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 マダム・フーチは、生徒のほうを振り向き言いつける。

 「私が、この子を医務室に連れて行きますからね。そのあいだ誰も動いてはいけませんよ!
箒もそのままにして置いておくように。
さもないと、クィディッチがどうのと言う前にホグワーツから出て行って貰いますからね。
さあ、行きましょう」

ネビルは手首を押さえ、先生に抱きかかえられるようにして歩いて行った。
二人が、もう声の届かないところまで行った途端、マルフォイは大笑いし出す。

 「おいあいつの顔を見たか?あのノロマの──」

ドラコが他のスリザリン生と共に大笑いしながらネビルを馬鹿にし始めた。
今までにない嫌悪感が込み上げ、知らずハリーの眉間のしわが深くなる。

 「やめてよマルフォイ」

咎めるパールバティの前に、スリザリン生のきつい顔をした女の子が進み出た。
ドラコの取り巻きの一人のパンジー・パーキンソンだ。

 「あらロングボトムを庇うの?
あなたがあのちびデブの泣き虫ちゃんに気があるなんて知らなかったわ、パールバティ」

冷やかすようなパンジーの言葉にスリザリンから揶揄する声が上がる。
満足そうにその様子を見ていたドラコは、ふいに草むらから何かを拾い上げ、頭上に掲げて見せた。

 「見ろよ!」

陽の光を受けてキラキラと輝く見覚えのあるそれに、ソフィアは胃がきゅっと縮まったかのような錯覚を覚えた。

 「ロングボトムに送られて来た、あの馬鹿玉じゃないか」

ガラスが宙に放り投げられるたびに陽光に充てられて眩しく煌めき、力強く掴んだかと思えば箒に跨って飛び上がってしまった。

 「卑怯だぞ! マルフォイ!」

 グリフィンドールの列からハリーの声が飛んだ。ハーマイオニーと一悶着している間に、ドラコもネビルが落下した際に落とした思い出し玉を巡ってハリーとひと騒ぎ起こしていたようである。上空で浮かんでいるドラコは、ひらりとローブを翻すかのように容易に樫の木の梢と同じ高さまで飛んでいった。

 「ここまで取りに来いよ、ポッター」
 「ダメ! フーチ先生がおっしゃったでしょう、動いちゃいけないって。私たちみんなが迷惑するのよ」

 ハーマイオニーの叫び声が聞こえてきたが、グリフィンドール生の輪の中から箒に跨ったハリーがドラコ目がけて飛び上がって行くのが見えた。声は聞こえないが、二人が上空で激しく言い合っているのは分かる。日光が眼球を焼き尽くすかのように射し、掌を翳して視界が白い光で埋め尽くされるのを防いだ時、ドラコの影が腕を振りかぶった。思い出し玉が投げられ、放物線を描いて空を泳ぎ、キラリと光る。その光を頼りに、ハリーは誰に教えられた訳でもないのに、前かがみになって空気抵抗を最大限に抑え、一直線に急降下してガラス玉を追いかけた。

 ソフィアはその光景に瞠目した。このままスピードを保ち続けていたら、地面に正面衝突してしまう。ハーマイオニーが悲鳴を上げて、両目を覆った。ハリーの姿が逆光で、黒い影になる。シルエットが手を伸ばし、地面スレスレのところで玉を掴んだ。だが、このままでは地面に突撃してしまうかと思われたハリーは、箒の柄を力の限りに引き上げ、水平に立て直して草の上に転がるように軟着陸した。その手には「思い出し玉」がしっかりと握られている。

 「ハリー・ポッター……!」

 どこから見ていたのか、血相を変えたマクゴナガル先生が丈の長いローブを両手でたっぷりとたくし上げて走ってきた。ハリーの前で足を止めると、胸を片手で抑えながら動揺を隠しきれていない様子で、いつもの厳格な雰囲気から一変、言葉も出てこないようだった。グリフィンドールのパーバティ・パチルとロンが必死の反論を試みたが、マクゴナガルはハリーを半ば引きずるようにして大股で城内へ歩きだすと、広場にはスリザリン生の意地の悪い嘲笑だけが残された。

 「教授、ハリーが悪いんじゃないんです……」

 様子を見ていたソフィアが控えめに申し出て庇ってくれたが、マクゴナガルはぴしゃりとそれを跳ねのけた。
続いて擁護するように声を上げてくれたロンの言葉を遮って、マクゴナガルはハリーの箒を彼に押しつけた。
ロンは焦ったようにマクゴナガルとハリーとを交互に見た。

 「ポッター。一緒にいらっしゃい」

 マクゴナガルはそう言ってハリーの手を引くと、大股に城に向かって歩き始めた。
途中ドラコやスリザリンの生徒達の勝ち誇った顔が視界に入ったせいか、
高揚感も落ち着いてきたハリーの胸にじわじわと不安が込み上げてくる。

 マクゴナガルは無言のまま飛ぶように歩いて行く。
正面階段を上り、大理石の階段を上がっている間も、彼女は一言も口をきかなかった。
その背中が怒りに打ち震えているように見えて、ハリーは手を引かれたまま半ば駆け足で付いて行きながら、ごくりと喉を鳴らした。
ソフィアは連れていかれるハリーの背中を見つめ、心の中は不安が募る一方だった。

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