13

ネビルは、今まで一度も箒に乗ったことがない。 
彼のお婆さんが決して近付かせてはくれなかったのだ。
ハリーもソフィアも、心の中でお婆さんが正しいと思っていた。 
だいたいネビルは両足が地面に着いていても、ひっきりなしに事故を起こすのだから。
ハーマイオニーも、飛ぶことに関してはネビルと同じくらい慎重になっていた。
こればっかりは、本を読んで暗記すれば済むものではなかったのだから。 
だからといって彼女が飛行の本を読まなかったわけではない。

木曜日の朝食の時、ハーマイオニーは図書館で借りた『クィディッチ今昔』で仕入れた飛行のコツをウンザリするほど話しまくっていた。

ネビルだけは、ハーマイオニーの話に今しがみついていれば、あとで箒にもしがみついていられると思ったのか、必死で一言も聞き漏らさないようにしていたが
その時ふくろう便が届いて、ハーマイオニーの講義が中断されたので皆はホッとしたのだ。

ソフィアに手紙が来ないのと同じで、ハグリッドの手紙の後はハリーにもただの一通も手紙が来ることはなかったが、もちろんマルフォイはすぐにそのことに気が付いていた。

マルフォイのワシミミズクは、いつも家から菓子の包みを運んで来ていたので、彼はスリザリンのテーブルでいつもそれを得意げに広げて見せている。
ネビルには、メンフクロウがお婆さんからの小さな包みを持って来ていた。

ネビルは、ウキウキしながらその包みを開けて見てみると、その中には、白い煙のようなものが詰まっているように見える大きなビー玉くらいのガラスの玉が入っていました。

「思い出し玉だ!」
「…ネビル…それは、何?」

ソフィアがネビルの持つ玉を不思議そうに見つめ問いかける。

「何かを忘れてるとこの玉が教えてくれるんだ。見てて。
こうやって強く握って、それでもし中の煙が赤くなったら──あ、あれ…?」

ネビルの手の中で赤く染まっていく思い出し玉を見て、ソフィアは隣にいたハリーと顔を見合わせた。

「…赤くなったら…?」
「何かを忘れてるって事なんだけど、うーん…?」

なるほど。それで『思い出し』玉。
ネビルが何を忘れているのかを頑張って思い出そうとしているのを、ふいに誰かが彼の手から思い出し玉をひったくった。

「マルフォイ!」

ロンが気色ばんで立ち上がる。
ネビルの背後に、偉そうに仁王立ちしながら玉を手にしたドラコの姿があった。
ドラコの手の中で、思い出し玉は徐々に元の色を取り戻して行く。
ネビルが恥ずかしそうに頬を染めた。

「ふん、ロングボトムはいまだにこんな子供騙しの玩具に頼っているのか」

馬鹿にしたようにそう吐き捨てたドラコは、そのまま隣に座っていたハリーを見た。
そうして今度は、ハリーの傍にいるソフィアに目をやる。

ソフィアにとってドラコは、直接話したことはないものの、常にグリフィンドールや…特にハリーに突っかかってくる彼に良い印象を持っていない。
寧ろ、怖いと思ってるだろう。
そのせいか、いつも以上にハリーにくっつき彼のローブを掴んでいる。
それを見てドラコの視線がどこか苛立ったように鋭さを増した。

ドラコは…ハリーが嫌いだがその原因の一つとしては――彼がソフィアに好かれていることが気に食わないのかもしれない。

「ポッター!マグルの間で育った君には馴染みが無いのかもしれないが、こんな物は──」
「何事ですか!!」

ドラコが何かを言うのを遮って、様子を見ていたらしいマクゴナガルが厳しい顔つきで近寄って来た。
ネビルが天の助けとばかりに、マクゴナガルに泣きつく。

「マクゴナガル教授、マルフォイが僕の思い出し玉を取ったんです」
「……見ていただけですよ」

ドラコは顔を顰めると素早く玉をテーブルに戻し、
クラッブとゴイルを従えてスリザリンの自分の席へと戻って行った。

***

その日の午後三時半、ハリーとソフィアは他のグリフィンドール寮生と共に、初めての飛行訓練を受けるために正面玄関から校庭へと向かった。
よく晴れて、足下の草がサワサワと波立つ少し風のある日。
傾斜のある芝生を下り、平坦な芝生のところまで歩いて校庭を横切って行くと、校庭の向こう側に“禁じられた森”が見えた。 
遠くのほうに見えるその暗い森では木々がそよいでいる。

スリザリン生は既に到着しており、彼らの前には数十本の箒が整然と並べられていた。
ふとソフィアはフレッドとジョージが話していた事を思い出す。

(それぞれに癖のある箒…、……どんな箒に当たるかな)

暫くして教官のマダム・フーチがやって来た。
白髪を短く切り、鷹のような黄色い目をした彼女は開口一番に皆を怒鳴りつけた。

「何をぼさっとしているのです!さあ、箒の前に立って。急いで!」

集まってお喋りしていた何人かが慌てたように箒の側に駆け寄る。

「右手を箒の上に突き出して、『上がれ』と言いなさい!」

皆が指示に従って一斉に叫んだ。
ハリーの箒は、すぐさま飛び上がってハリーの手に収まったが、その他に飛び上がった箒は多くはなかった。
ハーマイオニーの箒は、地面をコロリと転がっただけで、ネビルの箒はピクリともしない。
ソフィアの方は一度呼んでも反応が無かったが、再度「上がれ」と言うと、今度こそ箒は彼女の手に吸い込まれるように上がったのだ。

一通り全員が箒を手中に収めた所で、マダム・フーチが今度は箒の握り方や跨り方等の指導を始めた。

「あ、おいあれ」
「何だ。偉そうなこと言っといてあれかよ」

ロンとシェーマスが揃って同じ方を見ながら笑い合った。
視線の先を見れば、ドラコがマダム・フーチに箒の握り方を正されている所だった。
どうやら今まで間違えて覚えていたらしい。

「さあさあ皆さん!次は実際に飛んでみましょう。箒に跨って!」

マダム・フーチが大きく手を叩きながら指示を出した。

「私が笛を吹いたら地面を強く蹴って下さい。
箒がぐらつかないようにしっかりと押さえて2、3メートル浮上し、少し前かがみになりながら真っ直ぐに降りて来ること。
いいですね、私が笛を吹いたらですよ」

マダム・フーチはそう言ってカウントを始めたが、彼女が笛を吹こうとした瞬間、小さな悲鳴と共に生徒の一人が浮上し始めた。ネビルだ。

「こら、戻ってきなさい!」

マダム・フーチが注意したが、ネビルはまるで瓶から抜けたコルク栓のように勢い良く浮上して行く。
次の瞬間、ネビルは声にならない悲鳴を上げ真っ逆さまに箒から墜落した。
何かが折れる嫌な音が辺りに響き、女子生徒が何人か小さな悲鳴を上げた。
慌てたようにマダム・フーチがネビルの元へ駆け寄って行く。
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら折れた腕の痛みに呻くネビルを見て、ソフィアは血の気が引いて行くのを感じた。

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