18

 マントやマフラーにすっぽりくるまったソフィアは、同じような格好をしたロンとハーマイオニーと共に白んだ道を歩いていた。あちこちに雪が被っている。

 「クリスマス・ショッピングができて良かったわ」

 ハーマイオニーが言った。彼女は先日ハニーデュークス店のある商品に目を付けているらしい。ソフィアの案内も兼ねて、三人は真っ先にそこへ行くことにしていたのだ。

 「ソフィアはもうプレゼントを決めた?」
 「いいえ、まだ」

 ロンの質問にソフィアは首を横に振った。ホグズミードに行けるようになった日から、今年のクリスマスはそこで買おうと決めていたのだ。

 「回りたい店が沢山あるからね、長居は出来ないと思うよ」

 白い息を吐きながらロンが言った。確かに、以前の二人の話もかなり密度の濃いものだった。

 「分かったわ」

 ソフィアは笑顔で答えた。プレゼント以外にも、お土産を沢山買おうと思った。一番最初のハニーデュークス店で、その考えがさらに高まった。世界中のお菓子を集めたんじゃないかと思いかねない程の豊富な種類。見るだけでは全てを伺え知れない。まずは全ての店を順調を追っていこう、と話し合った筈なのにすぐに叶わなくなった。1件目で破られてしまった。棚という棚に、噛んだらじゅっと甘い汁の出そうな菓子がずらりと並んでいた。ねっとりとしたヌガー、ピンク色に輝くココナッツ・キャンディ、蜂蜜色のぷっくりしたタフィー。手前のほうには何種類ものチョコレートと百味ビーンズが入った大きな樽、浮上炭酸キャンディ、フィフィ・フィズビーの樽がある。

 「凄い…こんなに沢山!」
 「まだまだよ」

 感激の声を漏らすソフィアにハーマイオニーが笑いかけた。別の壁にはその面一杯に「特殊効果」と書かれた菓子の棚がある。名前だけでも面白く、ソフィアは目を輝かせそちらの棚に向かった。すると、

 「ソフィア」

 どこからともなく小さく呼びかけられた。思わず反応してキョロキョロ首を動かす。しかし見当たらない。

 「ソフィアってば」

 また呼ばれた。今度は少しだけ大きく。まさか、と振り返ると予想外の人物に出くわした。

 「ハ――」

 声に出す寸前に本人に塞がれた。あまりの早業に合いの手も出ない。シーッと唇に人差し指を近付けハリーは言った。何故ここに?疑問は生まれるばかりだ。
 彼の仕草にソフィアが応えるように頷くと手が外される。そのまま右手を引かれ連れてかれた。【異常な味】と書かれた看板の下にはロンとハーマイオニーがいる。気付かれぬようハリーはそろりと近付き、ソフィアもそれに倣った。何故かドキドキする。疑問と同時に昇るのは嬉しさだ。

 「これじゃ駄目。ハリーは欲しがらないわ」

 真っ赤なペロペロ・キャンディを見つめハーマイオニーが言った。まだ二人には気付かない。ロンも何やら棚から引っ張り出した。

 「これは?」

 瓶のラベルには「ゴキブリ・ゴソゴソ豆板」と書いてあった。ソフィアはこっそり、ヒッと身体をすくめた。

 「絶対イヤだよ」

 ハリーが言った。ロンは危うく瓶を落とすところだった。

 「ハリー!どうして!?」

 ハーマイオニーが金きり声をあげた。幸い周りは気付いてない。

 「まさか、『姿現し術』ができるようになったの?」

 ロンが目を輝かせる。

 「まさか。違うよ」

 ハリーはソフィアの手を離し肩を竦めた。『姿現し術』は高度な呪文だ。ホグワーツでも教わるのはまだまだ先の話である。

 「じゃあ、どうやって来たの?」
 「これさ」

 ハリーは声を落として、周囲に居る他の生徒に聞かれぬようにしながら1枚の少し古い地図の様なものを取り出した。もごもご呪文を呟くと鮮やかな仕草でソレは開き、見覚えのある見取り図が描かれている。普通の地図みたいだった。ただし、地図上に無数の足跡と名前が連動しているのを除いて。

 「『忍びの地図』って言うんだ」
 「フレッドもジョージも、なんでこれまで僕にくれなかったんだ?弟じゃないか!」

 ロンが憤慨した。その隣でハーマイオニーが問う。

 「もちろんマクゴナガル先生にお渡しするでしょう?」
 「いや、渡さない」

 ハリーは首を横に振った。ロンがハーマイオニーに目をむいた。

 「気は確かかよ?こんな良いもの」
 「だってシリウス・ブラックが!」

 ハーマイオニーもロンも互いに食い下がり離さない。ソフィアは黙ったまま「忍びの地図」を手元に引き寄せた。ホグワーツ中が見て取れる。

 「この地図にある抜け道のどれかを使って、ブラックが城に入ったかもしれないのよ?先生方に知らせないと!」
 「……大丈夫じゃないかしら」

 ハーマイオニーの言葉にソフィアは顔を上げずに答えた。視線は地図に張り付いたまま、指で地図の端々をなぞる。

 「僕もそう思うよ」

 ハリーがそれに続いた。

 「トンネルは七つあるけど、そのうちの四つはフィルチが知ってる。残りでは一つは崩れてて、一つは出入り口の真上に『暴れ柳』が植わっているんだ」
 「となると残りは一つ」
 「それが今、僕が通ってきた道」

 ハリーの指が隻眼の魔女の像があるフロアを指差した。

 「出入口の存在を知らない限り、この通路は見つからないさ」

 言った直後、ハリーは少し口ごもった。それに釘を刺すようにロンが咳払いをする。意味ありげに視線をズラし、店の出入口のドアの内側に貼りつけてある掲示を指差した。そこには魔法省の通達で、吸魂鬼が日没後、ホグズミードの街路をパトロールすることが書かれていた。

 「ね?吸魂鬼がこの村にわんさか集まるんだ。ブラックが入る隙なんてできやしないさ」
 「そうだけど……」

 得意気に語るロンにハーマイオニーは視線をキョロキョロさせた。なんとか他の理由を考えているようだ。

 「例えば――今日シリウス・ブラックが現れたらどうするの?たった今!」

 為す術は無いでしょう?と続ける。ロンが格子窓の向こうに吹き荒れる大雪を顎でしゃくった。

 「こんな時にハリーを見つける方が大仕事さ」
 「…ここは大目に見てあげてハーマイオニー。クリスマスなんだし」
 「でも……」
 「僕のこと、言いつける?」

 ハリー、ロン、ソフィアの三人の応酬に、とうとうハーマイオニーが折れた。

 「そんなこと――しないわよ」

 でも油断はしないでね、と言い残してハーマイオニーはそっぽを向いた。ハリーとロンは親指を立て合い、ソフィアも同じように微笑んだ。

 「それじゃあ再開だ!ハリー、『フィフィ・フィズビー』を見たかい??」

 ロンがウキウキとハリーを連れて行った。その後ろでハーマイオニーが盛大に溜め息をつく。その様子がおかしくてソフィアはクスクス笑った。

 「……なによ」
 「何でもないわ」
 「それにしては嬉しそうね?」
 「だって、嬉しいもの」

 臆面もなく素直に答えるソフィア。ハーマイオニーは目をぱちくりさせる。「ペロペロ酸飴」を見つめながら何やら話しているロンとハリーを見ながら、ソフィアは言った。

 「後でお礼を言わなきゃ」
 「?」

 ***

 ソフィアとロンとハーマイオニーの三人で菓子の代金を払い、ハニーデュークスの店を後にする。吹雪の中を歩き出した。ホグズミードはまるでクリスマス・カードから抜け出してきたようだった。茅葺屋根の小さな家や店がキラキラ光る雪にすっぽりと覆われている。戸口という戸口には柊のリースが飾られ、木々には魔法やキャンドルがくるくると巻き付けられていた。ソフィアは雪がこんなにも鮮やかな色合いを見せる様に感激していた。クリスマスが更に楽しいものになる。しかし隣で歩くハリーは俯き足元ばかり見ている。ロンとハーマイオニーがマフラー越しに次々と建物の詳細を口にしているがそれも聞こえている様子はない。

 「ハリー?」
 「……なに?」

 そう言えば、とソフィアはピンとくる。そして自分のマフラーを手早く取り払った。

 「え――」

 首周りが寒くなったが構わない。ソフィアは外したマフラーをハリーの首に巻き付ける。彼はマントも何も持ってきていなかった。シャツとズボンではこの寒さに耐えられる訳がない。ハニーデュークスの店で手を引かれた時の事を思い出す。あの時ですら少し冷たかった気がした。

 「これくらいしかできないけど」
 「……いいの?」
 「うん、気にしないで」
 「寒いでしょ?」
 「大丈夫よ」
 「でも――」
 「もう…っ、いいの!」

 なかなか頷かないハリーにソフィアは少々意地になりながらも言った。

 「風邪をひいてほしくないから」
 「……ありがとう」

 答えるハリーの声が僅かに聞こえてきた。途端、顔に熱が昇った。

 「あー」

 気まずい雰囲気の中を一閃するような声が耳を通った。二人同時に振り返るとロンが歯をガチガチ鳴らしながら、一件の店を指差しているのが見える。

 「取り敢えず、バタービールを飲もう」

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