこの調子が続き、空腹を感じなくても体は栄養を欲している。一口でも胃に入れられたら、自然と二口目へ進むと思っていたが、計算外だった。ハリーは、本当にたった一口食べただけで、またポリッジをスプーンでつつき始めた。

 「ハリー、ここに何かが引っかかっているから、きっとご飯も喉を通らないんだと思うわ」

 ソフィアは、自分の食器が乗ったお盆を押しのけ、ハリーへ近付いた。そしてハリーのベッドの片隅に控えめに腰を下ろし、人差し指でツン、とハリーの丁度心臓がある辺りに触れる。

 「今、ここには私しかいないわ。何でもいいの。今回の試合のことでも、普段から溜まっている鬱憤でも何でも……無理にとは言わないけど、少しでもいいから話してみて。今よりきっと落ち着くはずよ」

 ハリーは、スプーンから手を離し、足元の掛け布団の上で手を組み、上体が起こされたベッドに力なくもたれかかる。腹のそこから深く息を吐いて、ハリーは唇を開く。が、もう一度合わせ閉じた。

 躊躇していたのだ。箒から落ちる寸前、ハリーはグリムを見た。一度ではなく二度までも……トレローニーの死の予告が、ぐるぐるとハリーの頭の中で渦を巻き、もしかしたら僕は本当にグリムに憑かれしまったのかもしれない、と思っていた。

 それに、ディメンターもいる。ディメンターのことを考えるだけで寒気や吐き気がするし、自尊心が傷付く。全員、ディメンターはとても恐ろしいと言うが、ディメンターに近付いて気を失うのはハリーとソフィアだけだった。頭の中で声が聞こえるのも、ハリーとソフィアだけだ。それなのに、今回ソフィアは気を失ったりしなかった。そのことが、余計にハリーを惨めな気持ちにさせるのだ。

 「ソフィアは、試合中どうして平気だったの?」
 「私とディメンターの間には距離があったから…。それに、気分が悪くなる前に、チョコレートを食べたの」

 ソフィアは、ローブの内ポケットから銀紙に包まれたチョコレートを一欠片割り、ハリーに食べるように促す。ハリーは、消え入りそうな声で「ありがとう」と食べた。チョコレートを食べると、気分が落ち着くこと知っていたし、早くこの気分の悪さから抜け出したかった。けれど、ソフィアの言ったとおり、ハリーの胸には鉛のように重い何かが引っかかっていて、チョコレートは効果が無い。

 「意識を失う寸前、グリムを見たんだ。今回で二回目だよ。グリムが僕の目の前に現れて、その二回とも、僕は……」
 「生きているわ。二回もそんな目にあっても、ハリーは今生きている。その事実だけじゃ、だめ?」

 ハリーは、目頭が熱くなるのを感じた。

 「だめじゃ……ないよ」

 目頭を抑え、俯いて首を左右に振る。そうだ、今自分は生きている。先程までだって、ロンやハーマイオニーが一日中つきっきりでついていてくれた。ソフィアも、今こうしてハリーのそばにいてくれている。「よかった」と微笑むソフィアに、少しだけ気持ちが楽になった気がする。ただ、結局最後まで、両親の死ぬ間際の声が聞こえたことは、誰にも言えずにいたけれど。

 ***

 月曜日にはハリーも学校のざわめきの中に戻っていた。ドラコが彼を幾度も冷やかしそれを我慢しなくてはならないが、取りあえずは良しとすることにしたようだ。
 ドラコはグリフィンドールが負けたことに有頂天だった。ついに包帯も取り去り、両手をさらけ出しハリーが箒から落ちる様子を嬉々として真似た。おかげでソフィアの包帯も取れ(案の定傷は皮一枚まで治っていた)自由になった。

 リーマスは復帰していた。くたびれたローブが前よりもだらりと垂れ下がっている。目の下には隈ができていた。

 「フェアじゃないよ」
 「代理だったのに宿題を出すなんて!」
 「僕たち人狼について何もしらないのに――」

 生徒が席に着くと彼は微笑した。するとみんないっせいに、リーマスが病気の間にスネイプがどんな授業をしたか、不平不満をぶちまけていた。

 「まだそこは習っていないって、そう言わなかったのかい?」

 リーマスは少し顔をしかめて聞いた。クラス中がまたいっせいに喋った。

 「言いました!」
 「でもスネイプ先生は僕達がとても遅れてるって仰有って……」
 「耳を貸さないんです」
 「――羊皮紙2巻なんです!」

 一番最後の言葉が一番強く言われた。全員がプリプリ起こっているのを見ながら、リーマスはニッコリした。

 「よろしい。私がスネイプ先生にお話ししておくよ。レポートは無しだ」
 「そんなぁ」

 クラス中が喜ぶなか、ハーマイオニーだけがっかりした顔をした。

 「私、もう書いちゃったのに!」

 そんな彼女の横でソフィアはハリーに向かって笑みを見せた。応えるように彼はグッと親指を立てる。授業は楽しかった。リーマスはガラス箱に入った「おいでおいで妖精(ピンキーパンク)」を持ってきた。1本足で、鬼火のように幽かで儚げで、害のない生き物に見える。

 「これは旅人を迷わせて沼地に誘う」

 リーマスの説明を、みんなは進んでノートに書き取った。

 「手にカンテラをぶら下げているね?目の前をピョンピョン跳ぶ――人がそれについていき――」

 おいでおいで妖精はガラスにぶつかってガホガボと音をたてた。終業のベルが鳴り、みんな荷物をまとめて出口に向かった。

 「ハリー、ちょっと残ってくれないか」

 その言葉に、みんなと一緒に教室を出ようとしたハリーが戻った。ソフィア達はその様子に首を傾げる。

 「何だろう?」
 「さぁ?」

 すぐに戻ってくる様子はない。仕方ないので、ハリーが戻ったら聞いてみようと結論を出し、ソフィアたちは寮の塔へ向かった。

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